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ジィィィィザスっ!!!



「あわわ、よ、吉井くん! 晃雅はっ?!」

「お、落ち着けっ! ツールの故障ってのも考えられなくもないと思うぞっ!!」

「でもでも、他の人の反応はするんだよね?! そしたらっ…!!」


 晃雅といつかの戦闘が佳境に差し掛かった頃。咲良、海斗の二人は、未だに慌てふためいていた。通常は察知しなければならない膨大な魔力、つまり晃雅の魔力を、海斗の持つツールが全く察知しないためだ。

 会話からして、ツールの故障というわけでもない。実際、いつかの展開した詠唱を簡易化する空間の妨害によって、察知が出来ていなかっただけで、ツールは正常に起動していたのだが、今の二人にそんな事実を知る術はない。


「どうしようっ! 晃雅が、晃雅が……!」


 木々の間を行ったり来たりしながら、『晃雅が』を連呼する咲良を見て、海斗の動揺もまた、酷いものに変わってゆく。


「ちょ、もう! どこ行ったんだよ崎ちゃんっ!!」


 頭を抱え、もうギブアップ! とでも言うようにひとしきり喚く。しばらくして顔を上げても、彼のイライラは募るばかりだ。そして…。


「だぁぁ! もうっ!! こんなツール、知らんっ!!」


 バキッ! 鈍い金属音。そして、バチバチっと不吉な音が辺りに響く。

 叩きつけたのだ。……ツールを。なんの躊躇いもなく。怒りに身を任せて。ただ只管本能的に。海斗は、その手に持っていた魔力探知ツールを、全力で地に投げ捨て、破壊してしまった。


「よ、吉井くん? よかったの? ま、まだ、壊れてはいなかったんだよね? ………あのぉ、晃雅ならもしかしたら、自分で魔力を隠してるかもって、そんな可能性もなくもないなぁ…なんて、今、思いついたんだけど……」


 …………………………沈黙。


 痛々しいオーラに身を包み始め、海斗はずーんと沈んだ。いつもなら考えられないほどに暗いその雰囲気は、明らかに負のオーラだ。心なしか、彼の周りはどんよりと黒いモノが渦巻いているように見える。腰も曲がって下を向き、この世の全てに絶望している、とでも言いそうな雰囲気となっていった。

 そして、そのマイナス過ぎるオーラをさすがにまずいと思ったのか、咲良が海斗の背中を撫でて慰めようとした所で…。


「……………ジィィィィザスっ!!!」


 彼は唐突に顔を上げ、腹の底から出したような大声で叫んだ。木々の間を駆け抜ける大音声が、妙に虚しく響き渡る。


「やっちまった! やっちまったよォォォ!! こんなはずじゃ………こんなはずじゃなかったんだ! だってそうだろ? あれ創るのにどんだけ時間かかったと思ってんだっ! 一年だぞ? 一年っ! この俺の最高傑作だったというのに!! なんで! 俺は! そんなことも忘れて! 自らぶっ壊しちまうんだよォォォォォオオオ!!!」


 ガクっ………そんな効果音がつきそうな動きで、海斗はその場に手をついた。


「燃え尽きたぜ……真っ白にな………」


 どこかで聞いたような言葉を呟き、律儀にもその言葉通りに顔色は蒼白を通り越し、白一色……のように見えなくもない。完全に自業自得だが、彼にとってはかなりの大事件だったらしい。


 そして、もう手のつけようの無くなった海斗に、『あわわっ…!』と目を回してどうしようかと考えあぐねている咲良。二人の周りは、既に混乱の極みと化していた。


 どうしようもない状況。燃え尽きて真っ白な少年と、可愛く慌てふためく美少女という、はたから見ればおかしいとしか言いようのない状況。

 そんな状況を、偶然にも……いや必然だったのか、見つけてしまう者一人。


「…………永崎。君の探していた人たちはどうやら……結構騒がしい人たちみたいだな」


 “杉山 いつか”が晃雅と別れる際、その彼がした切ない嘆息。それは、いつかが再び手合わせを望んだことに対する否定の気持ちからくる感情だった。呆れ、と言い換えてもいい。……その“呆れ”を、いつかは咲良と海斗の混乱ぶりを見て、激しく感じていた。

