第16話 魔女と老人3
仕事の最後は、庭の掃除だ。
リビングの掃き出し窓から庭に出たリリアは、見慣れぬ物を発見して動きを止めた。
「これ、何?」
広い庭の中心に鎮座する木彫りの彫刻。
リリアの身長よりも高いその彫刻は、竜をかたどっている。
だが、まだ未完成のようだ。
「それはね、お爺さんが作ってる竜の彫刻よ」
「へえ、お爺ちゃんの彫刻かあ」
彫刻を見上げるリリア。
「趣味としては素晴らしいんだけど、竜ってそんな架空の生き物を……。十代の男の子じゃないんだから……」
リリアが若干引いた表情を浮かべる。
しかし、オーレは意に介さず、自分の彫刻を誇らしげに撫でた。
「竜は男のロマンじゃよ。男はいくつになっても竜が好きなんじゃ」
「ふーん……。竜の良さは分からないけど……」
リリアも竜の彫刻に触れながら、顔を近づけて観察する。
細かく彫られた竜の鱗。
オーレの繊細で丁寧な作業に、リリアは本気で感心していた。
「でも、この彫刻は凄いと思うよ。やるじゃん、お爺ちゃん」
「そうじゃろう! 余生の趣味にするんじゃ!」
「頑張ってね。ふふ」
リリアは愛用のホウキで、庭の掃除を始めた。
このホウキはエニシダの枝で作られており、リリアの両親から送られたものだ。
リリアがホウキを振ると、自然と落ち葉が引き寄せられる。
まるで水の渦に流れ込む落ち葉のようだ。
何度か振ると、周囲の落ち葉が小さな山を作った。
それを数カ所で繰り返し、最後に落ち葉を一箇所に集める。
「いつ見ても惚れ惚れするホウキさばきじゃの」
「ええ、若いのに本当に上手だわ」
二人の会話に気づいたリリア。
「褒めたって何も出ないよ?」
「褒めておらんよ。事実を述べているだけじゃ。ふぉふぉ」
オーレがリリアに向かって、優しい笑みを浮かべる。
リリアは魔法を使用しているのだが、あまりに自然なため夫妻は気づかない。
もちろん気づかせてはいけないので、ごく微量に抑えている。
魔女であるリリアは、体内の魔力を風属性に変化させ、風をコントロールして落ち葉を集めていた。
だが、魔法と言っても、リリアにとっては呼吸と同じレベルだ。
「じゃあ、野焼きするね。ただ、この場所は山から落ち葉が飛んでくるから、注意しないと火が移っちゃう。私がいない時は絶対にやらないでね」
「ああ、分かっておるよ」
リリアは集めた落ち葉に、着火用の魔石を投げ入れた。
リリアの掌よりも小さな魔石には、炎の刻印が施されており、封印の札を剥がすと発火する。
リリアは火属性も使用できるが、さすがに火を起こすと魔法がバレてしまうため魔石を使う。
落ち葉からゆっくりと煙が上がり、燃え出した。
「今日は特に空気が乾燥してるなあ」
外部から落ち葉が入らないように、リリアは周囲の風をコントロールする。
さらに煙はまっすぐ上空へ上るように、上昇気流を作った。
もちろん、バケツに水を用意しており、安全対策は万全だ。
「リリア嬢ちゃん、この落ち葉に芋を入れると旨いんじゃよ」
「わあ、甘藷だ! 焼き芋だね!」
リリアが甘藷を受け取り、焚き火の中に潜り込ませた。
――
落ち葉の火が消えかけると同時に、リリアは甘藷を二つ取り出す。
一つはリリア用で、もう一つは夫妻が半分に分ける。
「熱っ! 熱っ!」
リリアは大きな声を上げながら、紫色の甘藷を二つに折る。
すると、勢いよく湯気が立った。
黄金色の実は、糖蜜のような粘り気がある。
リリアは魔法で手のひらを保護することもできるが、焼き芋を楽しみたい気持ちから、熱さを楽しむように掴んでいる。
「甘ーい! 美味しい!」
「そうじゃな。この甘さはもうデザートじゃな。ふぉふぉ」
