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第11話 美しき化物

 また四人、一年D組、昼休みの教室に集まり一緒に飯を囲み食べている。当たり前の一日が当たり前に過ぎてゆく中、珍しくも、今までやってきたその影ながらの貢献度が認められ、ささやかなステップアップを遂げた者がいた。


「死体役から刑事役なんて異例の大出世だね」


「もっ、もしかして才能とかあるんじゃないかな、金閣寺くん。その刑事役とか、似合いそうだと……おもう」


 阿部加奈と富宮麗華がそう言うが、金閣寺歩は今好き勝手に述べられたその評価にどこか釈然としないようで、冷静に説明口調でお返しした。


「はぁ……馬鹿言えよ。部員が怪我したかなんかで、たまたま背丈が似てるってだけの理由で、その間の代役候補に挙がっただけだからな。それに刑事つってもよくある生意気な新米刑事の役だぞ? 俺が? ──なぁ?」


 金閣寺は柳しおりの方に、少し圧をかけるような態度でうかがった。


「言ったろ? 歩くんには、人を惹きつける演技力があるってことさ」


「またまた見え透いたリップサービスを。んなわけが……あ、もしかして、なんか演劇部の顧問に根回しでもしたのか?」


「ん? まぁ、シてないとは言えないかな? ふふっ」


「おいっ、まじかよ……」


 はっきりと根回しをしたことを認めるとは。金閣寺は呆れたような態度に変わり、それが一種の冗談であれ自分に割り振られた役は変わらない、かるいため息をつかざるをえなかった。


「自信がないなら、やめておいてもいいけど?」


「随分それまた勝手だな……。まぁ、自信とかじゃねぇが、よくよく考えりゃ……そうだな? 死体役よりはしゃべってるほうが俺には気が楽かもな? ほんとそんだけだ、この件でポジティブな理由はな!」


 金閣寺は釘を刺すように、彼を振り回す柳しおりに指を差した。


「ふふっ、私も歩くんとやるそっちが気が楽でいいよ。こんな風にね、ふふっ」


 金閣寺は特段嫌とも言わない。柳しおりが微笑めば、彼も同調するようにその口角をしだい上げていた。





 授業終わりの放課後、職員室前の廊下で遭遇したジャージ姿の演劇部の女性顧問に、金閣寺は気になっていたことを質問した。


「前の刑事役の子のこと? あーそれなら怪我の方は通常の捻挫程度のもので大丈夫だわ。ただ、それだと演技には支障がでるものだから、可哀想だけど、今まで費やしてきたリハーサルの全体練度や流れも考慮して、やっぱり降りてもらう可能性が高いかしら? かばいながらだと、今度劇を見に来ていただく目の肥えた人たちにはどうも不自然に見えるものなのよ。怪我をおして舞台に立つことは、大目に見ても学生らしさとは評価されないものよ。それに怪我をした本人にも既に了承を取っているわ。柳しおりの足を引っ張ることは本人も望まないようよ、私が彼の立場でもそれを選ぶわ。すっぱり決断することも、全体にとってはいいことね」


 顧問に長々と説明されたものの、復帰の目処が立たない、降りてもらう可能性が高いとは、代役を務めることになった金閣寺にとってまた新たな衝撃の情報だ。


 一抹の不安を抱えてしまった金閣寺は、本当に自分の演じるクオリティでいいのか気になり、念を押して顧問にうかがった。


「え────? このままでいくのか? それは……あなた……少しまだ演技の動きの方は素人くささが抜けないものだけど。その分、柳しおりの演技が引っ張って七難を隠すものよ、ふふふふ。安心して、見ていたかぎりあなた、滑舌の方は良い方よ、台詞が伝われば大した問題はないわ、それに新米刑事役なら粗があっても役の範疇よ。探偵役の柳しおりの代えはこの世にいないけど、端役ならあの圧倒的な主役に並んで……うん! 違和感がなければそれでいいものなのよ、その辺はあなた、ふふふ、バッチリだわ。劇はみんなでつくるもの、そしてここでは柳しおりがつくるもの。わかった?」


