表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/43

もうどうとでもなれぇ…



 朝の騒ぎ立てに起因してのことなのか、HRや一時限目が終わっても、不良三人を代表するクラスメイトが晃雅たちに突っかかることはなかった。代わりに、咲良と海斗を除くクラスの全員が晃雅をいないように扱い、咲良と海斗には冷たい視線が向けられたが、これくらいならばかわいいものだ。晃雅たちにとっては、概ね平和といえた。

 しかし。なにか嫌な予感がする。背中がぞわっとするような、底知れぬ気配。もやもやしたモノが、このクラス目掛けて走ってくるような。そんな寒気すらもする。そして、それを晃雅、咲良、海斗の全員が感じている。その言い知れぬ不安に、三人仲良く薄ら寒い表情で顔を見合わせた。


 その直後。バタバタと響く足音。おそらく、三人が感じた悪寒の正体だろう。走りながら言葉として意味をなさない声を絞り出しているようで、酷い騒音だ。さらに言えば、何度も何度も苦しげに途切れるその声から、相当に息をきらしていることを予測出来た。


 バンっ!

 スライド式の扉が勢いよく開かれる。


「永崎っ! なんでバレてるんだ?!」


 開け放たれた扉から覗く、栗色の髪。学院指定の、黒いブレザーを身に纏っていることから、その人物が少年であることが分かる。少年にしては高い声、線の細い体つきだが、その顔つきは正しく少年であった。

 そして、この少年が晃雅たちの悪寒の正体である。その名を、杉山 いつかという。自称・晃雅の好敵手な、一応晃雅たちの仲間とも言える人物だ。


「しかも朝から不良に絡まれたっていうじゃないか! なんでやり返さない?! 君なら楽勝だろ!!」


 そんな“仲間”であるいつかが怒鳴る。せっかく暴力沙汰になりそうなところを回避した晃雅たちであったが、いつかによる朝の騒動を蒸し返すような行為に、嘆息したくなる衝動に駆られることとなる。いや、晃雅は実際に呆れたような溜め息をついているし、咲良はなんとも言えない表情で困ったようにいつかと晃雅の間で視線を泳がせている。海斗などは、いかにも『あちゃー』とでも言いたげな表情で額に手をつき、


「空気をぶっ壊した時の俺の苦労を返せ…」


 と、悲しげに呟いている。今朝に引き続き、どんまい、である。

 そんな海斗に心内で同情しながら、晃雅は仕方なくいつかへ言葉を返す。それも、『余計なことを…』という感情を存分に込めた、不機嫌な声音で。


「殴って退学なんて御免だからな。と、言うよりなんでここに来た? とりあえず今は帰れ。昼に話聞いてやるから、な? だからとりあえず帰れ」


 言葉を紡ぎながらつかつかと栗色の少年へ向けて歩み寄り、有無を言わさずくるりと背を向けさせる。


「うわ、えっ、ちょっ、なに?!」

「いいからっ! これ以上やれば海斗(・・)がいじけるぞ? だから帰れっ!  いや、俺の精神衛生のために帰れっ!!」


 慌てるいつかの背を押し、追い立てるように言葉を繋いでゆく。いつかの抗議など、全く耳に入っていないかのような態度だ。


「でも…!」

「でももすともないっ! 昼まで待て、いいな?」


 気迫。そんなモノすら感じられる、笑み(・・)を浮かべる晃雅。


「ほら、杉山くん。帰って、ね?」


 それと共に浮かべられる、咲良の天使の微笑みエンジェリック・スマイル。……晃雅の恐怖の笑みも相まって、いつかには彼女の微笑みが悪魔の笑みにすら見えた。どこか既視感のようなものを覚えるが、気のせいだろう。


「……よ、よし、分かった。帰ることとするよ。あは、あははは…」


 乾いた笑みを浮かべ、へたれた声を出しながら去っていった。どうやら、一度ついた“へたれキャラ”というものは、中々抜けることはないらしい。





 それは、二日前の土曜日のこと。


『え? 咲良が前言ってた……晃雅、だっけ? その人ってもしかして、今魔術が使えないって噂になってる人のことなの?!』


 どこか驚いたように、そして何か苦い過去でも思い出したかのように、しかめられた表情で問い詰めようとする薄桃の少女。少々低身長気味の彼女は、名を高峰 ゆあという。つい先日、咲良の親友となった薄桃の髪とスミレ色の瞳を有する可憐な少女である。


