第15話 魔女と老人2
「皆さん、おはようございます」
「「「おはようございます」」」
メイド課の朝礼だ。
朝礼では注意事項を伝え、メイドたちの業務を共有する。
俺は課長席の前に立ち、自席で起立しているメイドたちを見渡した。
「今日の現場です。シェリーナは第五街区のストマス様宅で通常業務です」
「はい!」
「レオリアは……」
俺は一人一人の名前を呼び、予定を伝えた。
「なお、リリアは第三街区のセルジール様宅へ直接向かってます。朝礼は以上です。今日も一日よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
朝礼を終え自席に戻ると、俺の机の左正面に座るエリザベータさんが、こちらに視線を向けていた。
「ねえ、オリハルト君」
「な、なんでしょうか?」
このメイド課に異動して一か月。
未だにエリザベータさんとの会話は緊張する。
「今朝の新聞は読んだのかしら?」
「す、すみません。今朝は読む時間がなくて……」
「はあ、まったく……」
溜め息をつくエリザベータさんの背後を、トレーを持ったアリッサさんが通り過ぎた。
いつものように、優しい笑みを浮かべている。
「課長、コーヒーです。それと今朝の新聞です」
「あ、ありがとうございます」
アリッサさんが、湯気がのぼるコーヒーカップを机に置いてくれた。
落ち着いた香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
俺はカップを手に取り、目を閉じて芳醇な香りを楽しむ。
「アリッサは甘いんだから。コーヒーくらい自分で淹れさせなさいよ」
「ふふ、いいじゃないですか。それに、課長は私のコーヒーを美味しいと言ってくださるので」
「もう、仕方ないわね。オリハルト君、そのキモい顔をやめて、新聞の三ページ目を見なさい」
香りをかいだだけでキモいと言われてしまう俺って……。
エリザベータさんは、自分で紅茶を淹れていた。
そして、高級そうなティーカップを手に取る。
あまりにも優雅な所作に目を奪われそうになりながらも、俺は言われた通り三ページ目を開く。
「第三街区で連続放火の可能性?」
「今日のリリアの現場は?」
「第三街区のセルジール様……」
「リリアに万が一のことがあったら、君はどうするつもり?」
「そ、そうですね。今日は迎えに行きます」
「そうしなさい。あの子に何かあったら大変よ」
俺に厳しいエリザベータさんだが、同僚にはとても優しい。
「エリザベータさん、ありがとうございます」
エリザベータさんは俺の言葉に反応せず、自分の書類作業を始めていた。
俺は新聞に視線を落とす。
「第三街区で五件の火災。放火の可能性が高く騎士団が捜査中。火災の発生は深夜。逃げ遅れたことで死者七名、重傷者八名……か。被害が大きすぎるぞ」
リリアの現場は夕方までだ。
深夜になることはないが、念には念を入れたい。
◇◇◇
リリアはメイド課に寄らず、現場である第三街区行きの馬車に揺られていた。
第三街区は高級住宅街として知られており、重厚な石造りの屋敷が立ち並ぶ。
「本当に大きな家ばかり」
窓の外を眺めながら、リリアが呟いた。
セルジール邸の近くにある停留所で、馬車を降りるリリア。
メイド服をまとい、右手には革製のトランクケースと、左手にホウキを持つ。
このトランクケースには、仕事道具が入っている。
リリアのメイド服は半袖タイプだ。
黒を基調としており、襟とカフス、胸元、スカートの裾が白い。
スカートの長さは膝上と短いものの、白いタイツを履いている。
エプロンは腰巻きタイプのものだ。
全体的にフリルで装飾されており、可愛らしいデザインに仕上がっている。
「ん? あらら、もう待ってる。ふふ」
リリアの到着が待ち遠しいとばかりに、依頼人であるセルジール夫妻は門の外に立っていた。
リリアが大きく左手を振ると、夫妻は満面の笑みを浮かべながら手を振り返す。
「リリア嬢ちゃん、待っておったよ!」
「いらっしゃい、リリアちゃん!」
リリアは夫妻の正面に立ち、姿勢を正して深くお辞儀をした。
「セルジール様、この度はご依頼いただき、誠にありがとうございます」
「リリア嬢ちゃん。いつものようにしておくれ」
「そうよ。リリアちゃん、普通にしてね」
リリアは当然ながら仕事として礼儀をわきまえているが、この現場はもう長い。
そして、これも顧客の要望として受け入れている。
なによりリリア自身、この夫妻が好きだった。
「もう、分かったよ。いつものようにするね。ふふ」
夫妻はリリアを屋敷に招き入れた。
まるで最愛の孫を迎えたように、夫妻の足取りは軽い。
――
依頼人は、主人のオーレ・セルジール、六十五歳。
そして、妻のジョセ・セルジール、六十三歳。
二人は貿易商として、一代で財を成した。
オーレが六十歳を越えた機に、息子に家督を譲り、第三街区の外れに建つ、中規模の屋敷を購入して夫婦で移り住んだ。
ここで余生を過ごすと決めている。
第三街区は市街地と違い、比較的自然が多い。
さらに、この付近は小高い山の麓にあり、標高が高く市街地を見渡せる。
この素晴らしい景観が、高級住宅街たる所以だ。
「じゃあ、さっそく始めるね」
リリアはまず室内の清掃を開始した。
若いながら仕事はそつがない。
夫妻は商売人としても、手を抜かないリリアの仕事ぶりも気に入っていた。
「ねえ、ジョセお婆ちゃん。ランチはどうするの? 私が作る?」
「お願いしてもいい?」
「もちろんだよ。作り置きもする?」
「ええ、お願いね。食材は用意してあるわよ」
「うん、ありがとう。二人が好きなキッシュを作っておくね」
「嬉しいわ」
午前中は部屋の掃除を行い、ランチを作る。
三人で食事を済ませた後は、キッチンを掃除しながら、夕飯と作り置きを用意した。