 これはあくまで柳しおりありきの劇。取り揃える端役や脇役は主役のその人の邪魔をしなければいいとでも、演劇部の顧問の先生は言いたげだ。


 しかし金閣寺歩はその力説に納得せざるを得ない。自分の持つ柳しおりへの評価も、それにまた近いものであった。自分の演技のことはまだ釈然とはしないものの、顧問が彼の肩を何度もバシバシと音鳴らし叩くほどには、大丈夫な範疇なのだろう。


「とにかく友人のあなたからも柳しおりさんのことを頼んだわよ! こうして同じ学校にいられるのもきっと今の時期だけなのだから、その大切な時間で、未来の大物俳優のサポートをしっかりね!」


 誰もが、大人までもが柳しおりに悪印象など持たない。優れた才能に優れた人格まで、その麗しい容姿のように欠点や曇りなど一つもない。


 彼の肩を強く叩いた顧問の背が、後ろに縛った髪を揺らし、元気に職員室前の廊下を過ぎ去ってゆく。


 肩に置かれていた重みがまだ残る。それがどこか、柳しおりが背負うものにも、立ち尽くす金閣寺歩には思えてしまった。













 ある夜、月は丸く整い満ちている。完璧なシルエットを夜空に青白く浮かべ、スポットライトのように、日中とは異なる陰の世界をその天から微かに照らしている。



⬜︎通信連絡アプリ PINE

【柳しおり】

今夜10時頃、穏林高校の体育館でやる夜間練習に付き合ってほしい。

きみは悪いことがちゃんとできるかな? ふふ

⬜︎



 演劇部の顧問から特別に鍵を貸して貰えたという穏林高校にある体育館内で、今度やる予定の劇の夜間練習に付き合ってほしいと、柳しおりが金閣寺の所有するスマホの元へと連絡がきた。


 「子供扱いかよ」男はそうぼやきながらも。夜の学校に忍び込み友人の属する部活動の練習に付き合う。それもまた金閣寺の日常、その延長。悪い気はしない。


 魅力的で、優しげで、誰もが惹かれて協力する。柳しおりのためならば、それぐらいの冒険は、悪とは呼べない。


 立ち止まっていた影は、閉まっていた学校の正門をかるがると飛び越えてゆく。





 演劇【壺隠れ】の最後のシーン。そのまだ部の誰にも見せていない、かつ知られてはいけないという、ミステリー劇中においてとっておきのシーンの演技練習に、待ち合わせ場所の体育館に時間通りにやってきた金閣寺は協力する。


 探偵がこれまで残されてあった幾多の手掛かりを辿り、この連続怪奇殺人事件の犯人をついに追い詰め捕らえた。


 ペアのようにこれまでの事件を追いかけていた新米の刑事役に抜擢された金閣寺歩は、謎の真相にようやく、主役である柳しおりの演じる探偵とともに行き着いた。


 クライマックスのシーン、犯人の根城にしていた部屋にあったこの壺の内にはもう一つの真相があるのだという。探偵はそう、いつもかぶっていた探偵帽のツバを片手で下げ、目深にかぶり直しながら言った。


