第25話 ワンダフルパーク
二人は到着ロビーから、空港内にある【ラーメンヒストリー通り】へと向かった。
空港3階の一角を占めるそこは、多くのラーメン店が密集しひしめき合い、日夜熾烈な争いを繰り広げている。
その活気あふれるエリアの様相は、さながらお笑いの世界よりもラーメンの世界はもっと熱く厳しいものだとでも、来たる二人の心に訴えかけているようだった。
ラーメンヒストリー通りを談笑し歩きながら、どの店に入るか空いた腹どうしの二人で相談し合う。
「悩むー。あ、せっかくだから別々の店で食べるのどう?」
「おぉ、それいい……ってなら一人で来い! なんのせっかくだ!」
「ふふっ。よくできました」
「ナッ!? はぁ、なんかどうにでもなっとけ……ははっ」
金閣寺と阿部は、【豚骨忍法ラーメン忍者屋敷】というラーメン店に、せっかくの旅行なので二人で入ることに決めた。選んだ理由はその店名からもうユーモアと期待感にあふれているからだ。
さっそく飛行機でたどり着いた九州、風羽市の空港でいただく昼食はラーメン。せっかくなので、二人とも同じ豚骨ラーメン。
忍び装束を纏った店員が、壁の掛け軸を暖簾のようにはらい隠し通路から注文の豚骨ラーメンを持ってきた。
「てか高菜辛いな」
「うん、てか高菜辛い、ふふっ」
出てきたラーメンをいただきながら、卓上に置かれた高菜を摘む。
おもったよりも高菜が辛かった、それだけで笑い合える。東京の大人たちとではなかった、彼女アベカナの日常に隠れていたささいな笑いを一つ見つけたようだった。
ラーメンを食べ終わった二人は、ラーメンヒストリー通りから一階のパブリックエリアへと降りていった。
「コンセプトは怪しかったけど意外と美味しかったー。あ、けどニオイ大丈夫かな」
「あぁー。うっかりしてたが……て、前もこんなやり取りあったな?」
「そういえばそう。ふふ。でも九州だしいいよ。ぎり」
「たしかに九州だしいいか。ぎり。はは」
駅中で一緒に肉まんを食べたときのことを思い出し二人は笑った。
土産を買うにはまだ早い。冗談を共有しながら、二人はとくに用のなくなった空港の外を目指した。
「タクシーいいのか?」
「いいのいいの! こういう時に有効に使わないと! アベカナが稼いだヤツ!」
「それもそうだな? はは」
空港外のバスタクシー乗り場に移動した二人は、さっそく暇そうに待っていたタクシーに乗り込んだ。学生の身でタクシーに乗るなんて贅沢なものだが、今はアベカナが隣にいる。断るのもどうかと思い、金閣寺は彼女の言葉に甘えた。
それにこうしてせっかくの休日の旅行に誘われたのだ。時間の許される限り、まずはサクサクとこの風羽市内を見回っていきたいものだと、金閣寺と阿部、どちらも思った。
友人同士。いちいち断りから入りすぎるのも野暮だ。時は金なり、金閣寺は阿部のしたいプラン通りに任せた。
タクシーが駐車場へと止まり、やってきたのは【ワンダフルパーク】。
さっそく阿部加奈がこの遊園地への入場のチケットを購入してくれた。いつかの時と同じように、金閣寺は彼女からチケットを一枚受け取った。
園内スタッフに見送られながら二人が狭い入場ゲートを抜けてゆくと、ラーメン忍者屋敷の時以上の期待感の広がりがそこに見えてきた。
入場してすぐ広大な辺りを見回した二人は、おもわず背伸びし解放感に手を広げる。
今、隣り合う、同じような仕草を見つめ合い笑い合った。
午後12時48分──今日という日をめいっぱい楽しむ学生たちの日帰り旅行は、まだ始まったばかりだ。
ワンダフルパークに入場すると、既に園内は子供たちのはしゃぐ声に溢れていた。
地元の人の親子連れが多いのだろう。噴水や広場や遊具で遊ぶ子供たちの活気が、はるばる海を越えやってきた二人のことを出迎えてくれていた。
看板地図を確認した金閣寺と阿部の二人は、とりあえず東を目指してみることに。
広大な芝生のエリアを談笑しながら歩いていく。すると途中、二人は歩く向こう側に、とても長い滑り台が聳え立つようにあるのを見つけた。
