第14話 魔女と老人1
「ねえ、オリハルト君」
「は、はい。なんでしょうか?」
書類に目を通していると、エリザベータさんが声をかけてきた。
上品なのに迫力のある声質から、俺は嫌な予感しかしない。
「その黒い物体はなにかしら?」
「物体というか、黒猫です」
「見れば分かるわよ。バカなの? なぜここに黒猫がいるのか聞いてるのよ」
そんな聞き方じゃなかったくせにと思うが、それを言うとまた面倒なことになる。
「実は先日の派遣でシェリーナが拾ってきて、リリアが祝福を与えたんです」
「あら、リリアが祝福を与えたのね。じゃあ問題ないわね」
怒られると思ったが、意外とすんなり受け入れてくれた。
「あなた、リリアのことは知ってるでしょ?」
「リリアのこととは……?」
「喜怒哀楽の制限よ」
今、メイド課には俺とエリザベータさんとアリッサさんしかいない。
このメンバーなら話しても大丈夫だろう。
「はい。局長より注意事項を伺っています」
「魔女が祝福を与えると、黒猫はパートナーになるのよ。リリアの安定に役立つわ。あなたもいい判断したじゃない」
「えっ!」
エリザベータさんが、俺を褒めた。
信じられない……。
こんなことが起こるなんて、俺は今日死ぬんだろうか……。
「なにその顔。ムカつくんだけど?」
「い、いえ。その……」
「死にたいの?」
「す、すみません……」
困惑する俺を、まるで毛虫を見るような表情で睨みつけるエリザベータさん。
せっかく褒められたのに、またしても怒らせてしまった。
「ふふふ、二人は仲がいいですね」
「やめてよ、アリッサ。キモいわ」
アリッサさんが笑いながら、俺とエリザベータさんを見つめている。
アリッサさんの席は、俺の右正面になる。
エリザベータさんは、俺の左正面だ。
つまりエリザベータさんの正面で、メイド課の年長組二人が、俺に最も近い席に座る。
自席から離れたアリッサさんが、床に座るタルドを抱きかかえた。
「この猫ちゃんの名前は?」
「タルドです」
「いい名前ですね。よろしくね、タルド」
「ニャー!」
タルドがアリッサさんの顔を見つめながら応えた。
タルドは人間の言葉を大体理解しているそうだ。
「さて、オリハルト課長。新しい依頼です」
タルドを抱えたままのアリッサさんから、書類を受け取った。
俺はすぐさま書類に視線を落とす。
「老夫婦の自宅清掃ですか」
「はい。こちらのセルジールご夫妻は商人として成功した後に、家業をご子息に引き継ぎ、今は引退しておられます。以前は住み込みのメイドがいましたが、現在は年に数回、メイド課へご依頼してくださっています」
「そうだったんですね。では、常連さんということですか?」
「はい。課長が異動してからは初めてですが、もう二年ほどになります」
「では特に問題ないですね。担当を決めましょう」
「リリアちゃんです」
「え?」
「こちらはいつも、リリアちゃんを指名してくださっています」
「そうなんですね。リリアのスケジュールは大丈夫ですか?」
「問題ございません」
「では、リリアに伝えますね」
「はい。お願いしますニャー。ふふ」
タルドを抱えながら、自席に戻るアリッサさん。
美女と黒猫は絵になると思いながら眺めていると、エリザベータさんの視線に殺意がこもっていた。
俺の心を読んでいるのだろうか……。
――
窓の外に目を向けると、空が赤く染まっていた。
「もうこんな時間か。そろそろ戻ってくるかな」
窓際に立ち、右手を挙げて背中を伸ばす。
書類仕事は身体がなまりそうだ。
少しずつメイド課に慣れてきたけど、今でも現場に戻りたい気持ちはある。
「ただいま戻りました」
シェリーナを先頭に、メイドたちが派遣先から戻ってきた。
「やあ、みんなおかえり」
続々と部屋に入るメイドたち。
「今日は疲れました」
「夕飯どうしようかしらー」
「ねえ、パフェ食べに行かない?」
最後にリリアの姿を見つけた。
「あ、リリア。仕事の依頼なんだ。ひと段落ついたら、ミーティングルームに来てもらえるかな?」
「うん。分かった」
リリアはメイド課で最も若い二十一歳だ。
メイド課のみんなは比較的背が高い中で、リリアは小柄な体型で、身長も最も低い。
大きな赤い瞳とは対称的な、水色のロングヘアを三つ編みにしたツインテールが特徴的。
容姿だけ見ると、十代の学生と言われても違和感はない。
ミーティングルームにリリアが入室してきた。
「疲れているところ申し訳ないね」
「ううん、大丈夫だよ」
「派遣の依頼なんだ」
書類をテーブルに置くと、書類を手にすることなくリリアが頷いた。
「セルジール夫妻の依頼でしょ?」
「分かるのかい?」
「だってもう二年もやってるもん。そろそろかなって思ってたよ」
「じゃあ、仕事の内容も問題ないかな?」
「うん。大丈夫だよ。清掃と食事の用意、そして老夫婦の話し相手だからね」
「そうか。じゃあ、よろしく頼むよ」
「はーい」
具体的な日にちを伝え、リリアとのミーティングを終えた。




