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今度のゴールデンウィーク



 四月も下旬、その中でも後半になり、段々と肌寒さも抜けてきた。それどころか、長袖の上着を脱ぎ、半袖で過ごすのに相応しい気温を観測する時分だ。あの壮絶な入学式も良い思い出と化し、新入生たちも学院に慣れてきた頃である。


 晃雅が魔術を使えないと知られ、二週間ほどが経ったが、皆の対応は変わらない。大抵は彼をいないものとして扱い、彼と共にいる者はどこかおかしなものを見るような目を向けられることもしばしばあった。ごくたまにではあるが、クラスの不良三人のように突っかかってくる者もいたが、それも少数だ、晃雅たちコミュニティー内だけで限定すれば、概ね平和と言えた。

 しかし。例外もある。……高峰 ゆあに関する問題だ。彼女が初めて昼食に招かれてからしばらくは経ったが、どうも晃雅だけでなく海斗やいつかともぎくしゃくした関係が続いているらしく、学院の広い廊下で彼女とすれ違うたび、場の空気が張り詰めたものになるようだ。いや、むしろ気にしているのは彼女の方で、晃雅たちが近づくとギクッとして逃げていく、と言った方が適切かもしれない。

 唯一、咲良のみは今まで通りに接することが出来ていたようだが、時たまこの関係の悪さについて相談することもあったとか。そこで、咲良は考えた。



―――――今度のゴールデンウィーク、みんなでどこかにでかけよう!!



 その提案に、ゆあは頬を染めて逡巡しながらも、受け入れた。こう決まれば、あとは話が早かった。晃雅たちにしても、ゆあとの関係がぎくしゃくしたままでいるのは心苦しい。あちら側から和解を申し出ているのならば、断る手はなかったのだ。

 晃雅は生活のため、アルバイトに精を出しているので、あいにくゴールデンウィーク最終日しか予定を合わせることは叶わなかったが、これでとうとう関係性を少しでも改善することが出来そうだ。


 幸い、明日からゴールデンウィーク、つまり休みである。五月も間近だ。関係の改善は、もうすぐそこだろう。





 晃雅にとってバイトで忙しいゴールデンウィークはつつがなく消化され、いつの間にやら予定日の前日となっていた。

 時というものは、なにか待ち遠しい予定が先にある場合、遅く流れるように感じるものである。そのわりに、いざその予定の日になれば、体感の時間の流れは急速に速まり、あっという間に終わってしまう。そんな、短い時間でのお楽しみだ。当然のように、細かく予定をたて、最善のルートで遊びまわりたい、と言い始める者が現れた。


 ………女の子大好き、海斗である。


 やっとのことで前日を迎えたゴールデンウィークの予定。つまり明日が最終日というわけだが、憂鬱な雰囲気は微塵もない。むしろ大興奮である。今までに、女性と出かける機会はなかったのだろうか? そう考えてしまうほどに、海斗の騒ぎようは異常であった。


「いやっはぁーー☆ ついに! ついにっ!! 予定日がやってきましたよぉ!! どうせ付き合えることなんて絶対ないけど、女の子と遊べるだけで癒しだぞ、おい!! どーするよ崎ちゃん! 明日、どこ行くんだよ!! 決めちゃいましょうよ、さあさあ!!!」

「………うるさい」


 当然、海斗のそんな異常なハイテンションについていけるはずもなく、晃雅は興味なさげに顔をしかめ、本に視線を落している。


「やだぁ、ツレナイんだからぁ♪ 崎ちゃんもちゃんと考えなさいだっぁああ?!!」

「キモイ言葉を使うな」

「ひ、ひどいぃ…崎ちゃんがいぢめるよぉ」


 とはいえ、海斗を完全に無視せず、ツッコミを入れるのを忘れないのは晃雅の抱く友情のおかげか。あるいはただ単に、彼のS(サディスティック)な部分が積極的に海斗をいじることを欲しているのか。どちらとも分からないが、痛すぎる晃雅のツッコミにもさして気にした風もなくふざけた様子の海斗を見れば、二人の友情が概ね良好であることを察することが出来た。