 また、同情もする。



―――――永崎、君は大変な幼馴染と友人を持ったね…。



 実際、晃雅にとって厄介なのは“友人”の方である海斗だけだったりするが、そんな晃雅の心など知らないいつかは、二人もの問題児(?)を抱える晃雅に、大層同情したのであった。





「……と、言うことは、晃雅はもうすぐここに来られるってこと?」


 首を傾げ、無垢な表情で咲良はいつかにそう訊ねた。


 いつかはひとしきり嘆息を終えたのち、二人に近づいて咲良と海斗であることを確認。すぐに上空で空間を爆発させ、晃雅を呼び寄せた。

 すぐに走ってくるだろうが、いくら晃雅の足が速いとはいえ、爆発させた次の瞬間、この地に到着しているなどと言う、高尚な芸当は出来ない。

 よっていつかは、自分が勝手ながら晃雅と戦わせてもらったこと、途中で空間に連れ込んだこと、その空間のせいで魔力の反応が消えただろうこと、戦闘の過程で仲良くなった(と、いつかは思っている)こと、そして晃雅の幼馴染である咲良を探すことに協力していることを話したのだ。


「あぁ、まあそうだな。僕が追いかけてる時から、彼の動きは尋常じゃなく速かったし、そろそろ来る頃かもしれん」

「そっか! よかったぁ~。………あ、でも、今度から勝手に晃雅を攻撃しないでね? 危ないでしょっ」


 危ないことはしちゃいけませんっ! とでも言いそうな表情で説教(もどき)をする咲良。どことなく、お母さん的雰囲気を漂わせていた。


 そんなほのぼのした説教の合間にも、嘆く少年一人。


「あぁ……もっと早く、早く晃雅の反応が消えた理由を言ってくれれば…。言ってくれれば、俺のツールが壊れることはなかったのにぃぃぃ!!」


 なんとも言えない奇声で泣き叫ぶ、吉井 海斗その人である。彼のあまりにも悲痛な叫び声は、やはり虚しく木々の間を通り抜けていき、すでに夜になろうとしている空に儚く吸い込まれていった。

 セリフだけ聞けばいつかを攻めているように見えるが、そうではないのだ。海斗だって、ツールを壊したことは自業自得だと理解している。だが、それでも。やるせないのだ。切ないのだ。今までの努力は、創る過程での苦労は、なんだったのかと。虚しい気分になるのだ。それ故の心の声が、悲痛な叫びとして現れているのである。


「あぁぁぁあああ゛!! もういやぁぁ!! 俺のツーーーールーーー!! 戻ってこーーーい!! あぁぁあ、いやあぁあああ、無理ぃぃいいいいだああっ??!」


 しかし、最後の叫びはただの“悲痛な叫び”とは一味違っていた。と、言うよりは、ただ、痛覚を刺激されたことに対する反射的な叫びと言えるかもしれない。


「咲良……。無事でよかった」


 晃雅だ。彼は、叫びをあげる海斗を無言ではたき、何事もなかったかのように咲良に声をかけたのだ。


「晃雅っ! うん、大丈夫だったよ! 晃雅も………大きな怪我、してなくてよかった」


 声をかけられた咲良も、何事もなかったかのように晃雅へ駆け寄り、心底ほっとしたような笑みを浮かべた。同じように、いつものしかめっ面を崩して優しく微笑む晃雅に、ギャラリー二名(愚かな自称親友と自称好敵手(ライバル))は、奇遇にも二人して同じことを考えていた。


―――――あぁ、この二人はもう救いようのないところまできているんだな


 と。二人は無言で通じ合った。


 とはいえ、海斗がいじられキャラであることに違いはないのだ。そのことを海斗は、無意識のうちに理解しているし、理解しているのだから、当然そのように行動する。……いや、してしまう、と言った方が正しいのか。


「崎ちゃぁああん?! なんで俺をガン無視ですかぁ??! っつか、その視線はなんだ!! てめぇなんてアウトオブ眼中だとでも言いたげな目で見るんじゃねぇぇえ!! 虚しくなってくるから、やめてそれぇ!! ホント、謝る、ごめん、構って!!!」


