プロローグ・キミの求めるモノを教えて
活報で今作の試作品版を発表して、一ヶ月以上が経ちました。
ようやく、“キミの求めるモノを教えて”略してキミもとが始動します。
長くなりそうですが、これからよろしくお願いしますね。
夢を見ていた。それは自覚出来た。ただ、身体は動かなくて。それでも意識はハッキリしていて。視界はゼロ。それどころか、聴覚も、嗅覚も、触覚さえも、何も感じ取らない。この調子ならおそらく、何かを食べたとしても味を感じることは出来ないのだろう。……そんなコトを考える余裕まであった。
―――――キミの求めるモノを教えて
不意に聞こえる、透き通るような声。せせらぐ川のように、俺の中に静かに染み込むソプラノ。
先ほどまで聴覚もないと仮定したのがウソのようだ。それほどまでに唐突に、その声は頭に響いた。
いや、“頭に響いた”のならば、それなら耳は関係ないのかもしれない。聴覚とは関係なく、俺の脳に直接語りかけているように感じる。身体は動かず、感覚は麻痺し、思考だけがぐるぐる回っているような感覚。……金縛り? いや、夢だ。今は寝ているハズだし、目を閉じているわけでもないのに、映すのは闇。ならば、この状態はありえない。俺が突然、全ての感覚を失ったのでなければ。
………そんなに深く考えることじゃないか? なんせこれは夢。なんでもあり。なら、こんな無意味なことを考えるのはやめよう。それより…。
『求める、モノ…。なんだよ、それ』
それが気になる。俺が欲しいモノを、この声は知っているのだろうか?
―――――キミが欲しいのは、どんなもの? なんでもいい、教えて
もう一度、脳に響く透明な声。どうやら、俺の問いかけには答えてくれるらしい。それならば、この変な夢の中、目が覚めるまでの時間潰しに利用させてもらおうかな。
そう思い、俺は再び“声”に言葉を投げかける。
『欲しいモノ……あるけど、言ってなんの意味が? それを与えてくれると? やめてくれ。俺は、他人から与えられたモノなんて信じない。だから要らない。俺が誰かを頼ることなんて、ない』
―――――なにを言っているの? キミは、誰にも与えられずに生きてこられたとでも思っているの?
『は? あんたこそ、なにを言ってるんだ? 俺は、他人から何かをもらった記憶はない。強いて言うのならば、この生命。これだけは、与えられたモノかもな』
それともう一つ。あいつからもらったモノ、それだけは、俺には返せないほどに大きい。ただ俺は、あいつの期待に応えられない。誰にも認められない俺が、唯一、俺を認めるあいつにしてやれることなど、何も…。
俺の頭の中で脱線を始めた思考とは関係なく、“声”は俺の先ほどの発言を受けて、言葉を俺に染み込ませる。
―――――それだけじゃない。キミが今までを生きてこられたのは、この世界からたくさんの恩恵を受けてきたから。たとえ親の施しを受けられなかったからと言って、キミがなにも与えられていないことにはならないよ。人間社会を支えているのは紛れも無い人間で、キミはその社会で暮らしてきた。それは、キミが人間に支えられていることと同義。キミが人に忌み嫌われ、蔑まれようと、それに変わりは無いの
なぜ、俺が忌み嫌われていることを知っている? ……いや、これは夢なんだ。俺が親からの施しがゼロであることは俺の中では大前提であり、夢の中の住人がそれを当たり前のように語るのも、また当然なのかもしれない。
それならば、気にすることはない。会話を続けよう。
『…………そうかもな。確かに、そうだ。考えを改めることにしよう。俺は、たくさんの力を、知識を、世界から、社会から、先人たちから、与えられ、そして今も支えられているんだろう。だけど、俺は身内にそんなものをもらった記憶はない』
―――――論点がズレてるよ。キミが身内に何をしてもらったか、あるいは何をされたかなんて関係ない。私は、与える対象にキミを選んだ。ただ、それだけ
『選んだ? 一体、どういう…』
―――――私の選択は間違っていないハズ。キミの望みは、私の目的に通じなければならない。これは、私からあなたへの一方的な施しじゃなくて、ただの交換条件だよ。まあ、この交換条件以外にも、私からあなたに求めるモノはあるけども
『交換条件? 求める、モノ? ………そんなモノが必要なら、俺は求めない。俺は俺で、あんたとは関係なく生きていくよ』
―――――なんだ、キミ………大したコトないのかな。せっかく私が選んだのに。選択に用いた魔術は、全てが完璧だったハズなのに。だから言った、私の選択は間違っていないと
『そんなの、知らん。関係ないね。大体、夢の住人が何をほざいてんだ。さっさと起きたいんだけど』
―――――キミは………いや、性格なんて関係ない。私が勝手に与え、奪えば、キミは私の目的に沿った結果を出すことしか出来ない。だからあの魔術でキミが選ばれ、私はそれを信じ、キミの求めるモノまで訊ねた。だけど、関係ないよね。私の目的に必要な能力をキミに授ければ、それを使ってキミは私を導いてくれる。そういう選択なのだから
『意味不明だな。………それに、勝手に与えられるくらいなら、俺は違うモノを望む。あんたの魔術によれば、俺が望んで選ぶコトが、あんたの目的に繋がるんだろ? なら、俺は望む』
夢であるにも関わらず、俺は必死だった。確かに、俺が欲しくないモノを与えられ、さらにその代償を求められるのは癪だ。だけど、コレは夢で。起きたら、当然にしてそれが反映されることはないワケで。ここまで必死になってしまう、意味が分からなかった。
…………まるで、この夢での取引が、現実になると思っているかのように、必死なのだ。
―――――やっと、望んでくれた。それなら、私は文句なんてない。さあ、キミの望むモノ、求めるモノ、欲しいモノを、教えて?
『俺は、望む。――――――――――の獲得を!!』
声高に、俺の求めるモノを願う。それは、自分の力では、見出し、手に入れることは不可能なモノ。
―――――それが、キミの望み? それでは私の目的は………いえ、そうか、それなら解釈の仕方による。ならば、目的に沿う解釈であると信じよう
『勝手に信じろ。ただ俺は、あんたの思い通りになるつもりはないからな』
―――――ふふっ、可愛くない。でも、選択の魔術に間違いはないの。キミが自分の思い通りに動いた結果、それが私の目的の達成に繋がる
俺は答えない。ただ、脳に声が響く代わりに伝わってくる感情が、俺を不快にさせるのを、受け入れるしかないだけ。この感情は、明らかな嘲りと、どうしようもなく溢れる期待。俺がコイツの目的を叶えると信じて疑わない、期待の感情。
この感情を、止めることは出来ない。なにを言っても、コイツが“選択の魔術”とやらを疑うことなどない、そう思ったから。
―――――さて……では代償も告げよう。安心して。キミが払う代償は、私の目的を遂行する妨げにはならない
………逆に、妨げになった方が嬉しいと思うけど。
―――――答えないのね? でも、関係ない。キミは望み、その代償は今、捧げられるのだから
『あぁ、もう……うるさい。さっさと教えろ』
―――――せっかち。でもいい、告げよう。キミの代償、それは……。
“時”よ。
次回投稿は、五月二十一日(土)を予定しています。