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シルク村の現実と、レベッカとの同棲生活の始まり

シルク村冒険者ギルド、受付嬢控室。


「えぇ!?先輩辞めちゃうんですか!?」

「し!声が大きいわよ!」

新人受付嬢であるサブリナ(15)は昼食であるサンドイッチを頬張りながらレベッカが受付嬢を辞職しようとしていることに驚いていた。

「なんでですか?受付嬢のこの制服、こんなに可愛いのに……」

「そう言えばアンタの志望動機、制服が可愛いから、だったわね。」

サブリナはレベッカの顔を見ながらサンドイッチを食べ終えたところで何かに気がついたように、顔をニヤつかせた。

「分かりましたよ〜。レベッカ先輩。高学歴の先輩がたった2年で辞める理由……。結婚ですね!」

「なっ!」

レベッカの顔が少し赤くなる。

「あ!少し顔が赤くなってる!そういえば最近有給取られてたし、今考えれば怪しいですよね。

相手はどんな人ですか?この村の人?都会の人?お金持ち?貴族?」

「い、いや、結婚なんてしないわよ。」

「でもこのシルク村では10代で結婚なんて珍しくないですよ〜」


その時レベッカは背後から殺気に気づいた。

振り向けば2人の上司であるフローラ(28)が腕を腰に当て、無表情で立っていた。

「ほお?レベッカ。寿退職するのか?」

「そ、そのですね。フローラ係長。結婚なんて相手いませんよ。ははは……」

しかし、まだ15歳という社会に飛び出したばかりの少女サブリナは構わず話を続ける。

「だって係長。レベッカ先輩はこんなに美人なのに、嫁不足のシルク村で男たちがほっとくわけないじゃないですか?

先輩は20歳。結婚するチャンスだと思うんですよね!」

無自覚な少女の言葉の刃が独身であるフローラの心を容赦なく斬りつけていく。

「レベッカ、とりあえず面談をしようか。昼休憩が終わったら会議室に来なさい」

「はい……」

そうして昼休憩は終わった。


夕方、仕事を切り上げたレベッカは『ヨンソン司法書士事務所』を訪れた。

既に草太はヨンソンの助手として働き始めていた。

「やぁ、レベッカ。ソウタに会いに来たんだね?」

ヨンソンはレベッカに声を掛けるが、レベッカの顔は暗い。

「はい……。ソウタに、その……話があって……。」

ヨンソンはただ事ではない、と察した。

「ソウタ、レベッカが来てる。もう事務処理は切り上げていいから、部屋に案内してあげて。」

部屋の奥から草太が出てきたが、草太もレベッカのただならない雰囲気に気がついた。

草太は顧客用の客室にレベッカを招き入れた途端、レベッカは泣き出した。

「ギルド、クビになっちゃった……。」

草太は驚いた。

「えぇ?なんで!?」

「後輩にギルドを辞めるかもと話をしていたの。その話を係長に聞かれて……『寿退職?おめでとう。明日から来なくて良いわ』って。意味が分からない!私は結婚相手なんていません!って何度も言っても信じてもらえなくて……」

草太は空いた口が塞がらなった。

日本だとありえない解雇理由だ。裁判したら余裕で勝てる。

草太は顔をヨンソンに振り向いた。

「ヨンソンさん!アウロラ王国ではこんな理由で解雇がまかり通るんですか!?」

「僕は弁護士ではないから、法律的なことはあまり言えないけど、まかり通るね。

この国の女性の地位は高くないし、労働者の権利はあまり法律で守られているとは言えない。

人事権を持つ者がクビと言ったらすぐにクビになるんだ。」

「そんなことって……!」

「しかもこのシルク村は都市部とは違って若い女性は結婚するならすぐに仕事を辞めるべきという古くからの伝統が残っている。誤解を解けなかったら、レベッカの様なケースは珍しくないんだ。」

レベッカは椅子に座ったまま、涙を流し続けた。

「ソウタ。どうしよう。半年分の生活費しか貯金ないわ。

私は去年、両親を亡くしてるの。帰る実家もない……。

しかも結婚するという誤解がある20歳の女なんて、タオル工場だって雇ってくれない……」


草太は責任を感じていた。

クラブ設立のため、副会長になってほしいから、ギルド受付嬢を辞めてほしいとレベッカに頼んだことは事実だ。

そして、草太は怒りも感じていた。

労働者の権利も、女性の権利もろくに守られていないこの村の空気に。

草太はレベッカの手を握った。

「レベッカ。2人でこの村を、ACシルクを通じて変えるんだ。」

「ソウタァ……」

レベッカは草太の拳に眉間をくっつけ泣きつづけた。

レベッカの涙は草太の拳を伝って腕に流れる。

(レベッカ……)

その時、今までレベッカに対して感じていなかった感情が草太の中で産声を上げた。


その夜、ナンシーの家に帰宅した草太と、草太についてきたレベッカは事の顛末を全て説明した上で、ナンシーに頭を下げながら2つお願いした。

「2つ、お願いがあります。

1つ目は、ナンシーさんの家をACシルクの法人事務所として少しの間だけ使わせてください。もちろん、契約料は支払います。」

「サッカークラブという会社?については私知らないけど、少しだけの間ならただで使ってもいいんだよ?」

スタートアップ企業の経営者からしたら嬉しい申し出に違いない。

しかしあえて草太は首を横に振った。

「いえ、ここでナンシーさんに甘えては成功できません。そんな気がするんです。僕の居候費用も込みで70,000ルカを支払わせてください。」

「そうかい。ソウタを見ていると、まるで若い頃の夫を見ているようだよ。」

「そして2つ目のお願いがあります。」

草太はさらに深々と頭を下げた。

「しばらくの間、レベッカもナンシーさんの家で住まわせてください。もちろん、炊事・掃除・洗濯・そのほかの雑用、何でもします。お金もレベッカの居候費用として50,000ルカ支払います。どうか、この通り……!」

レベッカは慌てて深く頭を下げる草太の顔を覗き込んだ。

「ソ、ソウタ!アンタの手取りは150,000ルカ!そんなことをしたら手元にほとんど残らないじゃない!私だって貯金なら生活費半年分はあるって言ったでしょ!?」

「いや!そのお金はいざという時に貯金しておくんだ。これは、男としてのけじめなんだ。」

そんな二人の会話を聞いていたナンシーは白髪の三つ編みをさすりながら口を開いた。

「息子が生きていたら、今頃は35歳。この10年数年ずっと1人で生きてきたけど、20歳そこそこの息子が彼女を連れて、家に帰ってきた気分だよ。」

俺は何も言えなかった。

レベッカは膝をついて「ナンシーさん……」と言い、ナンシーの手を取る。


「草太の部屋は2階の階段すぐそこの部屋を使ってるけど、レベッカは2階の奥の部屋を使いなさい。私の部屋はこのリビングの隣の部屋よ。」


こうしてナンシーさんの家に、俺だけでなくレベッカも居候をすることになった。

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