村役場での攻防〜借りたいなら法人を作れ!〜
オーウェンさんがお茶を村おこし室まで持ってきたのは20分後のことだ。
まずは30代くらいの女性が名刺を差し出した。
【シルク村地域経済振興対策課村経済復興室室長・サミーラ】と書かれていた。
草太は頭を下げた。
「申し訳ありません。
私、名刺を持っておりません」
「あ、いえ、お構いなく……」
サミーラさんはティーカップに入った紅茶をすする。
レベッカはさっそく話を切り出した。
「さっそくですが、小学校を正式に借りるための手続きをさせてください。」
サミーラさんはふぅ、とわざとらしいため息をついた。
「現状ですが、あなたがたに小学校を貸し出すことはできません」
「「えっ!」」
草太とレベッカは思わず声を上げた。
「な、なぜですか?村長のソフィアさんの許可は得ているのですよ?」
俺は思わず声を上げた。
しかしサミーラさんは涼しげな顔をしている。
「はい。村長から話は伝わっています。しかし、規則は規則ですから。」
「では規則について教えてください。」
するとオーウェンさんが横から口を挟んできた。
「この村にサッカーなんて必要かのぉ。若者に税金を使うくらいなら、年金に回してほしいものじゃ……」
草太は耳を疑った。
「ここは福祉課じゃなくて村おこし室ですよね!?」
サミーラさんは、オーウェンさんをたしなめつつ
「申し訳ありません。今のは村おこし室としての回答では有りません。
規則では小学校を1日借りるという程度であればあなたがたに貸し出すことはできますが、年単位で貸し出すということであれば個人に貸し出すことはできません。
村長からの指示で無料で貸し出すよう言われていますが、本来はこれだってありえないことです。」
レベッカは思わず立ち上がった。
「さっきから黙って話を聞いてたら、ごちゃごちゃと!
冒険者ギルドでそんな仕事してたら怒られるわよ!」
しかしサミーラさんは涼しい顔をしている。
「ここは冒険者ギルドではありません。村役場です。」
草太は立ち上がり、レベッカをなだめる。
草太はレベッカの耳元でささやいた。
「役所を敵に回したくないんだ。落ち着いてくれ。」
レベッカは納得いかない顔で椅子に座る。
「では、どうすれば小学校を年単位で貸していただけるのでしょうか?」
「……法人登記をしてください。」
草太は腕を組んで考えた。
(なるほど。いわゆる【指定管理者】というやつか。)
草太が日本にいた頃応援していたFCキャピタルも、ホームスタジアムがある南西品川サッカー公園の指定管理者だったはずだ。
「話は見えてきました。法人化すればよいのですね。では、法人登記をするにはどうすればよいのでしょうか?」
「……それは私の仕事ではありません。ご自身でお調べになってください。」
レベッカは顔に青筋を立てて立ち上がった。
瞬間的に草太はレベッカの口を両手で塞ぎ、「またお邪魔します」といい、村おこし室をあとにしたのであった。
「何なのよ!あの態度!」
レベッカの怒りは役場のロビーで爆発していた。
「まぁ落ち着いてよ。道筋は見えてきたんだから。」
「アンタ、本当に私と同い年?
A級冒険者クランのリーダーくらいに落ち着いてるわね」
草太にとって【A級冒険者クランのリーダー】というのがどの程度の凄さを表すのかわからなかったが、悪い気はしなかった。
(オヤジから昔教えられた話だと、会社を設立するには司法書士や税理士に相談するものらしいけど……この世界にそういう職業はあるのかな?でもそれも金がかかるだろうな……)
「ねぇ、レベッカ。司法書士って知ってる?」
「知ってるわよ。あぁ、なるほど。司法書士に相談するのね」
(あぁ、良かった。この世界にも司法書士は存在するのか。)
レベッカによると、冒険者ギルドに登録している冒険者たちは基本的に個人事業主らしいが、クランを作っている冒険者は法人化しているケースも稀にあるらしい。
次の日の夕方、レベッカはナンシーさんの家に来た。
なんでも、レベッカは冒険者ギルドのA級クランのリーダーから司法書士を紹介してもらえたそうだ。
「ありがとう。レベッカ。」
俺はレベッカに頭を下げた。
「ま、まあ?もともとサッカークラブを村に作りたいソフィアさんを紹介したのは私だし?その……このくらいなら何ともないわ」
レベッカは少し顔を赤くした。
「じゃあ、明後日の土曜日にさっそく司法書士に会いに行くわよ!」
レベッカはすでにノリノリである。
「なぁ、レベッカ。大切な話があるんだ。」
ノリノリだったレベッカの動きが止まった。
「な、な、な、なによ?大切な話って……。」
そう言ってレベッカは草太の手を取りナンシーさんに見られないように、草太の部屋に引っ張った。
「……覚悟はできたわ。さぁ、言って……」
「レベッカ、ギルド受付嬢の仕事を辞めてくれないか?」
「うん。そうね……。アンタがそれを望むなら、いいわよ……。」
「ありがとう。そして俺が作る法人の副代表になってくれ」
「分かったわ。………へ?」
「決まりだね!俺が代表。レベッカが副代表。村を盛り上げるんだ!」
一瞬ポカン、としていたレベッカであったが、すぐにレベッカは笑ってごまかした。
「あ、あはは。そうね!そうね!あぁ、熱いわ!!」
草太の部屋から二人の笑い声がリビングにいたナンシーさんの耳にも聞こえた。
ナンシーさんは白髪の三つ編みをいじりながら
(ソウタ、ついにレベッカちゃんに告白したのね)と一人でニヤついたのは別の話である。