 その台座に置かれた古壺の中を見るには、相応の覚悟が必要なのだという。そう、俯き気味の探偵の面持ちと仕草が示している。


 台本にはない台詞を語るとても真実味のある柳しおりの演技に、刑事役の金閣寺は内心戸惑った。


 ここから何も見ずに引き返すこともできる、そうすれば何も変わらずに、新米刑事はきっと何も知らずにいられるのだろう。


 この事件の真相を知ることに果たして意味があるのか。事件の犯人はもう捕まっている。ほんの一角の真実を見逃そうとも、この一連の事件が解決したことには変わりないのだ。


 新米刑事が耳にした台本にない探偵の台詞には、二つの選択肢がそこに委ねられてある気がした。


 果たしてどちらが大事が、茶髪をかきながら考えた新米刑事は、壇上に置かれたその台座に向かって歩きだした。


 一歩、一歩近づいては止まった。立ち止まり、茶髪の新米刑事は深く息を吸い込んだ。


 暗がりの体育館、頼りないスポットライトに照らされた口をあんぐり開けて待つ──その壺の縁の内に向かい、ゆっくりと、視線を落としてゆく。


 茶髪の新米刑事は天の明かりを頼りに暗がりに訝しむ目を凝らす。淵にあった、その光景は────


 ソレを覗いた瞬間に激しい動揺が走る。


「はぁっ、はぁっ……!!」


 息を荒げる。頭がくらくらする。その淵にあった集合体を見ているだけでなぜか気持ち悪くなってしまった。台座に置かれていた壺は倒れ、中のものがどさっと溢れちる。


 木目の床に散ったのは、ただの大量のボタンの集まりであって。


 手をついた茶髪の刑事は床から立ち上がることができない。


 そんな様子のおかしい彼に、一歩、一歩、近づく足音と影。


 情けなく床にへばりつく彼の姿に、手が差し伸べるように伸ばされた。息を乱しながら振り向いた茶髪の刑事は、その救いの手につかまった。


 その時、探偵帽子が舞台上にぽとりと落ちた────


 気付けば、その端正な顔が近く、その紫の視線が近く。至近妖しく見つめ光る眼光に、動ずる黒目はその奥まで捉えられる。


 驚き止まった彼の顔、その頬、輪郭をゆくしなやかな手つきが、彼の閉じられていた心のカーテンをそっと開けるように、這い誘う。


 甘く溶かされるようなその視線、その魅力に彼は訳も分からぬまま全てを委ねてしまう。


 荒く呼吸する乾いた口に、何かがぬめりすべりこんでいく。その心地よさが纏わりつき離れない。長い睫毛の目がじっと開いたまま、彼の表情を観察するように、鼻先と鼻先がすれ違うとても間近で、彼のことをしっかりと見つめている。


 やがて、つながったまま、混沌と掻き回され混ざり合う水が、冷たい心地に変わる。


 閉じられてゆく長いまつ毛の瞼の動きを、真似するように、彼もその目をただただ閉じてゆく。


 とてもとても冷たくて、とてもとても心地良い味が増す。抜け出すことのできない感覚が、口内から全身を縛り支配していくように。その危うく近いふれあいから、逃れられない。


 とても冷たく這うものと貪るような息遣いが、ぬるい体温に馴染む。


 そんな、オちてゆく──瞼を閉じた深い暗がりの中、唐突な痛みが彼の舌上を(はし)った。



 痛みに思わず、彼は己の目を覚まし見開いた。


 さっきまであった冷たい心地が、鉄のようなイヤな味にじんわりと変わってゆく。


 不安気な表情をした彼は、何故か上手く喋ることができなかった。


 やがて、ゆっくりと粘つく水音を立て引き出された────目の前に見えるその人の舌は、とても赤く滲んでいる。


 閉じられていた紫の瞳が今、ゆっくりと咲くように開かれる。


 べーっと長く突き出された舌は、赤い血の色を纏い。


 お互いの舌先を縫い結ぶように、【真っ赤な真っ赤なボタン】がひとつ留められていた。


 震え恐怖する。しかし、その恐怖からは離れられない。味わう錆びた血の味となまぬるい唾の味と、得体の知れない恐怖の塊が、目と鼻の先、引っ張られた舌上の肉に留まっていた。


 紫の眼が、絶望する目の前の彼を嗤う。その冷たい舌を長く長く垂れさげながら。


 『チカっ……チカっ……』


 縫い付けたボタンをあそび弾く音を立て、美しき化物は、おどけてみせた────。

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