口答えしないっ!
「晃雅っ! なんで起こしてくれなかったの?! 全員交代で見張りするって言ったのに!!」
「いや、だからそれは…」
「だから、じゃありません! 私たちだって、見張りくらいは出来るんだから、信用してよ!!」
「信用してないわけじゃ……」
朝。結局、全員が起き出すまで空を眺めたり、体を動かしたりして時間を潰していた晃雅は、今までにないピンチを迎えていた。
「口答えしないっ!」
「………はい、すいませんでした」
常に泰然としていた“いつもの晃雅”の在り様を、真っ向から否定するような素直な謝罪であった。困ったように、軽く頭も下げている。
この説教もどきを実行している人物――咲良は、晃雅にとって幼馴染であり、親友であり、妹でもあり、恋人でもあり(やはり本人たちは認めないが)、そして母親のような存在でもあるのだ。だからか、晃雅は、自身を心配してのこのような言葉にどうしても逆らえない。強いて言うなれば、咲良の“おかーさんモード”には逆らえない、といったところだろうか。
「うん、分かればよろしい♪ ……無茶はしちゃ、ダメだからね? 心配なんだから…」
「ああ、ごめん。……悪かったな」
もう一つ、謝罪。いつかと戦った時のような自信に満ちた晃雅は、もうここにはいない。彼の弱点は、紛れも無く咲良であった。……とはいえ、彼を引き立てるのも、紛れも無く彼女であるのだが。
と、晃雅と咲良の……というより咲良の一方的なお説教が終わり、その光景を見ていたギャラリー二人は、ひそひそと言葉を交わす。
「おいおい、あの崎ちゃんが素直に謝ってるぞ? さすが、“嫁パワー”はすげぇな」
「嫁パワー? あの二人、夫婦なのか?」
驚くいつか。確かに、高校生の年齢で夫婦などありえない。と、すれば、許婚か………考察するも、海斗のマシンガントークがそれを許さない。
「そうそう! 俺も昨日の朝に知り合ったばかりなんだけどな? そりゃもう朝っぱらからいちゃいちゃらぶらぶ新婚さんしていたのだよ!! 見ているこっちのことも考えてほしいだああぁっ!!?」
炸裂。もはや、説明は不要だろう。止まることを知らないマシンガントークに困惑気味だったいつかを助けたのは、話題にされていた黒髪の少年だ。
痛みに悶え苦しむ海斗を凍てつく瞳で一瞥し、晃雅はあくまで冷静に訂正する。
「幼馴染だと言ってるだろうが。勝手に関係を偽るんじゃねぇ」
「でも、見た限りでは…」
ギロっ! そんな効果音がつきそうな視線が、先ほどの言葉を言いかけたいつかに突き刺さる。もちろん、視線の送り主は晃雅だ。
その威圧感に圧されたのか、いつかの額をツーっと冷や汗が伝う。
「………いや、なんでもないよ」
いつかにかけられていた重圧が、その言葉を境にフッと和らぐ。
「分かればいいんだ」
先ほどの咲良の言葉『分かればよろしい♪』……ニュアンスは違うと言えど、言葉の意味はほぼ同じである。だが、彼はそこに戦慄する。
―――――同じ言葉で、ここまで印象が変わるものなのか…!
黒い笑みをたたえた晃雅の言葉は、咲良の満足げに言い放たれた言葉とは性質も、本質も異なるモノであった。
かかっていた重圧は和らいだとはいえ、いつかの脳はいつにない危険信号を発している。もう、彼はすでに後悔し始めているのだ。とんでもない人物を好敵手認定してしまったのかもしれない、と。
とはいえ。晃雅は、基本は冷静で大人しい部類の人間だ。先ほどまでの黒い笑みも、本気で怒っていたわけでもなく、どちらかといえばくだらない冗談に近い。それを理解しているのか、咲良も何も言わずに微笑んでいた。
…………その微笑みが、いつかにどのような印象を抱かせたかは別として。
「………ふ、二人して、ここっ、怖いよ、うん」
どうやら、いつかはへたれキャラを確立し始めているようだ。魔術的才能において、この四人の中で一番光るものがあるにも関わらず、だ。……海斗に続き、いつかも相当難儀な立場に追いやられてしまったものである。
「ほぇ? なにが怖いの、杉山くん?」
「………咲良ちゃんにその気がなくてもね、いつかには晃雅の笑みと重なって見えちまったんだろうな、しょうがねぇ」
どこか的外れな咲良の質問に、海斗は全てを知ったような口調で返した。
おそらく彼は、晃雅が珍しいお茶目で黒い笑みを見せたことも見抜いているし、それを理解している咲良が『晃雅ったらまたふざけちゃって』という感じの微笑みを見せていることも察しているだろう。
………いじられキャラ街道まっしぐらの彼にとって、この瞬間からいつかが同情の対象、もしくは仲間と認定されることとなる。
さて。海斗の言葉によって頭の上ではてなを浮かべて考え込んでいる咲良はさておき、そろそろ朝食を用意すべき時間である。海斗などは朝食を摂らない朝も多かったのだが、晃雅は違う。朝食を食べないと気が済まない性質なのだ。それは咲良も同じだ。
