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嫌わないでいてくれるか?



 午前九時三十分。予定集合時刻の三十分前である。そんな集まるにはだいぶ早い時間に、集合場所である学院の入り口に佇む少女が一人。落ち着きなく辺りを見渡し、そわそわした様子で俯く。よく観察すれば女性の平均からしてもかなり低い背丈であることを見てとれる彼女は、その可憐でほっそりとした腕の先にある、白魚のように美しい指先同士を当ててもじもじして、何かを待っているようだった。

 薄桃の髪と、澄んだスミレ色の瞳が特徴のこの少女、名を高峰 ゆあという。

 彼女が、このような早すぎる時間帯に集合場所にいることには、理由がある。先日、晃雅たちといざこざを起こした彼女だが、それなりに反省しているのだ。それを咲良に相談したところ、次のように言われた。


―――――集合前の時間に謝ればいいんだよっ!!


 彼女が言うには、晃雅は集合時間にかなりの余裕を持って出てくるらしい。彼の性格を考えれば、海斗やいつかを連れずに一人で来るだろう。それならば、予定時刻より早く集合しておけば、晃雅と一対一で話し合う時間も出来るはずだ。咲良はそう考え、かなり早めにゆあを集合場所に向かわせたのだ。そういう経緯で彼女は予定時刻三十分前、集合場所でもじもじしているのであった。

 ちなみに。これは補足だが、ゆあを送り出した咲良、部屋で待っていると思ったら大間違いである。しっかりと学院の門の影に隠れ、様子を窺っている。彼女もやはり、親友が幼馴染と和解出来るか気になるのだろう。


 まあ、それは置いておくとして。

 あれから十五分ほど待った彼女たちだが、不意に近づいてくる足音に気がついた。その、おそらく晃雅であろう足音はやたらと緩慢に聞こえ、二人の緊張を大いに煽る。

 そして…。


「随分、来るのが早いんだな。まだ十五分前だぞ?」


 とうとう晃雅は、ゆあの前に立った。話しかけられた彼女からすれば、十五分前に来ている晃雅も充分過ぎるほど来るのが早いのだが、今、それは関係ないだろう。

 謝らなければならないのだ。緊張の瞬間である。


「あ、あの…!」


 しかし、言葉を発しようとしても、中々うまくいかない。自分が悪いのは分かっているのだが、相手も充分悪いのではないか。そもそも、魔術を使えないと諦めてしまうのは、やはり我慢出来ないっ! ……そのような感情ばかりが渦巻き、声が出ないのだ。

 どうやら晃雅もかなり気まずいようで、かなり困ったような表情で、明後日の方を向いている。

そんな状況の二人を見て、ハラハラしていた咲良も、いい加減動きがないことに不安を感じ始めていた。――見ていられないっ。自分が出れば、少しは円滑に話を進められるかもしれないのに。そう思い、咲良は彼らの前に出ることを決意し……決意したその瞬間、二人の間に動きがあった。


「あー、悪かった」「えと、ごめんっ」


 同時の謝罪。動こうとしていた咲良は、咄嗟に動きを止める。


「あの、なんで私も謝られてるのかな?」

「いや、俺も説明をもう少ししておけば、あんな事態にはならないだろうと思ってな。悪かった」


 そう言って、頭を下げる。どうやら彼は、うまく説明出来なかったことを悔いているようだ。確かにそのせいで晃雅の努力や苦悩を理解出来なかったので、その謝罪は彼からすれば当然のものであった。

 しかし、ゆあにとっては違う。先ほどは『努力をしない晃雅が悪い』という思考に陥っていたが、彼女の冷静な部分は確実に自分が悪いと告げていた。それゆえか、なんだかバツの悪い気持ちになり、もう一つ、謝罪の言葉がもれる。


「そっか、うん、ホントごめん。勝手に逆上して、慌てて、努力してるはずの永崎くんを責めたのはこっちなのに。………律儀なんだね」

「そうでもないさ」


 晃雅は簡単に返し、『そんなことよりも』と言葉を続ける。彼にとって、この時点での最重要事項である。


「一つ聞きたいんだが。……もう俺を、嫌わないでいてくれるか?」


 へ? そんな間抜けな声が、ゆあの小さな口からもれ出る。それだけ意表を突かれたのだろう。彼女としては、廊下ですれ違っても逃げるのは嫌っていたからではなく、あれだけ啖呵を切った挙句、結局は『気持ちの整理がつかない』と言い訳をつけて部屋を去ってしまったことで、彼らと話すことを気まずく感じるようになってしまったからなのだ。

