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俺と一緒にいてくれるなら

 この世界の歴史には、二つのハジマリがある。



 一つは、文字の誕生から始まる、文明の発達。それに伴って人類の歴史は始まった。文字の誕生によって歴史は数えられ始め、その詳細を残されるようになったのだ。つまり、文字は人類最大の発明とも言える、という考え方も出来るということだ。今の科学は、文字によって知識が伝えられてきたことで、積み重ねられて発達したようなものなのだから。



 もう一つは、魔術の歴史。ある大規模災害の末、魔術の歴史は始まった。

 人類としての歴史の始まりと違い、魔術の歴史はとても浅い。それは今から三百年ほど前のこと。地球の世界各地に、巨大な隕石が降り注いだ。その隕石は地球に多大なる被害を及ぼし、世界は大混乱に陥った。


 ………それからだった。世界が魔力に満ちたのは。


 唐突に魔力に満ちた世界は、当然、生命体にも影響を及ぼした。ここでは人間を例とするが、人間の精神、その奥底にも魔力というものは眠っており、世界に魔力が満ちたことによって、自身の魔力――便宜上、“オド”とするが、それが刺激され、少量ずつ体内で魔力が生産されるようになったのだ。こうして体内からオドが発生するようになり、世界には魔術を扱う者、つまり魔術師が誕生した。

 世界に満ちた魔力――こちらは“マナ”と呼ぶが、それを取り込んだ全世界の人間は魔術師となり、魔術は当たり前のものとなった。また、“マナ”は人間の容姿にも影響を与え、人々の髪や瞳は、今まで遺伝子上あり得ないとされていた色を持つようになった。そしてもう一つ、“マナ”は人間の身体能力を向上させることがあるとされ、魔術の存在しなかった所謂“旧時代”よりも、確実に身体能力の高い者が稀に生まれるようになった。

 結果、“マナ”が充満した地球では魔術の研究が始まり、魔術を用いた戦争などを経て、およそ二百五十年前、世界はようやく平定されたのだった。


 ここまでが、この世界のもう一つの“歴史”のハジマリだ。



―――これは、科学の発達した世界で、もう一つの歴史、“魔術の歴史”が始まった場合、辿るであろう地球の歴史の仮定。魔術が当たり前になった世界。その世界の“日本”に住む、最高峰の魔術師家系で生まれた、魔術行使不可能者の物語―――





 朝。寝癖の付いた黒髪をかき上げ、眠たげな金色の眼を半開きにして、彼は目を覚ました。カーテンの隙間から差す光を大層鬱陶しいとでも思っているかのように睨みつけ、非常に不機嫌そうにしかめられた表情(かお)で上体を起こした。なんてことはない、それが彼にとっての常の表情。しかめっ面に鋭く細められた目。それが彼の特徴でもあった。

 それはどう考えても見苦しいものにしか見えないハズなのだが、この男がやると不思議と絵になった。それ程までに、彼の容姿は優れていたのだ。

 だが、彼はこの容姿を嫌う。家族との接点が一つでも増えることを嫌がるのだ。贅沢だが、切実な悩み。―――あぁ、今日もまた始まるのか。意味のない日々が。


 意味はなくとも一日は始まる。彼は仕方なく起きだし、ベッドの右側から安物の絨毯が敷かれた床に足を下ろし、そのまま立ち………いや、立とうとした所で眩暈に襲われた。



―――――キミの求めるモノを教えて



 真っ暗な視界のまま、もう一度ベッドに倒れこむ。安物のベッドは、それだけで酷く軋んだ音を立てた。


「なんだ、これは…。いや、この言葉、どこかで……」


 彼は思考する。……浮かんできた言葉。それは、彼がつい先ほどまで見ていた夢の内容だった。



―――――告げよう。キミの代償、それは……“時”よ



 ここで、全ての会話の内容を思い出した。―――この記憶は、なんだ…?


「夢………? 望み、代償……夢じゃ、ない?」


 いや、そんなはずはない。確かに夢とは思えないほどに思考ははっきりとし、先ほど思い出したとはいえ、内容を鮮明に覚えている……それはおかしいことなのかもしれない。ただ一つ。自分の願った望みのことだけはどうしても思い出すことは叶わなかったが、それは些細なことだ。

 “明晰夢”というモノもあると聞く。先ほどの夢は、その明晰夢なのだろう。そう仮説をたてようとするも、やはり彼の中の何かがその可能性を否定する。彼の求めた“望み”。そして、“声”から言い渡された“代償”……“時”。それは確かに叶えられ、捧げられたと。そう、感じるのだ。



 とはいえ、感じるだけで実際はそうではない。今までとなんら変わらない、意味のない日常が始まろうとしているだけなのだ。身体に軽い違和感を覚えるものの、いつもと変わらず、始まる日常。そこには叶えられた望みも、捧げられた代償もない。―――だいたい、“時”が代償? ふざけるな。主語がなければ何の時間を捧げられたのかも分からないではないか。

 そんな当たり前なことに思い至り、やはり先ほどまで感じていたモノは全て錯覚だという答えに行き着いた。いい加減な夢に、彼も付き合っていられない。


 そうして彼、“永崎(ながさき) 晃雅(こうが)”は再び足を下ろす。ベッドから立ち上がり、身支度を整えるため、部屋を後にするのだった。





 自身の住む安物のボロアパートを出た晃雅が向かうのは、幼馴染の家。今日は“学院”の入学式であり、幼馴染は同学年で同じ学院に入学するのだ。


「あっ、晃雅! おはよう」


 その少女は柔らかい印象を与える茶色の髪をポニーテイルに纏め晃雅の方へ控えめに手を振っている。髪と同色の瞳は遠慮がちながらも優しさに満ちていて、学院の物であろう制服を身に纏っていた。

