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俺は、魔術が使えない



「さぁて! とうとうだぞ、とうとう!! てめぇらに魔術行使の授業がやってきた!!」


 1-Aのメンバーが全員揃った特別教室に、二十六歳女教師(独身)の大声が響き渡る。普通に話しているにも関わらず、“怒声”と言うに相応しい大声で話す彼女、もちろんA組の担任である関本 千種である。

 広く、頑強な造りになっているこの特別教室のど真ん中、目の前に生徒たちを立たせ、彼女は紅い髪を振り乱して今日も今日とて荒々しく教鞭を振るう。担任とはいえ、今日は一日、彼女が教える科目が多すぎるようだが、そのような日もあるだろう。



 現在、昼休みが終わり、午後の授業の時間。今までの四日間、一度も実際に魔術を使う、所謂“実習”と呼べる授業はなかったのだが、それも今日までである。“まとも”と言える魔術理論の授業が始まった今日、とうとう実際に魔術を使う授業が始まったのである。

 学院では数学や物理、世界史や現文などの一般科目も必修なのだが、毎週金曜日は一日中魔術に関する授業だけを執り行っている。今日がその金曜日、午前の魔術理論の授業を受け、実習は始まる。


 だが、もちろん不安はある。晃雅のことだ。本人は至って真面目な表情で席に着き、全く慌てた様子はないにせよ、彼が魔術を使えないことを知っている咲良や海斗にとっては気が気でない。幸い立つ場所は指定されておらず、彼らは晃雅の両隣に立っている。小声でならば担任の千種には見つからないと考え、二人を代表するかのように海斗が小さく話しかける。


「なぁ、大丈夫かよ?」


 だが、晃雅の答えはあくまで冷静で、魔術を使えないことに焦る様子はまるでない。いや、むしろ常よりも冷静。その上、年中しかめられていたはずの表情が幾分か和らいでいるようにも見える。ただ、どこか冷たい印象を受けるが。


「………問題ない。大丈夫だ」

「いや、大丈夫って……。使えないんだろ?」

「そうだよ………また、みんなにバレちゃったら…」


 咲良も不安そうに追従するが、晃雅の表情は変わらない。いつものしかめられた顔ではなく、和らいだ表情。何かを気負うでもなく、諦めているようにも見えない。


「まぁ、バレるだろうな」


 かと言って、何か秘策があるわけでもないようだ。些か膨大に過ぎる魔力保有量による魔術耐性で“魔術を無効化する魔術の行使者”と偽れば、一つだけ魔術を使えることには出来る。が、大抵の魔術師が使える“属性魔術”の初歩すら出来ないとなれば、やはり差別の対象だ。晃雅に打てる手はない。

 それでも、晃雅の表情は先程から変わる様子がない。…………いや、そうではないのかもしれない。だんだんとその冷たさを増し、他の感情は抜け落ちてようにも見えたのだ。

 まるで能面のように。感情を全く映さないその表情は、やはり一貫して冷たかった。


 興味がないのだ。諦める、云々の話ではない。興味がない。魔術でしか判断出来ない者に、なにを期待する必要がある? いや、期待など、出来るのであろうか? ………否。出来ない。ならば、魔術を使えないことが露見し、差別されようと、晃雅にとって何のダメージもない。よって、興味を示すこと、それ自体が出来ないのだ。

 さらに言えば、これは“逃げ”なのかもしれない。魔術が使えないことへの逃げ。認められようとすることからの逃げ。差別される事実からの逃げ。……安定した精神を保つための“逃げ”なのだ。


「だって晃雅…! バレたらまた……!!」

「そうだぞおい! どうすんだよ!!」


 晃雅の“逃げ”――それは、仕方の無いこと。だが、咲良と海斗にとって納得のいくものではなかったらしい。………それが更なる不幸を呼んだ。


「なーんだ、授業中に!! くっちゃべってねぇでアタシの授業を受けやがれ!! って、うわ、また晃雅たちかよ! ……うし、分かった。てめぇらちょっと前来い! 実演してもらうっ!」


 それは、実演という形で。晃雅が魔術を使えないその事実を、簡単に、至極あっさりと、露見させる手助けとなってしまった。

 もともと、授業でかなりの知識を見せてきた晃雅だ。生徒たちの期待も高まる。辞退が出来そうもない雰囲気が作られ始めている。


「永崎くんの魔術が見れるの?!」

「見たいっ! 私も見たいです!!」

「きっと、綺麗な魔術を顔色一つ変えずにやっちゃうんだろうなぁ」


 女子組は、どこか夢見るように瞳を輝かせ、期待の視線を。その類のざわめきは、消えることはない。期待は高まる一方だ。


「あの永崎が実演だってよ!」

「くやしーけど、かなり理論を理解してたからなぁ!」

「すっげぇよ、絶対!!」


 その期待は、なにも女子だけではない。晃雅はその整った容姿ゆえに女性を惹き付け、それが理由で男子組には多少、近寄り難いものがあった。どこか違う場所にいるような感覚と、ほとんどの女性の興味をとられてしまう事実のせいで、憎しみに近いような感情を抱くこともあった。