「さぁ、くだらない冗談は置いといて。さっさとメシにしよう」
今までおびえたり、同情したり、はてなを浮かべたりと、忙しかった面々だったが、この言葉で空腹であったことを自覚した。
「うんっ! 用意しよっ」
「そうだな! うわっ、考えたらすげぇ腹減ってきた!!」
「確かにな。僕も、空腹だ」
やはり、空腹を満たすという行為は、幸福に直結するようだ。朝食を摂る、そう決まっただけで、皆の表情があからさまな笑顔に変わった。
しかし、今はサバイバル。食事を作るための準備も許されておらず、狩りや採集以外で食料を得ることなど出来ない。今朝の飯は、昨日の残りを咲良の氷魔術で凍結させておいた肉を解凍したものにしかなりようがない、という事実は、言わぬが華であろう。
◆
そんなこんなで虚しい朝食を終えた四人。やはり、肉だけの食事は味気ないものだったらしい。それも前日の夕食からそうだ。せめて木の実でも……と周りを見ても、そのようなモノが生っている様子はない。
端的に言えば、朝から肉だけはキツイ。そういうことなのだ。
「崎ちゃーん。なんか俺、スナック菓「うるさい」………希望ぐらい言ったっていいじゃんかよ!!」
「思い浮かべると余計に虚しいっ! とにかく黙れ」
このような会話がなされるほどには、朝食に対する不満は大きかった。
今は、この一泊二日のサバイバル演習が一刻も早く終了することを願うばかりである。その終了時刻が近づいているであろう、と予測を立てられるからこそ、木の実を探すという行為に手を出していないので、これはかなり切実な願いでもあった。
「でも、永崎はサバイバル知識が豊富なんじゃなかったか? なんで、昨日のうちに木の実やら果物やら、採集しようとしなかったんだ?」
もはや、八つ当たりと言っていいだろう。なぜなら、『そんな暇はなかった』のだから。前夜、彼らは日が沈んでから合流を果たした。そこから魔術を駆使してかなりの速さで肉や魚を確保したものの、遠くに生っているであろう木の実などを採集している暇などなかったのだ。夜行性の場合が多い魔獣に備え、罠まで造っていたのだから、どうしようもないことだったと言えるだろう。
その旨を、晃雅は適当に説明し、うんざりといつものしかめっ面で溜め息をつく。
「はぁ…」
そして、溜め息とは意外と伝染するモノでもある。晃雅の疲れたような溜め息に誘われ、皆の朝食への不満が溜め息となって吐き出される。
………………………………陰鬱。
「だぁぁ! んだよこの空気っ!! もっとこう、ぱぁっと明るくいこうぜ、なあ!」
そして弾けた。陰鬱な空気に耐え切れなくなった海斗の叫びが響き渡る。さらに、これを機に場の空気が一変する。
「さて。朝食も終えたことだし、なにか暇つぶしでも考えようか」
「えーと? 俺っちの言葉は無視ですか?」
海斗の苦言は、誰の耳にも入らなかったようだ。その証拠に、咲良も実に楽しそうな表情で晃雅に賛成する。
「そうだね! いつまでも朝ごはんで落ち込むなんて、時間がもったいないもん」
「僕も賛成だ。まぁ、このままここでのんびり雑談しながら過ごすのも悪くないと思うけどな」
ついでに、いつかも追随し、海斗は黙るより他無かった。
「………………」
「………………」
「………………」
黙りこんだ海斗を、なにか期待するような目で見る三人。しかし、海斗はよく分からない、といった風で、首を傾げる。
「んだよ? 俺の顔になんかついてんのかぁ?」
「………………いや、吉井? さっき、お前はいじられたんだ。なんらかのリアクションを入れてくれないと、こっちも暇つぶしにならないだろうが」
今までの会話。それ自体が、晃雅たちにとってはただの暇つぶしにすぎなかったようだ。
「………いやいやいや! なにそれどういうこと?! え、どっからがいじりのための布石なわけ?! つーか俺いじりで暇つぶししようとすんなよ!!」
「悪いな」
「気持ちが篭ってないからぁぁ??!」
鮮やかに海斗の悲痛なツッコミが決まり、彼を除く三人は吹き出した。声をあげる、とまではいかないものの、本当に楽しそうに笑う。そんな光景に、海斗もさらに喚くのがバカらしくなり、共に笑う。
和やかに、四人が笑い合い、朝食への不満による陰鬱な空気は、綺麗に払拭されたのだった。
『ごほんっ! “学院一年生”の皆様。四月六日、午前十時となりましたので、これにて課題を終了とさせていただきます』
ちょうど、彼らが和んだところで、学院長の秘書“谷口 真樹”による放送が流れた。これで、長かったサバイバル課題は終了だ。この鬱蒼とした森のあちこちに学院の関係者らしき黒服の男たちが転移し、生徒たちを出口まで案内し始めた。
自称好敵手でへたれという厄介な“杉山 いつか”を加え、晃雅の“仲間”はまた一人増えた。はてさて、これから彼らは“学院”でなにを成し、なにを想うのか。
………それは、今の時点では誰にも分からない。