相続税が払えないから爵位を返上したい? 出来るわけないでしょ
主教猊下が帰られた後で、私はやっておきたい事を済ませるべく動く事にした。
「この粗い(法案)を作ったのは誰だあっ!」
「ひぃ! グレイスちゃん!」
私がやって来たのは、始めに言った転生者仲間の知り合いの所。
「ローラ、あなたでしょ、今回の法案の元を第二王子殿下に喋ったのは」
「し、仕方ないじゃない、仕方ないじゃない!
ぽろっと口から零したら、喰いつきが良かったからつい」
「それで、法案にまでなって大事になったから、仮病使って引き籠ってるってわけ?」
「仕方なかったんやー!」
うるさい口を横に引っ張る。
「仕方ないで済まないから、私がここに来てるんだけど」
「ふみまへん」
ローラは、第二王子殿下と同じ場所で働いている転生者仲間だ。
なので、第二王子殿下に元の世界の知識に感染した場合、感染元はこいつの可能性が高い。
「で、でも相続税なんて、普通にあったじゃない。
皆高い高いって言いながら、何だかんだ納めてる感じだったし。
こっちでは何でないのかなって、そう思っただけなんだよ?」
「あのね、相続税は、日本だからこそ成立してる部分も有るの。
失敗して撤廃した国なんて幾らでもあるわ」
「えー、何で? 確か古代ローマから有るんでしょ?」
「確かにアウグストゥスの時代にも有ったけどね」
古代ローマのアウグストゥスが vicesima hereditatium と言って、5%の相続税を取るようにした。
これは退役軍人への給付金用途、と言う目的で作られたようだ。
しかし近親者、親から子への相続などは免除・減額されたりと、今回のような何でも課税とはなっていなかったと思う。
「なら」
「相続税の原型はそれかも知れないけど、貴族も聖職者も、そして平民もフランス革命後まで相続税は存在しない筈よ。
厳密には、平民は国じゃなく領主に、物納が必要だったみたいだけど」
「え!? フランス革命って確か18世紀だよね」
「18世紀も末ね」
フランス革命は、1789年の三部会招集から、1799年のナポレオンによるクーデターの間とされている。
整備されたのはその後なのだから、本格的な相続税の始まりは19世紀だ。
現在のような爵位の貴族制度の始まりをイギリスのウィリアム1世の時代とすれば、11世紀。
9世紀後半のポスト・カロリング期、辺境伯を名乗った人が出て来たし、そこでも良いかも知れない。
ともかく、そこから19世紀までは存在しなかったと言って良い。
それまでの貴族にとっては、相続税なんて何それなのである。
しかも――。
「あと聖職者や貴族は一般人と違って、殆どの税は免除になってたって習わなかった?」
「あ、あー何かそんな話もあったような……」
「それを取るようにした税の1つが相続税と言って良いから。
平民が聖職者や貴族に対して行なった課税、と言って良いかもね」
「え、そうなの!?
何か貴族が相続税払えなくて、国に爵位返上を、とかの話は?」
「それは多分現代の話か、創作の中の話ね。
あと、幾ら借金した所で、爵位の返上は出来ないのが普通だった筈よ。
税は爵位じゃなく、資産に掛かるから」
「えぇー、世知辛い」
後から法整備で返上出来るようにした国も有ったが、それでも貧乏を理由には出来なかった。
少なくとも最初から、貧乏だから爵位は返上します、は通じなかった。
爵位に課税はしていなかったのだから。
「さて、平民が課税した、と言ったでしょ。
ナポレオンの失脚したフランスを除けば、王朝のある国が貴族に相続税を掛けるのはその更に後、19世紀末からよ」
「もうほぼ現代じゃない」
「ぎりぎり近代よ」
たとえばイギリスが1894年に、Estate Dutyとして国民に、貴族にでも相続税を掛けるようになった。
しかしながら、これを王朝が課税したと見るべきか、もはや主体は国民だったと見るべきか。
「フランスで課税出来たのだって、革命が起きて平民の力が相対的に強くなったから。
今のような貴族が強い状態で課税させるには、他に納得させる理由が必要なのは分かるわよね?」
「あー、なるほど、うん」
恐らくフランス革命前で他の国がやろうとしても、猛反発に遭って出来なかっただろう。
それどころか、王権を追われた可能性だってある。
「特に今回のように、何も考えなしに国内に居る全員に身分問わず掛けようなんて、出来ないって分かるわよね?」
「は、はい」
主教猊下が、こちらに来ていた事を話すと、顔を青くした。
ついでにドノヴァン州が所属替えした話をしたら、泡を吹いて倒れた。




