異世界転生したはいいが、冒険者になれなかった俺がサッカークラブを経営するきっかけ
「うーん……ここは、どこだ?」
目を覚ますと、石造りの天井が見えた。
窓からは薄手のカーテンが揺れ、ほのかに潮の香りが漂い、ウミドリの鳴き声が聞こえてくる。
「おやおや、ようやく起きたのかい」
優しい声がした。
その声の主に顔を向けると、白髪を三つ編みにした初老の女性が湯気が立つティーポットとカップをお盆に乗せて立っていた。
「驚いたよ。海岸に倒れてたって漁師のナムが連れてきたんだ。ここは私の家だよ。しばらくゆっくりとすると良いよ。」
俺はおばあさんから紅茶を受け取り、一口すする。
「あの、俺は戸河内草太と申します。失礼ですが、お名前は?」
「私はナンシーだよ。しかし、トゴウチソウタ?聞き慣れない名前だね?どこの生まれだい?」
「え……?ここは東京……ではないですよね。こんなのどかな場所、東京にはありませんし……」
「トーキョー?さて、私も65歳だけど、そんな場所は聞いたこともないねぇ。まぁ、ゆっくり休んでおきなさい」
ナンシーはティーセットをベッドの脇に置かれた机に置くと、部屋を出ていった。
窓から外を覗くと、白い砂浜の海岸が見え、その奥には青い美しい海が太陽の光で輝いている。
こんな場所、東京だと伊豆諸島や小笠原諸島でしか見れないのではないか。
その瞬間、ズキッ!と腹に痛みが走った。
そうだ、俺はトラックにひかれて……
ということは、アニメや漫画でよく見る異世界転生を俺はしたのか?
すると急に眠気が襲ってきて、俺は一眠りすることにした。
目を覚ますと、すでに夕方であった。
俺は部屋を出ると、台所に立つナンシーがいた。
シチューのような料理を作っているようだ。
「あらあら、もう大丈夫なのかい?でもまぁ、夕飯もできたところだ。食べなさい」
テーブルにはパンとナンシーが作ったシチューが置かれた。
正直、パンは美味しくなかった。全体的にパサついていて、スーパーの賞味期限切れ間近の安売りパンでもこんなに不味いことはない。
(アニメとかで見るパンは美味そうなんだけど、日本のパンがうますぎるのか?)
しかし、ナンシーが作ってくれたシチューはアサリや白身魚など魚介類がふんだんに使われており食べ応えが十分であった。
「私も夫と息子が生きてた時は、この具沢山のシチューを食べさせたものさ。いやだね、ごめんなさい。こんな話するもんじゃないね。」
翌日の朝、俺はナンシーさんの自宅の庭で草むしりをしていた。
一宿一飯の礼……ではないが、何もせずに泊まらさせて頂くわけにもいかない、と思ったからだ。
そこに一人の大柄な男性が庭の柵越しに話しかけてきた。
「兄ちゃん、元気そうだな?
昨日俺が見つけた時は死体でも見つけちまったかと思ったぜ」
「もしかして、ナムさんですか?」
「そうだ。よかったら昼から酒場に行かないか?俺たち漁師は今仕事が終わったんだ。魚を市場に出してきたらまた戻ってくるからよ!」
そう言ってナムさんは帰っていった。
そうして数時間後、ナムさんは他に3人の男たちとともに俺を迎えに来た。
「紹介するぜ。左からトム、シュバイン、ラルフな。うちの漁師仲間だ」
全員大柄で筋肉ムキムキのたくましい体つきをしている。
それに比べて俺は大した筋肉もついていない貧弱な体を見て少し劣等感を感じた。
そうして20分ほど歩き、酒場に着いた。
「では、トゴウチソウタが死んでなかった祝いに乾杯だ!」
なんて祝いだ、と思いつつ、俺たちはビールを飲んだ。
ぶっちゃけ苦いビールより甘い酎ハイのほうが好きなのだが、この異世界にそんなものはありはしない。
トムが俺に話しかけてきた。
「ところで、トゴウチソウタ。お前がこの国の人間でないことは分かった。でもこれからどうやって生きていく?悪いが、漁師は先祖代々の漁業権の手前、助手はできても本職にはできんぞ」
意外だった。
(漁業権があるだなんて、そういうところは日本と似てるんだな)
すでにビールを3杯飲み干したラルフが横から割って入る。
「コネがないヤツは、冒険者が鉄板だな」
そうするとシュバインは
「冒険者?いやまて、トゴウチソウタの体つきを見てみろよ。」
4人の視線は一気に俺に集まる。
「あ、呼び方はソウタで良いです。ところで、冒険者になるにはどうすれば?」
トムはこの世界の冒険者について説明をしてくれた。
冒険者になるためには冒険者ギルドに登録をする必要があるらしい。
そして、特に職にコネがない俺みたいな若い男は冒険者になるのが鉄板……だそうだ。
翌日の朝。
俺は冒険者ギルドの門を叩いた。
いつまでもナンシーさんからタダメシを頂くわけにはいかない。
俺はギルド受付嬢に声をかけた。
見た目は俺と同い年くらいであろうか。
「あの……冒険者になりたいのですが……」
「はぁ……。正直に言うけど、アンタその体で?魔法でも使えんの?」
俺は少しムカついたが、態度には出さずに頭を下げた。
大学のキャリアサポートセンターの職員さんにも圧迫面接をされても態度に出すな、と教えられたことを思い出したからだ。
「そこをなんとか、お願いします。」
「腕立て伏せ。」
「へ?」
「そこで腕立て伏せ30回こなせば書類を渡して上げる。」
俺はわずか6回しか腕立て伏せができず、脱落した。
ギルド受付嬢からは冷たく「はい。おかえりくださーい」と言い放たれたのであった。
その日の夕方、俺はナンシーさんが作ってくれた白身魚のムニエルを食べながらギルトで起きたことを話した。
ナンシーさんは呆れた様子だった。
「冒険者だなんてするもんじゃないよ。命がいくつあっても足りやしない。ナムに頼んで漁師の助手になるほうが良いさ」
その時、玄関のドアがノックされた。
俺は席を立ちドアを開くと二人の女性が立っていた。
1人は、朝のギルド受付嬢であり、もう1人はとんがった耳をしていた。
受付嬢が話を切り出した。
「トゴウチソウタ、朝の件はごめんなさい」
いきなり謝られて俺はうろたえた。
しかし構わず受付嬢は話を続ける。
「でも、あんたが冒険者なんかになったら、明日には死体になってたわ。
だから私は追い払うために腕立て伏せの試験なんて、本当はありもしない試験をさせたの。
でも、私のあの失礼な態度にもかかわらず、あなたは頭を下げた。
そこで、この方を紹介するわ」
そうすると、次は耳がとんがっている女性が話を切り出した。
「はじめまして。トゴウチソウタさん。
私はエルフ族のソフィアと申します。
単刀直入に申し上げますが、この村でサッカークラブを作りたいんです。
あなたの力を貸していただけませんか?」
俺は目が点になった。
俺は日本にいた頃はプロサッカーリーグN1の『FCキャピタル』のサポーターであったが、クラブを作る側になるなんて考えたこともなかった。
でも、俺は自然に次の言葉が出た。
「作りたいです。よろしくお願いします!」
こうして俺の異世界での生活がスタートした。