鷹司再戦・空席
鷹司烈堂が規格化した鉄砲隊を進めた。榊原澄景は34歳となり、風早砦の土間で膝を折った。濡れた灰と杉皮の匂いの向こうに、戦で家を失った者たちの息遣いがある。国主を迎える礼より、今日の粥が何人分あるかを冬乃へ尋ねた。領地を半ば失った国に、飾る余裕はなかった。
榊原方にも決戦を望む声が満ちる。評定の声は二つに割れた。急げば奪われた土地を取り戻せる。待てば敵が根を張る。だが宗兵衛が並べた負傷者札と、村から届いた種籾の数は、どちらの勇ましさにも味方しなかった。澄景は地図の城印を伏せ、人、馬、井戸、鍛冶場を一つずつ書き直した。国は線の内側ではなく、明日も働ける場所の連なりだった。
彼女は海道六宿と雪国五家の時間差で補給を切ると命じた。道兼には期限と中止条件の両方を持たせた。現場が違うと判断したなら、命令書の裏へ理由を書いて退いてよい。勝手な功名は罰するが、百姓と兵を生かす変更は評定で守る。その決まりは、敗北で失った自信を少しずつ仕事へ変えた。
夕刻、風早砦では敵味方の印を削った木札が同じ箱へ収められた。昨日まで鷹司の足軽だった男が井戸縄を綯い、榊原の若侍が黙って藁を押さえる。許したのではない。忘れたのでもない。ただ冬を越す作業には、憎しみだけを割り当てる手がなかった。澄景は死者帳を閉じ、生者の役目帳を開いた。
夜、冬乃が油皿を替えると、澄景は「将の面目より帰る船を一艘増やす」と記した。きれいな言葉にするためではない。次に同じ迷いが来たとき、今日の犠牲を無駄にしないためだった。外では荷車か船具の音が途切れず続く。天下に近づくほど、彼女の仕事は戦勝から遠ざかっていった。誰が水を使い、誰が道を直し、誰が異議を申し立てられるか。それを決めぬ勝利は、次の戦の支度にすぎなかった。
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