ただ歩きつづけるより、これに沿えばショートカットできそうだと考えた二人は頷き合い──
『ガラガラガラガラ────!!!』
コースを成す円筒状の無数のローラーが回転し、人間たちの悲鳴とともに騒がしい音を滑り奏でる。
「てか、尻が焼けそう……!」
「いきなりダメージくらったな……!」
スリリングな直線コースを滑り切った時には、尻が痺れるほど痛くなっていた。ダンボールや何かを下に敷いて、続々と降りてくる賢い子供たちを見て、高校生の二人は苦笑いを浮かべた。
入場から10分も経たず、お尻に予期せぬダメージを負ってしまった二人は──
誰も乗らず寂しそうな表情をしていた電動で動くどうぶつの乗り物に乗りながら、のんびりと身を休めていた。
「てか……広いな。自転車借りるか」
「うん、広い……そうしよう」
二人はゆっくりと徘徊するアニマルバッテリーカーの上から、まだまだ果ての見えない広大な景色を眺めた。
約145秒、流れ続けたどうぶつの歌う愉快なメロディーをききながら、次のプランを立て合った。
ここワンダフルパークは遊園地といっても自然公園のようなもので、二人が想像していた以上に、入場した中の様相はとてつもなく広々としていた。この土地の面積が、いったい甲子園球場の何個分あるのかも検討がつかない。逆にいえばそれだけ、地元民でない二人の旅行者にとって未知のワクワク感に満ちていた。
100円硬貨を二枚それぞれの機器に投入し、日除けの屋根の下に駐輪していた赤い自転車のロックを外す。
【こちらブルーサイクリングロード】と書かれた案内標識に従い、二人はさっそくレンタルした自転車をこいでゆく。
「とらきちよりぜんぜんはやーーーーい!!!」
「ゴリラよりぜんぜんはえええ!!!」
海風を肌身に感じるその名に違わぬブルーサイクリングロード。赤い自転車を飛ばしながら学生たちは、はしゃぐ。
まだまだ太陽は高く、青と白に光煌めく浜際の道を、赤い二台はぴったりとつづき、やがてゆるやかなカーブを曲がっていった。
四つの車輪が同じようにスピードを上げ、舗装されたブルーサイクリングロードを流れ進む。赤い自転車に乗った二人がご機嫌に当たる海風に、微かな甘い匂いが混じってきた。
二人は自転車をサイクリングポートに停めて、たどり着いた【フラワールート】を通ることにした。
甘く誘われたのは、花々が出迎えてくれるそんな道。緑の蔦のアーチをくぐり、入り込んだフラワールートはレンガ作りに囲われた不思議な国の迷路のようだ。
丁寧に整理された花々の揃う道を歩いてゆく。
知っている花を見つけクイズを出したり、この珍しい花は何か一緒に考えたりしながら、二人はフラワールートを徒歩で先へと進んでゆく。
見るものを飽きさせないそんな草木花々の飾られたレンガの壁に沿いながら、しばらく進んでいくと──
突如現れた窓のないレンガ作りの窓枠に、阿部は何かを発見し立ち止まった。
そして二人が入り込んだ天井のない小部屋、そこにぽつんと置かれた一台のラウンドテーブルの下の影で、一匹の白い猫が寝ていた。
「従業員か」
「給料いいのかな」
冗談ごとを言いながら、屈み近づいた金閣寺と阿部は、各々のスマホでその白い猫の写真撮影を始めた。
やがて、近づきすぎたからか、白い猫がゆっくりとテーブルの下から移動し茂みの中に姿を隠した。涼む場所を変えたのか。
「きんきん?」
「いや、おまえだろ?」
人間たちが夢中に写真を撮るものだから、白猫は呆れて隠れてしまったようだ。
責任をなすりつけ合った二人は、互いにスマホを向け合い、屈み隣り合うお互いの今の表情を写真に撮った。
思いつきで花を見にきたつもりが、思わぬ可愛いサプライズにでくわした。それから二人はせっかくなので、この調子でお互いの写真を撮りつつ、フルワールートを回ることにした。
お互いのスマホに撮り溜めたものを、後で振り返りながら交換しあう予定だ。