 だが、今回は海斗にも不満なこともあるらしい。晃雅の盛り上がりが少なすぎるのだ。彼のような状態が普通なのだとは言えたが、海斗にはどうにも物足りない。計画をたてるその過程でさえも、もっと盛り上がる方が楽しい、と考えているのだ。


「なあなあ崎ちゃーん! もっと盛り上がろうぜ! 明日、ゆあちゃんと和解しなきゃだろ? そのためには楽しませてやらねぇとっ!!」

「とは言っても、こちらで勝手に予定を決めるのはどうなんだ? と、いうよりも、なんでもっと前もって計画しなかった? 俺がバイトに行ってる間、いくらでも計画できただろうが」


 ……………………沈黙。

 あー、確かにそうすればよかったかも。そんな気持ちが透けて見える間抜けな表情で明後日の方を向く海斗。その彼は、かなり慌てた様子で言葉を返す。


「そ、それはアレだよ。あーっと、うん、その、あ、そう! 晃雅がいないのに勝手に決めんのは悪いと思ってさ! ホントだからな?! マジ、ガチ! 本当なんだからその拳下ろしてお願いまだ死にたくないお願いしますお願いしますお願いしますっ!!!」


 最終的には、冗談で拳を構える晃雅に対し、土下座で許しを請う姿で落ち着いた。

 そしてタイミング悪く、ちょうど海斗が許しを懇願しながら土下座し始めている時に、寮部屋の扉は開かれた。そこから覗く栗色の髪。嬉しそうに頬を上気させ、髪と同色の瞳をキラキラと輝かせている少年がいた。言わずと知れた、杉山 いつかである。

 通常ならば土下座に徹する海斗を疑問に思うだろうが、何故か寝袋を持ってこの場に立ついつかはなんの疑問も持たず、もちろんツッコミもせず、ただひたすら嬉しそうに告げた。


「明日の予定を立てようじゃないかっ!!」


 …………どうやら、ここにも海斗と同じような人物がいたようだ。





「と、いうわけで、相性がいいはずの相部屋のヤツとケンカしてね? どうせ明日の予定もあるわけだし、泊めてもらおうかと思ったんだ。まだ、予定はほとんど決まってないんだろ? 一緒に決めようっ!!」


 やたら予定を立てたがるいつか。おそらくこちらは、一目惚れしたであろうゆあと過ごせる時間を極力良いものにしようと思い立ってのことなのだろうが、やはりそのテンションは異常であった。唯一、平常心を保っている晃雅からすれば、『やってられない』とでも言いたくなるようなテンションだ。

 ちなみに、いつかがルームメイトとケンカした要因は、冷蔵庫に入っていたジュースを飲み干したのは誰か、という至極どうでもいい内容だったとか。果てしなく不必要な情報ではあるが、一応これを補足とする。


 閑話休題(それはさておき)


 翌日の予定を立てておいて、損はないのは事実である。話し合うべきなのだろう。晃雅もそれを察してか、自身のノートパソコンを起動する。


「調べものなら、インターネットが最適だろう。この付近で五人全員が楽しめそうなところでも探そうか」

「おぉ! ノリ気じゃねぇと思ったけど、意外と考えるじゃねぇかっ!!」

「ナイスだ! これで高峰さんとも和解できるぞ!!」


 予定を立てると言って、結局はなにも思いつかないであろう人物がこの二人である。――ああ、予定を立てるのはおそらく全部俺なんだろうな。晃雅は、そう嘆息せざるを得なかった。


「で、まず行く場所だが。五人で行くんだ、それなりに広く、はぐれないような場所がいい」

「確かにっ!」

「そうだなっ!」


 晃雅の言葉に、肯定の意だけ(・・)を示す海斗といつかのいじられ&へたれペア。明らかに晃雅任せである。最初からこのつもりで、晃雅が時間を取れる今を待っていて、予定を決めていなかったのではないか、と疑ってしまうほどに、二人は晃雅任せなのであった。