 だが、それも彼の魔術への期待には勝つことはなかったようだ。授業で、晃雅の知識量の多さは知られているのだ。その期待にも頷ける。………魔術の知識を披露してしまったことは、晃雅の大きな失敗と言えるだろう。


「ほーら早くしなっ!! クラス中が期待してるぜ? 入学テストでも、珍しい魔術使ったって言うじゃないか。咲良も風と水をあわせた“氷魔術”の使い手だろ? ………まー、海斗は並らしいけどなぁ!」

「並なら別にとりあげなくていいから?!」


 クラスを盛り上げるように海斗をいじり、千種は嬉しそうにその焦げ茶の瞳を細めて笑いながら、まるで子供のように手招きをする。三人を助手として呼び、生徒代表で実演させ、そして残りの生徒はそれ見て練習させる。そのような流れを予定しているようだ。千種の中では、最初に一般生徒である海斗にやらせて失敗し、基本的に間違えやすい点を指摘、その上で咲良によって成功させ、成功例を見せる……そして晃雅に発展系を実演させ、大きな手本とする、という流れが出来ていたのだ。

 入学テストでは“魔術耐性”を使ったので、晃雅が魔術を使えないという事実を学院側は認識していない。この流れは仕方のないことなのかもしれない。が、かなり残酷な流れとなった。前で実演させなければ、隠し通すことが出来た可能性はゼロでなかったというのに。


「さ、崎ちゃん!!」

「……晃雅ぁ…!」


 動揺は捨てきれない。咲良と、海斗、その二人の不安、焦燥――それは、晃雅への心配そのものを全て混ぜ合わせ、さらなる動揺、焦りを呼ぶ。その焦りのせいか、軽く滲んでくる汗、不安に彩られた表情。二人は、確実に混乱していた。

 それでも晃雅は“逃げ”の姿勢を崩さない。あがこうともせず、認められる努力はしない。ただ悠然と歩きだし、その期待を一身に受け………堂々とその期待を破る。そんな余裕さえ見せる晃雅に、二人はついてゆくしかなかった。


「うし、来たかっ! じゃー、まずは属性魔術からな。海斗っ、アンタに一番適正のある魔術は?」


 そしてとうとう、三人は千種のもとに辿り着いてしまった。

 咲良と海斗の悲壮など感じ取ることもなく、随分軽い調子で千種は訊ねてくる。非常に好感の持てる担任だったのだが、今の二人にはその軽さが恨めしい。


「あ、一応“土魔術”が得意だけどな、でもっ…!」

「うるさいうるさい。アンタならミスってもギャグにしかならねぇから。安心して爆発させて来いっ!」


 海斗の抗議も虚しく、笑いへと変えられてしまう。咲良は先程から声にならない動揺を示しながら、慌てている。それをクラスメイトたちは前に出たことによる緊張のせいだと思い込み、どこかほのぼのとした雰囲気で眺めている。全く変わらないのは晃雅だけだ。


「さっ、とりあえずゴーレムを創ってみな!」

「………お、おう。わぁーった」


 もう反論など出来ない。晃雅がアクションを起こさず、抗議をしない以上、彼にはどうしようもないのだ。半ばやけくそで、詠唱を始める。


「《はろぉ! マイ・スウィート・ゴーレム☆カトリーナちゃん、カモーン(はぁと♪)――クリエイト・ゴーレム!》」


 どこか引き締まった空気をぶち壊しにする詠唱ではあったもの、ただやけくそを起こしたせいでこれほど突拍子もない詠唱になったわけではない。これが彼の常だ。魔術の詠唱は個々人で自由なので、このような詠唱があっても、駄目というわけではないのだ。

 その証拠に、以前に咲良を助けた時と同じようなゴーレムが生み出された。どうやら女性型のゴーレムのようで、そのグラマラスなシルエットから、海斗の趣味が窺える。女子組は、若干引き気味だ。


「ほーう、中々の出来栄えじゃないか! まぁ、精巧さに欠けるし、脆そうだけどな!」


 そう言って、千種はバッと手を振り、一言『散れ』と宣言する。そのアクションが終わるか終わらないか、それほどの間に、ゴーレムは崩れ去る。そんな光景をまるで子供のように、あくどい笑みを浮かべながら見守る千種は印象的であり、そんな表情が彼女を魅力的にしていた。


「ハイ次っ!「え、俺あれだけ?!」……あれだけ。「ひどくね??!」ひどくない。さて、次は咲良な」


 不安を拭うようにいつも通りにいじられ、ツッコミを果たしたわけだが、やはり海斗には晃雅が心配でならなかった。咲良もそれは同じで、本当に魔術が成功するかも疑問だった。