阿部も金閣寺も、花を見て回るだけでこんなに楽しめるとは思わなかった。フラワールートは、二人の予想以上にちゃんと手入れされていた。そして、沢山の花草に満たされた不思議な道だった。
長い不思議な体験も、最後のアーチをくぐれば終わりを迎える。
フラワールートをようやく通り抜けた二人は、両手をめいっぱい広げ、同じように深呼吸した。
花の道を抜けた二人は、さすがにお疲れか、少し休憩しようとあいていたベンチに座った。
阿部が途中で気を利かせ自販機で買った水でしっかりと水分補給をしながら、喉を潤していると──
何故だか二人の鼻に甘い香りがただよってきた。
フラワールートの余韻か、いやそれよりも直接軽くなった胃袋に訴えてくるような、とても甘い匂いだった。
その甘い香りにふらふらと誘われて────
小腹が空いた二人は、フラワールートを抜けた先の休憩エリアで見つけたキッチンカーでクレープを購入した。
二人は、また同じベンチへと腰掛けた。
フラワールートを抜けた先に待機していたクレープ屋のキッチンカー【クレープグレープグループ】で当店おすすめのフラワーホイップクレープと新作のローズチョコクレープを一つずつ購入した。
「こういうところにあるクレープってさ、逆にありがたいよね。──そっちの普通の、一口ちょうだいきんきん」
「あぁー、そうだな、逆にはは。あ? じゃあ俺もそれもらうぞ──?」
金閣寺と阿部は互いに購入したクレープを交換し合う。
花柄に絞られたホイップクリームが主体のクレープのお味は、蜂蜜と牛乳の甘い味がするスタンダード。ローズチョコの方はチョコが主体ながらも薔薇の香りが仄かにする。ほんのちょっぴり大人の味だった。
「にしても全然制覇しきれなかったな。あ、今度中川たちとみんなでここに来るか?」
「いいねそれ。ぜったいたのしそう」
共通の友人たちのために今回は二人で下見をしにきた、それもまたいいのかもしれない。交換したクレープを食べながら二人は笑い語り合った。
結局、東へ東へふらふらと突き進んだが、ワンダフルパークはまだまだ遊び尽くせない。広大な遊園地の一部を存分に楽しんだ二人は、この後の日帰り旅行の予定をどうするか話し合いながら、ベンチを立った。
時刻は気づけば午後3時を過ぎた。おやつのクレープも美味しく食べ尽くした。名残惜しいが、そろそろ頃合いだと園内入り口へと戻ることにした。
だが、予定のあやふやな彼らの旅はなにも次へ次へと急ぐこともない。せっかくなのでもう一度、あの花の道フラワールートを徒歩で通ってゆくことにした。
二人はあの猫の従業員に別れの挨拶をして帰ろうと思ったが、小空間の机の下にくつろぐ猫の姿は見当たらなかった。
退勤時間なのだろうか、残念に思いながらも元のルートに戻ろうとしたその時──
金閣寺は、ぽっかりと開いた窓枠じみたレンガ上に、何かが飾られているのを見つけた。
白猫と同じく白い色をしたそれが、もしかすると退勤を知らせる合図なのかもしれないと思い、金閣寺は一人で気付き笑いながらその物体を手に取った。
「なぁ、はは、なんか猫じゃなくて変な──」
振り向いて、片手におさめたソレを見せた金閣寺。すると、彼女はなぜか怯えた表情をした。
笑みが引き攣り、頬の肉が垂れ下がる。豹変した血の気が引いたような表情を見せた彼女に、金閣寺は驚いた。
だが、彼女が何にそんなに怯えたリアクションをしているのか金閣寺には分からない。
その時、彼の手が湿った。いや、濡れた。
乾いた手の上に滴った生あたたかな奇妙な感覚に、彼はそっと目線を下げた。
手のひらに置かれていた白いだるまが赤い涙を垂れ流しながら、ワラっていた。
彼が手に取った時の、窓枠に置かれていたフツウの表情とは違う。表情を歪ませ豹変した、血涙を流しワラうダルマが、丸みを帯びた白い衣を、人間の男の乾いた肌色を赤く赤く汚していた。
左の指先がキリキリと痛み疼く。得体の知れない不快感の塊が、彼の手のひらを揺らし笑い震えている。
底知れぬ恐怖と憎悪を感じた金閣寺は、穢れた血だるまを思わず地に投げ捨てた────────。