『そうだよ? 言ってなかったっけ?』


 険しい表情のゆあに対し、咲良の表情は至って普通である。あえて言うならば、柔らかい表情、とでも言うべきか。彼女に良く似合う優しい雰囲気ではあるが、先ほどのゆあとは対極の表情であった。


『言ってなかったけ? じゃなくて! 魔術を使えないなんて………黙っておけないっ! 無理矢理にでも使えるようにしてやる!!』

『え、あの、えぇえ?! ど、どういうことっ!!』

『魔術を使えなくて、そのままでいるなんて信じられない! 努力させるっ!!』


 既に晃雅は努力し、結果が伴うことはなかったのだが、そんなことを彼女が知る由もない。そして、晃雅が“魔術を使わずに魔術師に勝つ”ということを目標に、新たなる努力を積んでいることだって、知るはずもないのだった。

 しかし。『晃雅を更正させて、魔術を使えるようにする!』と息巻いているゆあに対し、咲良はなにも言えなかった。その澄んだスミレ色の瞳は、純粋に晃雅のことを思っての行動だと告げているのだから。言動からも、晃雅に敵意があるわけでもなく、むしろ受け入れているという事実を汲み取ることが出来る。その受け入れ方が、非常に間違っているだけなのだ。


―――――まあ、敵意がないならいい……かな?


 咲良はそう断定したのだった。




 そして今日。時間は現在まで戻り、月曜日の正午である。

 なんとかいつかを追い返し、午前の残りの授業を比較的平穏に過ごした咲良は、晃雅たちへ先に寮部屋に向かうように告げ、ある場所へ向かう。金曜日に計画していた、あることを実行するためだ。


「えーと、あ、ここだ。………コホンっ! ゆ、ゆあ~! 迎えにきたよ~」


 1年C組の教室、そこにいるゆあが目当てである。そして、現在は昼休み。……そこから推測可能だろうが、ゆあを寮部屋に招き、昼食を共にしようという計画を実行するということである。人見知りが影響したのか少しどもりながら、室内にいるであろうゆあに声をかける。

 咲良の声に反応し、ゆあはどこかやる気に満ちた表情で咲良の方へ手を振り、嬉しそうに駆け寄ってきた。二日前の会話内容からも明らかだが、“魔術を使えない晃雅”を矯正し、魔術を使えるように努力させようという気概に満ち溢れているのだ。


「咲良! いよいよだっ! 私に任せて! 絶対に永崎くんが魔術を使えるようにしてみせるからっ!!」


 言葉からも明らか。それも、かなり自信満々の様子。まるで、過去にも“魔術を使えない者”を所謂“魔術師”に変えた経験があるかのような自信の持ち様であった。

 だが、それでも晃雅の魔術方面での努力が報われる可能性はゼロに等しい。放出された“オド”が再び体内に戻るという症状に、前例はないのだからそれも仕方のないことなのだ。それでも努力を積んだ経験はあるので、やはり“晃雅は魔術を使えない”というのが、晃雅自身の見解、あるいは天城寺家の見解でもある。

 それゆえに、咲良は困ってしまう。要らぬ自信を見せ付ける親友に、どう反応すればいいのか分からないのだろう。なんとか、その試みが失敗する事実を告げようと努めるのだが、発せられる言葉は意味を成さない。


「えと、あの、うん、でもね…?」

「さっ、行こうっ!!」


 それでも。なんとか伝えようとする。晃雅が魔術を行使可能にするという、その努力ですらも無駄であると。そもそも、晃雅は魔術以外のことに全力で取り組み、魔術師を凌駕するために必死であると。だが、咲良の意味を成さない必死の抵抗が報われることは叶わず。やる気充分、自信満々な彼女に引っ張られていくような形で、晃雅の寮部屋を目指すことになってしまったのだった。


 半ば引き摺られながら、咲良は諦めのような心の声を叫ぶ。



―――――うぅ、もうどうとでもなれぇ…。



 それはもちろん、心の中で。

 ゆあと、晃雅たちの邂逅。それはどうなってしまうのだろうか? 咲良は先のことを考えて憂鬱になるのだった。





「あ、でも意外と大丈夫かもっ!」

「なにが?」

「ううん、なんでもない! 早くいこっ!」


 …………しかし、彼女は極端にポジティブシンキングでもあるのだった。その彼女の読みが、当たるか外れるか、それは全く以って定かではないのだが。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