「あわわっ! は、はい! えと、なんの魔術ですか?! ダイヤモンド・ダストですかっ!!?」


 かなりの動揺を示し、とても危険な提案をする咲良。いくらこの特別教室が頑丈な造りと言っても、あそこまで強力な魔術を放たれるのは困るだろう。第一、実演で強力な攻撃魔術を使ってみせるのはどうなのか。

 今にもその危険な魔術を発動しそうな咲良を、止める人物が一人。


「……咲良。慌てなくていいぞ。俺のことは心配ない」


 晃雅だ。動揺もせず、逆に咲良を落ち着かせるため、優しい声音で言葉をかける。


「だから、ダイヤモンド・ダストは止めとけ。あれはマズイ。……そうだな、氷のオブジェなんて創ってみたらどうだ?」

「そ、そうだね、うん。ありがと………って、晃雅はどうするの?!」

「大丈夫だよ。今は目の前のことに集中しな」


 そう言って優しく背中を押し、咲良の実演がみなに見えやすいところに移動させた。

 魔術を使えない晃雅を支えようと思っていた咲良だが、なんだか逆に元気付けられ、幾分か落ち着いて詠唱を始めた。


「《造形、永劫に溶けぬ氷塊。――氷熊(ベアー)!》」


 水属性と風属性をあわせた“派生魔術”である氷属性の使い手は、ある程度希少な存在である。その希少な魔術、氷の造形魔術で、てのひらサイズの小さな氷のクマを作り出した。愛嬌のある姿にデフォルメされ、これもまた咲良らしい。


「くまさんです。えと、一応は溶けないようになってます」


 恥ずかしげに告げ、ささっと晃雅の横まで戻ってゆく。顔が真っ赤だ。どうやら、晃雅への心配だけでなく、少なからず緊張でも動揺していたらしい。


「さっきのよりすごいじゃないか。さすが天城寺の側近家系、上原だな。アタシは火の魔術は得意じゃないし、溶かせそうもないね。詠唱も海斗のふざけたヤツとは大違いだ。みんな、咲良を真似しような! よし、咲良、ご苦労っ!!」


 真っ赤になって頭から湯気でも出ていそうな咲良の肩をポンっと叩き、千種は満足そうに一つ頷いた。


 そしてとうとう…。


「さぁっ、本命の晃雅だ! どーんな魔術を見せてくれるんだ? あ、魔術の無効化が出来ることは分かってるし、それはなしな!」


 これで、晃雅に対策する術は完全になくなった。彼が魔術を使えないこと、それはすぐにでも露見するだろう。


「なんでもどうぞ」

「おっ、強気だなぁ! なんでも出来るってか? でも、アンタには基本をやってもらって、基本でも一般人とは違うトコを見せてやって欲しいっ! 火の魔術なんてどうだ?」


 どの魔術でも行使出来ないがゆえの『なんでもどうぞ』だったのだが、千種はそのままの意味で受け取り、さらに期待を寄せる。晃雅の言いようから、仕方のない事とは言えたが。


「分かりました。昔見た炎の魔術書の詠唱文を、そのまま引用することにします。……ただ、魔力の流れをキチンと見てみてください」

「だってよ! 晃雅は魔力の流れが普通とは違うらしい!」


 千種はさらなる勘違いを繰り返し、生徒たちの期待を煽る。咲良と海斗の不安はピークに達した。逆に、晃雅からはさらに表情が消え、冷たい印象だけがより深くなった。


「いきます。……《我が奥底に眠りし紅蓮。音もなく、ただ侵食する煌きよ。全ての禍根を断ち、焼き尽くす(くれない)の華よ。大輪のその花弁を、巻き起こす滅びと共に我に見せよ――》


 彼が詠唱しながら右手を前に出すと、生徒たちの悲鳴が上がる。明らかな攻撃魔術が、自分たちに発射されると思ったのだろう。


「《――咲き誇れ、火炎・紅姫(べにひめ)!》」


 そして、生徒たちがそう考え付いた次の瞬間。クラス中の全員が身をすくめるような膨大な“オド”の放出を感じ取る。晃雅の魔術はここまで凄まじいのか。いや、それよりもこんな小さな教室でここまでの魔術を行使して、自分たちは無事で済むのか。

 そんな心配は、結局のところ杞憂でしかない。咲良と海斗の心配――魔術行使の不可、それこそが現実だ。


 反射的に目を閉じた生徒たちが、何も起こらないことを不審に思って目を開ける。

そこには、なんの感慨もなく立ち尽くし、全てのことに興味をなくしたような、冷めた瞳で手を下げる晃雅がいた。

 自分自身にあきれ果てたような溜め息を一つ()き、今までに誰も聞いたことがないような底冷えした声で、ひとり言のように呟く。


「俺は、魔術が使えない」


 彼の放出した“オド”は、彼だけの法則により、再び彼の中へと吸い込まれていった…。



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