 もちろん、そこに晃雅への嫌悪感など微塵もない。それなのに、晃雅はなにかを心配するようにゆあへ『嫌わないでくれるか』と訊ねる。ゆあにとってはかなりの違和感を覚える対象となった。


 ただ、好感を持つところもあった。この彼は、どんなに嫌われても咲良や海斗、いつかがいればそれでいい、というようなことを言い、事実その通りに見える行動をしてきていた。全く気にしていない、と言った風に、突っかかられればむしろ楽しむかのようにあしらっているところを、一度だけ見かけたこともある。

 その時は、彼にとっては誰にどう思われようと関係ないのだ、とそんなことを考えていた。が、違う。彼にはちゃんと人間らしい部分があって、人に嫌われることを充分過ぎるほどに恐れている。ただ、その様子を健気にひたすら隠しているだけで。そう思うと、途端に目の前の怜悧な美貌の少年が可愛いものに見えてきたのだ。


 その見え方の違いに、どこか可笑しさを感じながらも、彼女はしっかりと答える。


「当たり前だよ。元から、私は永崎くんを嫌ってなんかない。………だから、その、お友達になってくれないかな? 咲良の幼馴染ってヤツが、いい人だってのも分かったことだし、仲良くしたいんだ」


 そう言って微笑む。小柄で『可愛らしい』という言葉が似合う彼女であったが、その微笑みからは“大人の女性の魅力”というものが滲み出ているように見えた。

 その微笑みに晃雅は安心し、幾分か柔らかい表情で手を差し出す。


「喜んで。俺なんかでよかったら、な」

「うん。よろしくね。ただ、魔術を使わせることは諦めないからねっ。私、どんなに難しいことでも挑戦はし続けるべきだと思うんだ。その努力だって、きっと無駄にはならないよ」


 差し出された手を握り、握手して今度は不敵に微笑む。先ほどまでなら、この言葉はさらに関係をぎくしゃくさせただろうが、今はどこか温かい雰囲気に包まれ、晃雅も『頼むな、高峰先生』と苦笑しながら返していた。完全に和解したようだ。これに伴い、海斗といつかも、ゆあと普通に接することが出来るようになるだろう。

 今日の最大イベントであるカラオケも、十二分に楽しむことが出来そうだ。


「あぁ、そうだ。咲良、もう隠れてなくてもいいぞ?」


 だが、集合時刻二分前である現在、門の影に隠れる幼馴染に声をかけることも忘れない。


「ふぇえ?! バレてたの?!!」


 驚いたように門の影から飛び出す彼女は、そのあまりの勢いに転倒しかけ、ぎりぎりで苦笑している晃雅に受け止められる。


「当たり前だ。そのせいでちょっと、話しづらかったんだからな」

「ご、ごめん……」


 晃雅の腕の中、少しばかり見上げて謝罪。


「まぁでも、心強くもあったよ。お前がいると思ったら、ちゃんと謝らなきゃって、そう思えた」


 未だ腕に抱いたまま、感謝の言葉を告げる。その状態になんの疑問も抱かず、応えようとする咲良だが、ここで邪魔が入ることとなる。


「うわーお☆ こんなとこでいちゃいちゃしだすとはっ!! もうここまでくれば末期だな! 救いようがねぇな!! 全く、どこの新婚さんですかァ!!!」


 この場にいる最後の一人であったはずのゆあとは、似ても似つかない粗雑な声音。荒い言葉遣い。しかし、どこか人懐っこさを匂わせるその声は、誰がどう聞いても海斗の声であった。集合時刻ジャスト、ぴったりの時間に現れた海斗と、ゆあを見てボウッとして頬を上気させているいつかが現れたのだ。


「転びそうだったから支えただけだ。と、いうか俺が高峰と話してる時からずっとこっちを窺ってただろうが。こうなった経緯は分かるだろ?」

「うぉーう、バレてました?! いやぁ、杉山とこっち来たらさぁ、崎ちゃんとゆあちゃんが二人で話してんじゃん? それで隠れて見守ってたわけだけどー、結局は崎ちゃんは咲良ちゃん一筋ってことが分かってよかった、さすが夫婦だnいっだああぁっぁああ?!!」


 お馴染み展開。ここは、その説明だけで事足りた。


「ただの幼馴染だ。………で、それはともかく早く行くぞ。今日の目的は、カラオケなんだからな」


 紆余曲折あったが、今日の目的はやはりカラオケである。このまま学院の前だらだら話し続けるなど、論外だ。

 ちなみに、登場時から一言も発していないいつかは、その間ずっと顔を赤くしていたとか。意外と、純粋(ピュア)な惚れ方と一途さを見せるいつかであった。



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