波長が合うんだよ
長い、長い廊下。シャンデリアで装飾された天井。さらには壁を鮮やかな魔力の光が飾っている。灯された魔力の色は様々であるが、その色は決して喧嘩したりせず、互いの魅力をさらに高めあっていた。そして、その絢爛な壁面に等間隔で並ぶ扉の数々は、生徒たちの住まう寮部屋に繋がっているようだ。
そんな壮美で長い廊下。そこに並ぶ扉の数々。その扉の一つの前で、なにやら期待に満ちた表情で立ち尽くす、ほんのりと桃が差す艶やかな髪の少女が一人。
「いよいよ、だね。やっと、ここまで来たんだ。………うん、頑張るぞ。私だって、やれば出来るんだ。頑張れ、私。頑張って、私の魔術を認めさせるんだ」
抑えきれない期待感からなのか、少女は独り、呟いた。完全に誰もいないと思っているらしく、その呟きは中々に大きい。
だからだろう。彼女自身は聞かれるなど全く思いもしていなかったのだが、その呟きを聞かれてしまうこととなった。
「ひとり言。結構大きいね」
「ひゃうっ!」
びくっ! 驚いて振り返るとそこには、柔らかいブラウンの髪を揺らし、軽く首を傾げる少女がいた。
呟いた彼女自身、ひとり言を聞かれるとは思っていなかったので、その驚き様は滑稽とも言えるほどに大きかった。それはもう、薄桃のロングストレートヘアーをダイナミックに振り乱し、バサっと音を立てながら振り向くほどのリアクションだ。
そして、後ろから話しかけた少女は、基本的に社交的なほうではなかったらしい。そのあまりに大きな驚き様に、彼女まで慌て出した。
「あわわ、ごめん! 驚かせちゃった?! う、後ろから話しかけちゃだめだよね? あぅぅ…」
ぽかーん。そんな擬音が似合うような表情で、パチパチとスミレ色の眼をまたたき、薄桃の小さな唇を半開きにしてしまう。後ろから声をかけてきた少女が慌てる様は、それほどに滑稽だった。
そしてその慌て様は、見ている彼女を逆に冷静にさせた。そのスミレ色の瞳から驚きの相は消え、ある程度落ち着いてきているように見える。
「えっと、大丈夫? ……ひとり言を聞かれちゃったのはちょっと恥ずかしいし、びっくりもしたけど、そんなに慌てなくてもいいよ?」
落ち着いたついでに、慌てる少女を宥める。その彼女自身は、それ程度で宥めることが出来るとは思えないほどの慌て様だったのだが、宥められた彼女は案外素直な性格らしい。都合がいい性格とも言えるかもしれないが、先ほどの言葉だけで落ち着きを取り戻す。
「そう? よかったぁ。……あっ! 私、上原 咲良です。よろしくね」
切り替えが早すぎる、と言うべきか。もうすでに先ほどまでの慌てぶりはどこへやら。その柔らかなブラウンの髪と瞳に違わない、優しげな笑みを浮かべている。
咲良自身は社交的な方ではないが、確実に人を惹きつける笑みであった。その辺り、人懐っこい笑みで人を惹きつける海斗に通じる面もあるのかもしれない。
「私は“高峰 ゆあ”。よろしく、上原さん」
「咲良、でいいよ?」
「じゃあ咲良。私のこともゆあって呼んで。改めてよろしくね」
言いながら、手を差し出す。握手を求める手だ。
「うんっ! よろしくっ。 この学院で、最初の女の子のお友達だよ、ゆあは!」
「私は、男女含めて最初かな。……あ、部屋どこ? 近いといいね。ちなみに私は目の前の部屋ね」
そう言って、目の前にある扉を指差す。先ほどから、ずっと立ちつくしているこの廊下から見える扉の一つだ。
「ここ? えーと、私は………」
言いながら、掲示板に張り出されていた紙に書かれていた自分の部屋番号を確認する。自身の番号は違う紙にメモしていたので、確認は簡単だ。
「んーっと………208号室だから……あっ! 私もここだよ!」
「ホント? やったね! 相部屋っ!!」
寮は基本的に二人部屋だ。一人部屋にするスペースは充分にあるのだが、相部屋にすることである程度コミュニティーを作らせようという学院側の意向によって、そうなったらしい。そして、基本的には魔術占い学に基づいて決められた、相性のいい者同士が相部屋になるように設定されているとか。
「あぁ~、よかったぁ。私ってちょっと人見知りするから、お友達作るの大変なんだぁ。ゆあと一緒で、嬉しいっ」
満面の笑みを見せ、ブラウンの瞳を優しく細める。いかにも彼女らしい微笑みだが、これで人見知りする、という言葉は信じられない。
……晃雅は昔からの幼馴染であり、海斗やいつかとの対面には晃雅がついていた。そのため、馴染むのも早かったのだが、ゆあは違う。本来の人見知りを発揮し、まともに喋れないはずだったのだが、饒舌とも言えるほどに、咲良は安心して会話していた。