「この季節の甘藷は本当に美味しいわねえ」
三人は庭の白いテーブルに座り、甘藷の味を楽しんだ。
そして最後に、焚き火にバケツの水をかけて完全に消火した。
これでリリアの仕事は終了だ。
書類にサインをもらい、帰宅の準備を終えた。
「セルジール様、この度は誠にありがとうございました」
玄関で夫妻に深くお辞儀をするリリア。
最後のあいさつは、業務としてしっかり行う。
「こちらこそいつも本当にありがとう、リリア嬢ちゃん。またよろしくお願いするよ」
「リリアちゃん、また来てね」
夫妻は別れを惜しむかのように、屋敷を出て、街道までリリアを見送る。
「リリアちゃん、これはお土産よ」
「お土産?」
ジョセがリリアに紙袋を手渡した。
「チョコレートよ。以前取引していた外国産で、凄く甘いの。リリアちゃんに食べてもらおうと思って取り寄せたのよ」
「え? 本当に! いいの? 私チョコレート大好き!」
「もちろんよ。今日も綺麗にしてくれたお礼よ」
「わー、お婆ちゃん、ありがとう!」
夫妻はリリアが甘いものに目がないことを知っている上に、貿易商だったことで、外国の品物が容易に手に入る。
「リリア嬢ちゃん。今度来る時は竜の彫刻を完成させておるからの」
「はは、楽しみにしてるね。お爺ちゃん」
二人に別れを告げ、リリアはセルジール邸を後にした。
◇◇◇
俺はセルジール邸から少し離れたところで、リリアを待つ。
「そろそろ終わる頃だな」
馬車の停留場へ歩くリリアの姿を見つけ、早足で追いかけた。
「リリア、お疲れ様」
「あれ? 課長どうしたの?」
「んー、ちょっと近くを通ったから寄ったんだ」
「へえ、第三街区で仕事だったの?」
「ああ、そうだよ」
心配で迎えに来たと言われても、あまりいい気分はしないだろう。
偶然を装うのが一番だ。
俺たちは停留所に立ち、馬車を待つ。
「聞いてよ、課長。お土産に外国産のチョコレートをいただいたの」
「そうか、良かったじゃないか」
「メイド課のみんなで食べようよ」
「みんなで? いいのかい? セルジール様は貿易商だったから、きっと高級なチョコレートだと思うけど」
「だからだよ。みんなで食べたい。ふふふ」
チョコレートはリリアの大好物だ。
リリアが貰ったのだから一人で食べてもいいものを、みんなに分けるという。
優しい娘だ。
俺たちは馬車に乗り込んだ。
このまま第六街区の古城へ向かう。
「そういえば、課長。今朝の新聞は読んだ?」
「ああ、読んだよ。第三街区のことが載っていたよね」
「うん。放火かもしれないんでしょ? ちょっとセルジール様の家が心配なんだよね」
「確かにそうだね。じゃあ、しばらく俺が見回りするよ」
「課長が?」
「セルジール様は常連様だし、長いお付き合いがある。これは常連様へのアフターフォローだ」
「じゃあ、私も一緒に行くよ」
「ダメだよ。君はメイド業務があるんだから、しっかり寝なさい」
「もう、そうやって子ども扱いするんだから」
「違うよ。寝不足だと他のお客様に迷惑がかかってしまうだろう? それにアフターフォローは上司の仕事だ。はは」
リリアと二人でメイド課へ戻り、全員でチョコレートを堪能した。
外国産の高級チョコレートは驚くほど旨く、あのエリザベータさんも感動していたほどだ。
その日の夜、俺は第三街区へ向かった。
セルジール様の邸宅を見張る。
自宅周辺を歩き、不審者がいないか見回る。
「こりゃ……俺が不審者だよ。はは」
さすがに一晩中見回るわけにはいかないため、月が頭上に来る頃に帰宅した。
それから数日の間、俺は毎日第三街区へ向かうも、特にトラブルはなかった。