 同じく制服姿の晃雅が彼女の家に着いた時、彼女はちょうど家を出るところだった。二階建ての彼女の家は、小洒落た青い屋根の家。先ほど晃雅が出てきたボロアパートなど、比べるべくもないほどに大きな家だ。


「おはよう、咲良」


 咲良。さくらと読む。“上原(かみはら) 咲良”というのが、彼女の名前だった。


「うん。………あの、会ってく?」


 “会ってく”……彼の家族に、ということだ。晃雅は、家族に忌み嫌われている。それは魔術が当たり前の現代において、魔術師として最高峰の家である“天城寺家”の息子である彼が魔術を使えない事実に依る。彼が普段から名乗る“永崎”という苗字は、本来の名前ではないのだ。その上、“天城寺”の名を剥奪されただけでなく、家から追い出されるほどに、忌み嫌われている。彼が“天城寺”姓を名乗ること、それが天城寺の名を貶める……そう考えての、冷たい処罰だ。

 当然、晃雅はそんな家族を快く思っていない。


「いや、必要ない」


 答えは決まっていた。

 だが、運命というのは時として残酷だ。代々“天城寺”に仕えてきた家系、“上原家”は、当然のように“天城寺”の屋敷のすぐ近くにある。…………二人の会話途中、ちょうど、天城寺家の者と出くわしてしまったのだ。―――やはり、ここまで来るべきではなかったかもしれない。彼は思わず、そう嘆息してしまう。

 当然、天城寺家の住む屋敷はすぐそばに見え、純和風のその様相は、高い貫禄を見せ付けるかのように威圧的であった。そんな屋敷から、天城寺家の者は現れた。


「あら、無能さん。どちらに?」


 現れた女性は、黒い髪に紅い瞳を持つ、妖しい魅力を纏う美女だった。目元など、晃雅に似ている部分があり、なんらかの血縁関係―――この場合は姉弟なのだが、それを感じ取ることが出来た。


「今日は学院の入学式だぞ、天城寺 希美(のぞみ)。新入生が幼馴染と登校しようとして、何が悪い」


 それでも、晃雅にとっては嫌味な姉でしかない。最近は巷で“最速の魔術師”と呼ばれ始めている彼女を、その性格からどうしても受け入れることが出来なかった。―――もっとも、受け入れられていないのはこちらかもしれないけど。そう自嘲してしまいながら、反抗の意志だけは示すように、その鋭い瞳に力を込める。


「……やだ、“汚点”に睨まれたわぁ、こわ~い♪」


 “汚点”………天城寺に類する親戚関係にある者たちによる、彼の通称“天城寺家史上最悪の汚点”からくる略称のようなものだ。魔術適正が低い者を見下す傾向にある彼らは、当然のように、魔術を使えない晃雅を弾劾し、見下し、“天城寺”との縁を切らせた。他にも“無能”などの呼び名を使い、晃雅はそんな彼らを常に忌々しく思っていた。


「なんとか答えなさいよ。……それに上原の者。あんたはいつまでこんなヤツと一緒にいるつもり? 無能に慈悲をかけてるつもりかもしれないけど、やめなさい。代々“天城寺”に仕えてきた“上原”の優秀な血が腐るわ!」


 ニヤリと笑いながら、希美は言った。………それは咲良に向けての言葉であったが、晃雅にとっても看過できない言葉だった。

 何も言い返せない咲良の代わりに、晃雅は姉に向けて言葉を吐く。


「天城寺 希美…! 咲良は関係ない。咲良には、絡むな」


 肉親をフルネームで呼び、しかめっ面を崩さない彼は、常にそれを標準装備するに至った。そんなしかめっ面で、彼女を睨む。にじみ出す殺気は、彼が意図的に放出したものだ。


「………野蛮。いいわ、“無能”に興味はないもの。じゃあねぇ、“無能”とその“腰ぎんちゃく”さん♪」


 そう言って、彼女は去っていった。風の魔術を“最速”の名にふさわしい早さで展開(自身の“オド”を魔力として放出することを指す)し、纏った風によって空を飛んで去っていったのだった。





「………ごめんね」


 去っていった晃雅の姉、希美とは反対方向に進み、学院を目指す。その途中で、唐突に咲良が口を開いた。


「ん? なにが?」

「お姉様のこと。………私がもっと早く起きて、晃雅の家まで迎えにいけばよかったのに」


 なんだそんなことか。彼はそう思う。晃雅にとって、あんなものは一人暮らしを強要され、金だけを押し付けられた十三歳になる前まで、ずっと慣れ親しんできた(といえば語弊があるかもしれないが)“敵意”なのだ。どうということはない。


「いや、あれは俺の家族の問題だ。咲良は関係ないよ」

「……ちがう。私、なにも言い返せなかったから。私は、私の意志で、望んであなたといるのに」

「お前がそう思って、俺と一緒にいてくれるなら、それでいい。咲良は俺の唯一の味方なんだ」


 それよりほら、いくぞ。そう促し、晃雅は学院に足を向ける。これ以上、恥ずかしい言葉を吐きたくなかったのだろう。心持ち、彼の歩きは速いものになった。

 咲良はそんな彼の後ろ姿に微笑み、そんなコトをしている間にどんどんと離れていく距離を埋めるため、走って晃雅の横に並ぶのだった。



次回投稿は五月二十三日(月)を予定しています。

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