 それを察しながらも、結局はしっかりと計画を立ててしまうのが晃雅であったりもする。


「そして思いついたんだが、カラオケなんてどうだろう? 大人数用の部屋なら五人でも充分広いうえに、密閉空間の中で一体感も演出できる。今から調べるが、カラオケだったらこの近辺にもたくさんあるだろう。ただ一つ、相手が音痴だと軽く気まずいが、まあそれでも盛り上がることは可能だろう。拒否されれば、ショッピングモールでもなんでも、適当なところに行けばいいしな」


 ノートパソコンで検索を急ぎながら言葉をつなげ、カラオケでのメリットとデメリットを告げる晃雅。海斗といつかもかなり肯定的な表情で、晃雅が調べている検索画面を覗き込んでいる。


「………よし。ここなんてどうだ? 天凪市の中心にあるんだが、幸い近くにはショッピングモールもある。まぁ、二十分足らずで辿りつけるだろう。料金は、ドリンクバー付きフリータイムで2000円だ。一人400円で午前十一時から最大で八時間歌えるぞ。難点として、カラオケボックスの昼食は少し高いが、そこは特に気にすることでもないだろう。………で、どうだ?」


 一番乗り気ではなかった晃雅だが、その計画の早さは中々のものだった。カラオケを拒否された場合の次善策として、ショッピングモールが近いということも、かなり好条件だろう。

 当然、最初から晃雅に任せるつもりだったであろう海斗といつかに不満はない。彼らは示し合わすようにサムズアップし、非常に嬉しそうにハモる。


「「ばっちぐー!!」」

「……………随分適当だな」


 晃雅の言う通り、本当に適当な返しであったが、反論はないようなので良しとする。

 それでも軽く溜め息を吐きたくなる衝動を抑え切れなかったのか、二人にも分かるようにあからさまに嘆息し、ついでに自身のケータイを取り出す。


「じゃ、咲良にカラオケでいいか連絡とってみる」


 そう言ってアドレス帳から咲良の電話番号を呼び出し、電話をかける。少しの呼び出し音ののち、少し嬉しそうな咲良の声が聞こえてきた。


『はぁい。晃雅? 珍しいね、電話かけてくれるなんて!』

「そうか? まあ、たまにはな。で、明日なんだが……」


 ここで、先ほどの計画を告げる。そして、カラオケが嫌ならショッピングモールでもいいと補足し、説明を終えた。

 時に相槌を打ちながら聞いていた咲良だが、晃雅の計画を聞いていくと、さらに機嫌がよくなってくる。どうやら、あたりだったようだ。


『あのね、実は私たちも明日はカラオケでどうかって考えてたんだ! 偶然っ! しかもね、私たちが考えてたとこよりも安いの! 近いし! さすが晃雅っ! もちろんOKだよ、いっぱい歌おうね』

「そうだな。うん、よかったよ。……………じゃあ、十時に学院の入り口に集合でいいか?」


 ここまで決まれば完璧である。………前日まで計画が決まらないのもどうかと思うのだが。


『うん! 分かった。明日、楽しみにしてるね! おやすみ』

「ああ、俺も楽しみだよ。…おやすみな」


 そう言って、電話を切る。バイト三昧で中々幼馴染と喋る機会がなかったせいか、久しぶりの会話であったので、心なしか彼の表情は緩んでいるように見えた。その口調からも随分嬉しそうであったことが分かったので、当然にして海斗が動き出す。懲りないものだ。


「ふっふっーん♪ やっぱ、嫁と話すのは楽しいかいだあああ?!!」


 鉄拳制裁。

 先ほどから、ゆあに会える嬉しさで頬を上気させて喜んでいたいつかも、この時ばかりは呆れた表情で海斗を見ていた。それくらい見慣れた光景で、それくらい呆れるべき光景なのだ。


 ……………………本当に、懲りないヤツであった。



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