ACシルクの初代監督就任交渉
サンディ夫妻から紹介された監査役候補・レヴィーとの面会まであと6日間。
この日、いつも通り草太は『ヨンソン司法書士事務所』で働き、居候先兼ACシルク事務所のナンシー宅へ帰宅した。
玄関ではいつも通りレベッカが出迎え、草太とレベッカはただいまのキスをした。
リビングに入ると、サブリナとナンシーが紅茶を飲みつつ、雑談をしていた。
時折笑い声が混じっている。
サブリナはすでに正式にギルド受付嬢の仕事を退職している。
そのため、アパート代が払えず草太とレベッカと同様にナンシー宅に身を寄せていた。
部屋はぎりぎり残っていたが、問題はサブリナの居候費用である。
サブリナはACシルクの営業職として内定はしているが、そもそもまだACシルク自体が法人として起業できていない。
つまり、今のレベッカとサブリナの生活費は草太の司法書士事務所からの給料から賄っており、この費用を支払うため、ヨンソンから引き受けられるだけの仕事を引き受け残業をすることでギリギリしのいでいた。
ナンシーは白髪交じりの三つ編みを触りながら、草太の身を心配した。
「ソウタ、大丈夫かい?無茶しすぎだよ。居候費用、下げてもいいんだよ?」
「いえ、ナンシーさん。大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」
しかしレベッカとサブリナも草太の健康を心配していた。
「ねぇ、ソウタ、やっぱりあなた1人で抱え込みすぎよ。目の下にクマができてるじゃない!」
「先輩の言うとおりです。大丈夫ですか?」
草太は二人に向け笑顔を向けた。
「うん。今は耐える時だから……。夕食後に会議をさせてくれないかな?」
夕食では、レベッカとサブリナが作ったドライカレーが出てきた。
米は草太に馴染みがあるジャポニカ種ではなく、見た目は細長いインディカ種にそっくりで、味もタイ米やジャスミンライスにそっくりだった。
それでも米が恋しい草太は、一気にドライカレーをサラダとともに平らげた。
夕食後、草太はレベッカとサブリナに向け話を始めた。
「レヴィーさんとの顔合わせまであと6日間ある。それまでに具体的なチーム作りを始めたいんだ。」
レベッカもそれに同意した。
「そうね。このままでは組織はできてもお金がなくてすぐにショートするし、サッカークラブとして選手も監督もいない今の状況では、レヴィーさんを説得できないわ。」
「ソウタさん!私、ギルド受付嬢の時のコネで色んな武器屋や魔法具店の方と知り合いなんです!
さっそく営業しましょう!」
草太はレベッカとサブリナの言葉に勇気づけられた。
「ありがとう、ふたりとも。まずは3人でナムに会いに行かないか?」
その言葉にレベッカは首を傾げた。
「ナム?漁師の?」
「ナムは19歳まで草サッカーをしていたらしいんだ。監督になってもらえないか、頼んでみようと思う。」
サブリナは頷く。
「それ、良いかもですね。いきなり村の外から人を連れてくるんじゃなくて、地元の人に頼む方が村の人の信用も得られますし、お金もかからないですよね。」
「うん。そこが狙いなんだ。ナムを監督に迎え入れることに成功したら、レベッカは村の有力者たちに挨拶回りをしてほしいんだ。
サブリナは俺と一緒に営業に出かけてほしい。」
レベッカは胸を叩いて「任せて。ギルド受付嬢時代は受付業務だけでなくてシルク村の議員たちとの対応もしてたんだから、顔も少しくらいなら覚えてくれてると思うわ!それと、村長のソフィアさんともそもそも知り合いなんだから!」
「ふたりとも、頼もしいな!明日は土曜日、漁も休みのはずだからさっそく行こう!」
―翌朝―
3人はナムの家を訪れた。
ナムの自宅は漁港から歩いて15分と近いところにあり、生活そのものが海とともにあることを指し示している。
