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なんでお前がここにいる



 扉を開けると広がるのは、やはり豪華な装飾が施された部屋。晃雅が今まで住んでいたアパートの五倍ほどの広さを誇り、奥には小浴場へと繋がる扉と、台所へ繋がる扉もある。

 ここに住む二人のため、それぞれの机が窓際に置いてあり、晃雅の机は見事に整頓されてたくさんの本が棚に並べられ、ノートパソコンが閉じたまま置いて在る。また、海斗の方は机の上も横も下も物が散乱していて、二人の性格の違いが如実に示されている。その上には階段で繋がったロフトとでも言うべきスペースがあり、二つのベッドが置かれている。それぞれが寝るためのスペースのようだ。


 そして、その広い部屋のど真ん中には折りたたみ式の簡易テーブルが広げられ、すでに四人分の昼食が用意されていた。


「……………なんでお前がここにいる」


 誰も用意していないはずの料理が広げられている、この状況。それを作り出した人物であろう栗色の髪を持つ少年に向け、どこか非難するような棘を含む言葉が向けられた。

 その言葉を発した晃雅は、不機嫌そうに顔をしかめ、昼食の準備をした栗色の少年を軽く睨む。


「やっとここを見つけたんでね。乗り込んできた」


 あ、そう。……そう言って済ませられる問題ではないようだ。


「鍵はどうした」

「魔術で開けた」

「プライバシ「そんなのないよ」………」


 随分勝手な言い分であった。その栗色の少年――杉山 いつかは、悪戯が成功した子供のように笑い、自身の作ったであろう昼食の方に皆の注意を向けさせた。


「ちょうど良かったよ。今、昼食が出来たんだ。………あぁ、材料はここの冷蔵庫に入ってたものを使ったけど、構わないよな?」

「あ、まぁ、うん」


 ……………沈黙。

 どう反応すればいいのか、晃雅たちは図りかねているらしい。それも当然だろう。すでに昼食が用意されている事実は、晃雅たちにとって非常に嬉しいことであるうえ、いつかを部屋に招くことに異論を持つ者などいない。それでも不法侵入だ。その事実にかわりはないし、ひどく動揺を誘う。そういった意味で、この沈黙は妥当なものと言えた。

 しかし、いつまでも沈黙を貫いているわけにもいかない。そんな使命感にかられ、沈黙を破ったのはTHE☆お調子者(自称)である海斗のほかにいないだろう。


「ま、まー、用意なしで昼メシ食えるんだし、さっさと食おうぜ! な! ほら、崎ちゃんも咲良ちゃんも座って!」


 言いながら、空いている席に二人を押して座らせ、自分も席についた。そしていつかにも注意の言葉を。


「杉山も、これからは不法侵入じゃなくて俺らにことわってから入ろうな? OK? ………うし、それなら大丈夫! メシ食うか、腹減ったぜ!」


 いただきまーす♪ 全員が座ったことを確認し、間髪置かずに海斗は手をあわせ、すぐに昼食に箸をのばした。どうやら、空腹だったのは本当らしい。凄まじい勢いで食べ進めていく。

 そして、そんな速さで食べ進める者の末路は決まっている。


「うぐぅ?! み、みず…!!」


 喉に詰まらせる。それしかないだろう。苦しそうに胸をポンポンと叩きながら、海斗は奥のキッチンへ水を取りに走っていった。

 そんな光景に苦笑し、晃雅たちのちょっとした困惑も、跡形も無く消える。どちらにせよ、すでにいつかは三人に馴染んでいるのだ。今さら昼食を共にすることになっても嫌悪感などないし、そもそも、クラスが違ういつかや、咲良と相部屋のゆあも誘おうか、という話も出ていたのだ。三人の間に抵抗はない。


「さ、俺らも食べよう。見た目は美味(うま)そうだしな」

「そうだね。私も、お昼ご飯作るのめんどくさかったし……杉山くん、ありがとうね」


 晃雅はとりあえず見た目だけを褒め、咲良は素直に微笑んでお礼を一つ。そんな反応に、いつかも上機嫌で『どういたしまして』と微笑む。そして三人で手を合わせた。


「「「いただきます」」」


 先に食べ始めた海斗が持ってきた水を飲んで落ち着いてきたところを見計らい、今度こそ一緒に食べ始める。どうやら主菜は野菜炒めのようだが、バランス良く彩りを加えたそれの見た目は晃雅が褒めたようにかなりのものだ。里芋と玉ねぎを具に使った味噌汁がついて、持参したのか漬物まで用意されている。

