ACシルク監査役就任交渉
土曜日午後2時
ついにスノリマ商会のサンディ夫妻から紹介されたレヴィーとACシルク監査役就任に向けた交渉の日がやってきた。
ACシルクとして法人化するまでに残されたタスク、それは監査役を決めて就任承諾書を法務局への提出だ。
面談の場所はスノリマ商会にて行うことになっており、ACシルクからは理事・草太と副理事・レベッカの2人で向かうことになった。
サブリナはその間、ギルド受付嬢のコネを生かし挨拶まわりの営業に出かけることにした。
草太は歩きながらレヴィーの人物像についてレベッカと再確認した。
・スノリマ商会元取締役
・55歳
・男性
・シルク村の政治経済界に広く顔が利く
今の草太からすれば絶対に監査役に欲しい人材である。
また、スノリマ商会社長であるサンディからの商会であるため、今後の村での付き合いを考慮すると、草太側から断るという選択肢は始めからあり得ない。
だがスノリマ商会に近づくにつれ手汗がにじんできた。
「緊張してきた。レヴィーさんの性格が読めない。」
草太は不安を漏らす。だが、レベッカはあっけらかんとしていた。
「ソウタ、別に失敗してもその時は別の人物を探すまでよ。胸を張っていきましょう。」
レベッカは草太の背中をさする。
「ありがとう、レベッカ。ぶつかるしかないよな。俺たち、スタートアップなんだし」
二人はスノリマ商会玄関に着き、応接間に通された。
応接間では既にサンディが待っていた。
スノリマ商会会長の長男で、レヴィーを紹介した人物である。
サンディは右腕を差し出してきた。
「ソウタくん、サッカークラブ作りは順調かい?噂によると営業回りは開始してるみたいだね。」
草太はサンディの右腕をつかみ挨拶をした。
「はい。今日もサブリナが顔合わせの営業に一人で行っているところです。監督も決まって、あとは選手の確保とレヴィーさんの監査役を決めるまでです。」
数分すると、ドアがノックされ、サンディの妻であるアレッシアが1人の初老の男性を連れて部屋に入ってきた。
草太とレベッカは立ち上がり、草太は右手を初老の男性に差し出した。
「始めまして。私はACシルク理事の戸河内草太です。隣は副理事のレベッカです。」
すると男性がそうだと握手をしながら口を開いた。
「レヴィーです。始めまして。話はサンディ社長から聞いてるよ。」
続けてレベッカも右手を差し出して挨拶をする。
「始めまして。レヴィーさん。レベッカです。どうぞよろしくお願いします。」
レヴィーはレベッカとも握手をした。
「始めまして。さぁ、席に座ろうか。」
草太はこのレヴィーの発言から、既に主導権争いが始まったことを自覚した。
レヴィーはソファーに腰を掛けるなり、いきなり本題を振ってきた。
「そもそもなぜ、人口三万人弱の漁村にサッカークラブを作ろうと思ったの?
若者向けのサッカークラブより高齢者用の福祉施設でも作ったほうが無難だと思うけど。」
ACシルクの企業理念を根幹から試す質問だ。
だがその分、この質問に明確な返答を出さなければ起業など無理である。
「この村は10年前の『妖怪カウカの厄災』を経て、復興への道を模索している状態と言えます。
ですが現実には、少子高齢化の波にのまれ子どもは年々減っており、村の未来を考えた時ジリ貧です。
ではなぜ、子どもの数が減っているのでしょう?
それは、若者が10代のうちに都市部へ流出してしまうからです。
この村は漁業とタオル生産に産業を依存をしており、他の産業や健全な娯楽がありません。
ゆえに、若い人は村より都市部に惹かれてしまうのです。
高齢者用福祉施設も少子高齢化のこの村では必要でしょう。しかし私は、『今』ではなく『数十年後』のシルク村を考えているのです。」
レヴィーは一口コーヒーを飲んだ。
「ふむ。『数十年後』か。確かに私では5年後のシルク村に責任は持てても20年後のシルク村に責任は持てないね」
続けてレベッカがレヴィーに話しかける。
「今はその土台作りの最中なんです。レヴィーさん。私たちは何も若い世代だけのクラブを作りたいわけではないんです。すべての世代の復興と統合のシンボルとしてのサッカークラブを目指しているんです。」
レヴィーは2人に向け、少し寂しげに微笑んだ。
「この村は『カウカの厄災』前からすでに少子高齢化は認識されていたんだ。だけども誰もがこの問題からは目を背けていたんだ。
村一番の商会であるスノリマ商会の取締役であった私も、サンディ社長の父である会長ですらもね。
しかしその問題に立ち向かおうとするのが、異邦人のソウタさんと隣町であるバンガ出身のレベッカさんとは、少し寂しい気がしてならない。」
草太はその言葉を受け止めた上で、レヴィーに返答した。
「そのお気持ち、お察しします。
ですから、初代監督にはシルク村出身のナムという男性を就任させました。ですが、役員としてもシルク村出身者でビジネスキャリアが豊富なレヴィーさんのお力が必要なんです。どうか、監査役としてお力をお貸しください……!」
草太とレベッカは真っ直ぐレヴィーの目を見た。
レヴィーは少しだけ熟慮の上、結論を出した。
「私も年だし、長い間、一緒に仕事はできないかもしれない。でも、それでもシルク村の未来のために、尽力させてもらうよ」
草太は、立ち上がった。それに続いてレベッカも立ち上がる。
「ありがとうございます……!まだ法人登記すら完了していない状況ですが、よろしくお願いします。」
「私はすでにスノリマ商会という歴史ある完成された組織でしか働いたことがなかったからね。
むしろ、この年でワクワクしてるんだよ。
給与も気にしなくて良いから。」
サンディも一安心したようだ。
笑いながらレヴィーに話しかける。
「ははは。
いやぁ~、レヴィーさんが承諾してくれて一安心です。
もしレヴィーさんが断ってたら親父に怒られるところだったもので。」
それにレヴィーはサンディに答えた。
「まぁ〜、社長の頼みとは言え、何でも聞けるわけではありませんからな。」
こうしてACシルク法人登記に向けた最後のピースは揃い、ついに残りは書類作成のみとなったのであった。




