法人化への第一歩
土曜日の朝、草太とレベッカは法人登記をするべく「司法書士法人ヨンソン事務所」を訪れた。
ドアをノックすると、40歳くらいの男性が2人を出迎えた。
「ようこそ。私はこの事務所の代表、ヨンソンです。」
その瞬間、レベッカはヨンソンさんを指さし、「あ!去年、A級冒険者を引退したヨンソンさん?」と声を上げた。
「そうだよ。レベッカ。懐かしいね。あの頃は司法書士と冒険者を兼業していたけど今はこっちに専念しているのさ」
草太はヨンソンさんの体を見た。
(なるほど……。どうりで体つきがガッチリしているんだ。なんか、俺の貧相な体と全然違うもんな。)
ヨンソンはレベッカと話を続ける。
「ギルド受付嬢を辞めて会社を作るの?そちらの男性は、旦那さん?それとも彼氏?」
すると顔を真っ赤にしたレベッカは
「ち、ちがいます!あ、いえ、会社はつくりますけど!ギルド受付嬢は辞めますけど!彼とは……その!」とあわてて弁明した。
「ははは。まぁ良いさ。とりあえず2人とも、中には入って。」
ヨンソンはコーヒーを二人に出した。
「まずはクライアントが何を目的に会社を作りたいのかを知りたいな。トゴウチソウタさん、教えてくれますか?」
「ソウタで結構です。実はですね……」
草太はこれまでの経緯を話した。
・シルク村でサッカークラブを経営したいこと。
・そのためにはまず拠点として廃校となった小学校を使いたいこと。
・役場の正式許可のために法人登記をする必要があること。
ヨンソンはその間黙って草太の話を聞いていたが、説明が終わると口を開いた。
「なるほど。中堅以上の都市ではプロクラブはあるけど、まさかこの漁村でプロクラブを作る発想になるとは……。そうとう困難な道のりだね。でも、嫌いじゃないよ。」
レベッカが口を挟んできた。
「そうなのよ、ヨンソンさん。あの役所の態度、酷かったんだから。」
「年長者としてアドバイスをすると、そういう相手を懐柔するのもスキルの一つだよ、レベッカ。」
「……反省します。」
「そこがレベッカの良いところでもあるんだけどね。
それで、元冒険者仲間から紹介を受けたときから見積もりを作っていたんだ。」
ヨンソンは1枚の書類を差し出した。
登録免許税:6万ルカ
司法書士報酬:5万ルカ
印紙代:3万ルカ
謄本取得など:5,000ルカ
合計:14.5万ルカ
草太はこの異世界に転生してある程度の物価は把握していた。
大体1ルカ=1円と見積もって問題ない。
「ヨンソンさん、この見積もりから引けるところはありませんか?例えば、この謄本取得は自分でやれば安くなりませんか?」
「そうだね。手続きはめんどくさいだろうけど、自分でやれば1,000ルカにはなるね」
「そしてこれは、大変不躾な申し出になりますが……ヨンソンさんの事務所で働かさせていただけませんか?その給料から司法書士報酬を天引きしてください。」
「うん?なかなかな交渉をしてくるね……。ちょっと考えさせて。うーん……。」
レベッカは草太の手を掴んだ。
「ちょっとソウタ!アンタ一人で抱え込みすぎよ!14万ルカくらい、私の貯金からすぐ出せるわ。」
しかし草太はその申し出を断った。
「いや、俺はこのクラブの代表になるんだ。資金は自分で稼がないといけない。」
「ソウタ……」
その二人のやりとりを見ていたヨンソンは口を開いた。
「良いよ。ソウタさんが良ければ、この事務所で何ヶ月でも働けば良い。ただ、読み書きと数学はマストだよ?できる?ちょっとテストさせて。」
ヨンソンは1枚の紙を取り出した。
「この国語の問題、高卒程度の読解力が求められるよ。やってみて。」
ここでレベッカが口を挟む。
「ヨンソンさん、アウロラ王国の義務教育は小学校まで。高卒の私が言うのもなんだけど、シルク村で高卒はかなりの高学歴の部類よ?」
草太は黙って問題を見た。
習ったことがない文字がなぜか日本語に脳内で自動翻訳されているかのように読める。
そして内容は、草太が経験した大学入試に比べるとはるかに簡単な問題であった。
問題は筆記だが……なぜか手が勝手に動く。
日本語で書こうと思う内容が勝手にペンを握る指がこの異世界の文字に自動的に書き換えているかのようだった。
解いた解答用紙を草太はヨンソンに渡す。
「……すごいね。全問正解だ。次は数学……とはいっても会計に関する問題だけど、これはどうかな?まぁ、司法書士には必須スキルではないから、これは参考までに。」
ヨンソンから渡された問題を草太は見る。
やはり問題内容が頭の中で自動翻訳されているかのようにスラスラと読める。
肝心の問題内容だが、2週間前に転生するまでは現役の
経営学部に通う大学生だった草太にとって、基本中の基本しか書かれていない貸借対照表の問題だった。
回答を渡されたヨンソンは思わずつぶやいた。
「どこかで勉強したことあるの?全問正解だ。」
レベッカも驚いた。
「この問題、私には全然わからないんだけど、死にかける前は大学生だったって話、まさか本当だったの?」
草太は苦笑しながらレベッカに答えた。
「ようやく信じてもらえたみたいで嬉しいよ」