そこを疑問に思ったのだろう。ゆあは“社交的ではない”という彼女の言葉を否定する。
「結構、社交的だと思うけどなぁ。今だって咲良、初対面の私と普通に喋ってるよ?」
「あ、そういえばそうだね。なんでだろう?」
うーん。そんな雰囲気で首を傾げ、考え込むように眼を閉じる。その長い睫毛は綺麗に閉じられ、しばらくの沈黙が続くが、やがて彼女はひらいめいたように顔を上げる。なにをどうやったのか、頭の上で豆電球がピカッと点くエフェクトも忘れない。おそらく魔術を発動したのだろうが、芸が細かいというか、必要ないというか。そんな技術だ。
「私とゆあは、波長が合うんだよ、きっと!」
そして、考えこんだ末に出てきた答えは、意外と……いや、彼女の場合必然的に、と言うべきか、シンプルなモノであった。しかし、実際それは正しい答えかもしれない。それぞれ相部屋になる人物同士は、魔術占い学的に相性の良い者同士を選抜し、組んでいる。もちろん男女が相部屋になることはないので、最も相性の良い者、とは一概には言えないのだが、気が合う、もとい、彼女の言い方を借りれば“波長が合う”という言葉は、かなり的を射ているのだ。
そんな的を射ていてもどこか拍子抜けするような答えは、ゆあをフッと微笑ましい気持ちにさせる。こちらも嬉しそうに微笑み、言葉を返した。
「そう、だね。うん、きっとそうだ! じゃあこれから私たちは、親友ってコトで!」
「うわぁ、いいね! なんか、晃雅と吉井くんみたいっ!!」
彼らもまた、昨日会ったばかりであるにも関わらず、親友同士の関係だ。晃雅は一向に認めてはいないが、ある意味彼らも“波長が合う”者同士だ。案外、男子寮で相部屋になり、『うぉほっー、崎ちゃんと同じじゃん! ラッキー!!』『……アンラッキー』『ひどいっ?!』『酷くない』……という会話を繰り広げていたりするのかもしれない。
「咲良の友達? 今度、紹介してね」
「うん! 晃雅は幼馴染なんだ。優しいんだよ。それに、吉井くんはおもしろいんだ」
海斗は“おもしろい”認定で決定らしい。まだ、“いじりあいがあってイイ”といわれないだけ、マシだと思うべきなのだろう。
…………彼女の“おもしろい”という言葉は明らかに褒め言葉であるにも関わらず、海斗に向けられると“いじり”に変わる気がするのは何故だろうか。
「ゴールデンウィークくらいまでには、みんなで会えると思うよ!」
「へぇ。興味出てきた。会ってみたいね。……まっ、廊下で話し込むのもなんだし、さっさと部屋に入ろうか。昨日からお風呂に入らせてもらってないから、シャワーも浴びたいしね。浴びてから、ゆっくり話そっ」
サバイバル演習から帰り、学院の大食堂で昼食をとった後に、そのまま寮に向かってきたのだ。当然、身を清める暇はなかった。女性として、それは我慢ならなかったのだろう。思い出した途端に、二人は『早く洗わないと!』とでも言いたげな感じで苦笑し合い、これから共に生活する寮部屋の扉を開け、中に入るのであった。
◆
男子寮の、これまた絢爛な長い廊下。その廊下に並ぶ扉の中、ある一つの扉の前に、黒い髪で長身の少年と、赤く染めた髪と耳に着いているピアスが特長の、一見不良の少年がいた。無論、晃雅と海斗だ。
「うぉほっー、崎ちゃんと同じじゃん! ラッキー!!」
「……アンラッキー」
「ひどいっ?!」
「酷くない」
…………本当に、このような会話がなされていた、というのは、あくまで余談に過ぎない。
「というか、俺が酷い目に遭ってる。こんなうるさいヤツと相部屋になってる時点で、俺の不幸は確定してるじゃないか」
「……ちぇ、素直じゃねぇなぁ! 崎ちゃんも素直に嬉しいって言えよな! 親友じゃねぇか。だいたい、崎ちゃんは「うるさい」……すんません」
このような会話がなされていることも、やはり余談でしかないのだ。
「………もう少し静かにしてたら、親友というのも考えなくもないぞ」
「うぉ?! ニシシ、やっぱそうか! 崎ちゃんも俺のコト親友って認めてくれたんだなァ!」
「考えなくもない、と言っただけだ。勘違いすんなよ」
少し晃雅がデレたことも、今回の話ではただのおまけ、ということで一つ。
「そーかそーか! あの崎ちゃんが! よっしゃ、親友っ! さっさと部屋入r「何してる。早く入ってこい」…いつのまに入った?!」
こうして、この“波長が合う”親友同士は、咲良たちと同じように楽しげに、しかしやかましく(海斗の一方的なやかましさだが)、部屋に入るのだった。