ナムは庭で漁に使う網の捕集をしていた。
「やぁ。ナム、おはよう。」
「おお!ソウタ!少し来るの早かったな。実はな、俺もソウタに話したいことがあるんだ。3人とも、家に上がってくれ。」
家に上がると、ナムの母親が出迎えた。
テーブルの上にクッキーとコーヒーが用意された。
ナムの母親に礼を述べ、先に話を切り出したのは草太だった。
「ナム。ACシルクの件だけど、ついに法人登記まであと一歩のところに来たんだ。残る作業は監査役の任命だけなんだ。これが終われば、法人登記を済ませて、村の有力者へのあいさつ回りやスポンサー探しの営業を始めるつもりだよ。」
「そうか。海岸沿いで死にかけてた自称『異世界人』のソウタがそこまでになるなんて、出会った当初は夢にも思わなかったな。」
その言葉に草太は苦笑した。
「自称ではないんだけどね。そして、ナムにはお願いがあるんだ。単刀直入に言う。クラブの初代監督になってほしい。」
ナムは一口、コーヒーを口に含んだ。
サブリナもナムに頼み込む。
「ナムさん、ぜひお願いします!ACシルクだけでなくて、私たちの故郷をナムさんと変えていきたいんです!」
ナムは重く口を開く。
「しかし、本当に俺で良いのか?俺は草サッカーのレベルでしか経験がない。ましてやプロクラブの監督だなんて、ライセンスも持ってないぞ」
そこについてはレベッカが説明する。
「ACシルクはスタート時点はアマチュアクラブよ。監督にライセンスは求めてないの。
それより大切なのは、このシルク村を変えたいという思い。
ナムさん、あなたも思ってるはずよ。村おこしは、役所主導ではなくて、私たち主導で行わないとジリ貧だって。
初代監督は地元出身で胸のうちにシルク村に新しい風を吹き込みたいという思いを抱いてるあなたしかいないの」
草太はレベッカとサブリナの説得が完璧過ぎて、これ以上の説得は不要だと判断した。
もしこれでナムが断るのであれば、他の人物を当たるしかない……そう思った。
「分かった。初代監督を引き受ける。」
3人の熱意を受け取ったナムはついに監督就任を承諾した。
「ありがとう!ナム!」
草太は思わずナムの手を力強く握る。
レベッカも、「ありがとう」と礼を言い、サブリナは「やったぁ!」と両手を挙げて喜んだ。
「あと、それとだな。」
ナムは続けて口を開く。
「さっき、俺もソウタに話したいことがあると言っただろ?」
「そうだったね。」
「実は俺、結婚することになったんだ。相手は漁協組合の女性職員だ。」
草太にとっては予想外の話ではあったが、素直に「それはおめでとう!」と返事をした。
「それでだな、来月、村の神殿で結婚式をするから来てほしいんだ。ソウタだけでなく、レベッカとサブリナも。」
レベッカは快諾した。
「うちの初代監督の結婚式よ!もちろん参加させてもらうわ!」
サブリナも「ドレス買わなきゃです!親戚以外の結婚式に出席するの始めてなんですよねー!楽しみです!」とはしゃぐ。
草太ももちろん、結婚式の出席に快諾だ。
「皆で出席させてもらうよ。今すぐ監督として動いてもらうことはないと思うから、まずは式の準備、忙しいと思うからそっちに注力してほしい」
気づけば、時刻は昼食時になっていた。
ナムの母親は「うちでご飯を食べていきなさい」と言い、漁師の家らしい盛大な魚料理が所狭しと並べられた。
サブリナは料理を前にして感想を漏らす。
「まるで監督就任のお祝いですね!」
草太は水が入ったコップを掲げた。
「そうだね。まだ酒を飲む時間じゃないから水でだけど……ナムの監督就任と結婚に、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
そうしてナムの家で監督就任を祝ったのであった。