 最後にはただの謝罪だ。やはり、筋金入りのいじられキャラだったようで、その言葉は鮮やかに決まった。一度たりとも噛むことなく、言い切ったのだ。


 そして、そんな海斗の反応で、“和やか”――そう形容できそうな雰囲気に包まれ、軽やかな笑いが自然と生まれる。離れて見ていたいつかも、この三人の関係性を粗方つかんだのか、おだやかに笑っている。彼も含め、今日会ったばかりとは思えないほど、晃雅と咲良の雰囲気に溶け込んでいた。それは、相性によるモノなのか、それとも人懐っこい海斗の潤滑油とでも言えるような役割によるモノなのか。どちらにせよ、今後も四人の関係は続いていきそうな空気であった。


「悪かったな、海斗(・・)。ちょいからかっただけだ。………さて、さっさと野営の準備をした方がよさそうだ。手伝えよな」


 謝る時だけわざと“海斗”と名前呼びしてニヤリと笑い、悲痛な表情で地に手をつく“親友”の腕を掴み、強引に立たせる。そんな晃雅に驚きつつも、嬉しそうに人懐っこい笑みを浮かべる海斗。……確かにこの二人は今日知り合ったばかりのはずなのだが、この瞬間は本当に仲のいい“親友同士”だった。

 とはいえ。


「じゃあまず。咲良は水魔術を使えるから、水源の方向を確認してくれるか? 杉山は風魔術でそこらの木々を軽く切り倒してくれ。吉井は………お前、何が出来る?」


 こんな扱いになるのはしょうがないのかもしれない。


「扱いが酷いから?! 一応、土魔術とか得意だからね、俺ぇ??!」

「そうか。じゃあ、お前は咲良が見つけた水源の方まで走って、水汲んで来い。……あぁ、咲良には手伝ってもらうことがあるから、方角だけ教えてここに残ってもらうぞ」

「それ土魔術関係ない仕事だからねぇ?!?!」


 本当にいじりがいのある少年、としか言いようのない海斗に、晃雅は思わずしかめっ面を崩し、笑みを浮かべてしまう。……もちろん、黒い笑みを。


「まあ、頑張れ」

「あ、吉井くん。あっちの方向に百メートル行けば、たぶん人工だけど、川みたいなのがあるよ。……それで晃雅、私はなにを手伝えばいいの?」

「咲良は、杉山の切った木で俺が回りに(トラップ)を作るから、その手伝いを頼む。……杉山! 木は切れたか?」

「あぁ、準備万端だよ」


 と、話はとんとん拍子に進んでいく中、海斗だけは沈黙して立ちすくんでいた。


「あれ、吉井くん。どうしたの? 川は、あっちだよ?」

「……………うわぁぁぁん!!」


 もう俺には居場所なんてないんだぁー! そう叫び、海斗は咲良の示す方向に走り去っていった。


「あれ? 私、なんか変なこと言ったかなぁ?」


 だが、純真無垢で無邪気な彼女には、海斗をさらに追い詰めてしまったことに気付かないようだ。


「………あとで、謝っておこう」

「いつ謝るんだ?」

「…………三年後くらい」

「それ、意味ないと思うぞ」

「かもな」


 咲良の後ろでは、そんな可哀想な会話がなされていたことも、当人以外には知られない。いろいろと、難儀な待遇の人物だ、吉井 海斗というヤツは。



 戻ってきた海斗に、それとなく晃雅が謝るのだが、余計にいじりたおしているようにしか見えないという奇妙な状況を経て、野営の準備はやっと終わった。

 魔獣以外にも放されていた動物――この場合は鳩だが、それを捕まえ、焼いて食べるという豪快な食事を終え(一応、川で捕った魚も丸焼きで食卓に並んだ)、寝る準備を始めた。

 一人、女性である咲良には、晃雅作の木製の囲いが用意され、ついでに晃雅の監視によって、猛獣(この場合は海斗といつかを指す)からの攻撃に備えた。着替えはもともとないので、そのままの就寝である。中々、過酷なサバイバルだ。


 罠は仕掛けて在るものの、魔獣がそれを抜けてこないとも限らない。それを警戒し、四人はそれぞれ交代で不寝番をすることにして、三人が眠りについた。

 最初の不寝番は、晃雅だ。


「ふぅ……まあ、一日ぐらいは寝なくても大丈夫か」


 みなが寝静まった頃、しかめっ面をふっと緩め、そんなことを呟きながら空を見上げる。どうやら彼は、不寝番を交代する気などないようだ。


「うん、いい夜だ」


 煌く月と星は、近年の都会ではありえないほどに、晃雅たちを優しく照らしていたのだった。



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