 量は少なめのような気もするが、中々に整った和食であった。


「むぅ………美味(うま)いな。出汁がいい」

「ホントに! 杉山くんって、お料理上手なんだね!」


 どうやら、いつかの作った料理は、その見た目にそぐわない出来栄えだったらしい。二人して味噌汁に口をつけた晃雅と咲良は、満足そうな表情で素直な感想をもらした。

 そんな二人に、今度こそ喉を詰まらせないようにゆっくり咀嚼していた海斗も追随する。


「確かにうめぇよな!! 杉山、どこでこんなん習ったんだ?」

「ふふっ、僕の親が料理人でね。それも、魔術を全く使わない旧時代の料理が得意なんだ。子供の頃に、いろいろ教え込まれたよ」


 そのせいで子供の頃は大変だったけどね、と続ける。彼が言うには、子供の頃から魔術師としてのエリート教育を受ける傍ら、料理人としてもしごかれていたとか。

 言う通りならば、かなり多忙な子供時代を送ったことだろう。そう断言出来るほどには、魔術も料理も高いレベルを持っている。


「まあ、そのほとんど強制的な努力のおかげで、今じゃ魔術も料理もそれなりにこなせるから、助かってるんだけどな」


 そう言って笑う。彼にとって、魔術面でも料理面でも、両親にしごかれていた過去は、すでにもう良い思い出のようだ。



 その後も、四人で雑談しながら、たわいも無い話題で盛り上がり、昼食を食べ進めていく。食事中の会話はマナー違反である、という文化もあるが、やはり食事は和気藹々と和やかな時間である方が好ましいのかもしれない。そう言えるほどに、四人は楽しげであった。

 そんな楽しい食事も終盤に差し掛かった頃。咲良が何かを思い出したように『あっ!』と声をあげ、意見する前の合図のつもりか、可愛らしく手を上げた。


「はいはいっ!」


 そんな咲良の調子に合わせるように、海斗がどこか古臭い教師のように、ゴホンと重々しく咳払いし、訊ねる。


「なにかね咲良くん」

「えーっと、あのね。杉山くんも一緒に食べることになったんだし、ゆあも呼びたいなぁ、なんて! ダメかな?」


 そう提案した。彼女と相部屋である“高峰 ゆあ”も、一緒に食事を摂るのはどうか、という提案だ。無論、そういう話題も今までになかったわけではないので、特に反対意見は出ないだろう。咲良はそう判断した。


「おうおう、女子が増えるのは好ましいっ! 明日からでも……いや、夕食からでも呼んでやろう!!」

「いやいや、朝食と夕食は全校生徒が大食堂に集められて一緒に食べるじゃないか。……ま、昼食を共にってのは、僕も賛成だけどね」


 やはり、咲良の判断は正しいようで、海斗といつかは快く了承した。

 しかし、了承していない最後の一人となった晃雅は、何かを考えこむように腕を組み、中々答えない。その上、どこか顔が青白いようにも見える。

 咲良は、まさか晃雅が反対するはずもないだろう、と思っていたので、些か不安げに彼を促す。


「あの……晃雅? 嫌、だったかな…?」


 その不安そうな声音に、晃雅は思考の海から浮上して、どこか慌てたように否定する。


「ん? あ、あぁ、いや、大丈夫だ」

「そう? よかったぁ! でも、少し顔色悪いよ? 本当に大丈夫?」


 今度は心配そうに晃雅の顔を覗き込む咲良に、晃雅は精一杯微笑む。


「大丈夫だよ、咲良。心配してくれて、ありがとうな」

「おっとぉ!? またノロケかぁ??! もはや他所でやってくれとしか言いようのない状況でありまsいいっだあぁああ!!?」


 咲良をこれ以上心配させたくなかった晃雅にとって、絶妙のタイミングで通常ならば“余計な言葉”と言うほか無い言葉をはく海斗に便乗し、お馴染みとなっている鉄拳制裁を一つ。


「何故に実況口調なんだ? 似あわんぞ」

「いいじゃーん、別にさ! 気分だよ、き ぶ ん ! それと、最近ツッコミの威力が高まってきてる! もうちょい手加減し「嫌だ」…ひどい?!」


 やはりいつもと同じような流れ。優れなかった晃雅の顔色も、ほとんどいつもと変わらない状態まで戻っていた。それにほっとした咲良も含めて、屈託無く笑い合う。

 そのまま明るい雰囲気を保てたのか、笑いが一段落ついたその先に続く言葉も、空気を変えることはなかった。


「さっき、すぐに返事しなかった理由だけどな? ただ、俺が魔術を使えないことは教えておくべきだと思ったんだ。それで、返事が遅れた」


 魔術を使えないと知った途端、離れていった人々は大勢いる。魔術を使えないその事実を知らないままで、友達になることは出来ないと思ったのだろう。


「そっか。でも大丈夫だよ。私からも、事前に話しておくね」

「あぁ、分かった。ありがとう」


 それでも、咲良が親友と呼ぶ人物だ。海斗やいつかと同じように、魔術を使えないことを気にしないでいてくれるかもしれない。そんな希望を、晃雅は持てるようになった。その希望は、晃雅の心に優しい暖かさを運んでくるのであった。




 しかし、それでも晃雅の顔色はどこか優れないように見える。それは小さな違いで、咲良でさえも“ちょっと雰囲気が違う”程度にしか捉えられない違いでしかない。それでも、どこか“違う”のだ。

 それは、何が理由なのか。やっと持つに至った希望を、それでも信じられないのか。それとも、なにか他の理由なのか。現時点では、まだ誰にも分からない。






 晃雅自身ですら、分からないのかもしれない。






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