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9、一番大切なものを守れぬようでは


 大通りから二つ通りを挟んだ下町。平民向けの店が並ぶその一角に洋裁店がある。

 店から近い貸し物件にメラニアは住んでいる、ということをデルロイは知っていた。


 人に向けて天眼を使うことを避けてはいるが、初めて会った時に届けてくれた物が物だったため、どうしても軽く見る必要があった。

 その際、意識的ではないにせよ彼女の個人情報を少しだけ知ってしまったことをデルロイはずっと負い目に感じていた。


 だが、今回のような事態を思えば助かったと言わざるを得ない。


 今が人のいない真夜中で良かったと心底思う。

 貴族の装いそのままのデルロイが平民区域を走っていたら、注目を集めていただろうからだ。


「メラニアさん! いたら返事を!」


 メラニアの使う部屋のドアには鍵がかかっており、申し訳ないと思いながらもデルロイは鍵を壊して部屋の中へと入って行く。


「っ!!」


 部屋の中ほどで倒れているメラニアを見つけ、デルロイは息が止まりそうになりながら駆け寄った。


 彼女の腕にある呪いのブレスレットは銀ではなく、すでに真っ黒く変色している。

 黒い文様は腕どころか顔にまで広がっており、メラニアの意識は完全になく、虫の息だった。


 デルロイは慌ててブレスレットに力を込めて破壊した。

 メラニアの身体を侵食し続けていた黒い文様は広がりを止めたが、体中に巡ってしまった文様が消えるのにはまだ時間がかかりそうで、デルロイは眉根を寄せる。


 だが少しだけ呼吸が安定したように見え、ほっと安堵の息を吐いた。

 そっとメラニアの頬を撫でると、その冷たさにビクッと手が震える。


 デルロイはクシャッと顔を歪めると、優しい声で意識のないメラニアに声をかけた。


「苦しかったろう……もう、大丈夫」


 デルロイは細心の注意を払ってメラニアを抱きかかえると、彼女をベッドに寝かせた。

 次第に安定していくメラニアの呼吸音を聞きながら、床に膝をついて彼女の手を握る。


 ──自分のせいだ。


 デルロイは責任を感じた。

 メラニアの寝顔を見ながら脳内に過るのは、彼女の笑顔ばかり。


『血紅の公子様が怖くないのか、ですか? んー……そうですね。尊い身分のお方なのでそういった意味で恐ろしいとは思いますが、ご本人はお優しい方ですよね?』

『暴れん坊だと噂されているのに?』

『怖いのは彼の周りで起きた事件のほうです。あの方はむしろ……この町のために怖がられようとしているのかな、と私は思います』


 普段は大人っぽいメラニアは、デルロイのことを話す時、それから笑ったりすると無邪気な少女のようになる。

 デルロイはそんな彼女の笑顔が見たくて、いつも複雑な思いになりながらも血紅の公子の話題を聞くし、いつでも想いを伝えていた。


『レディー・メラニアは今日もお美しい。会う度に綺麗になっていらっしゃるので、僕はいつも心臓が高鳴って困ります』

『ふふっ。ロイさんは、私なんかのことをいつも褒めてくれますよね? ありがとうございます』

『どうにかして貴女に振り向いてほしいので。日に日に想いは膨らむばかりです。どうでしょう、メラニアさん。僕と人生を歩むというのは』

『っ、ロイさんと話していると、なんだかお姫様にでもなったみたいな気持ちになって恥ずかしいです』

『本心ですよ? お世辞ではありません』

『もう、本当にお上手なんだから』


 ロイがどれだけ褒めても、口説いても、メラニアは本気に受け取ってくれない。

 天眼によって彼女がわざと気づかないふりをしているわけではないこともわかっている。


 デルロイを褒める言葉にも負の感情など一切なく、純粋な気持ちで尊敬してくれているのがわかった。


 そこに、ほのかな恋心が混ざっているのも知っている。


 けれど、メラニアはロイに対して恋情を抱かない。

 あくまで友人として、好いてくれている。


 もし、自分がデルロイなのだと明かしたらどうなるだろうと考えなかったわけではない。


 ただデルロイ・スカイラーと想い合うことの危険性を、どうしても無視できないだけなのだ。


 メラニアが鑑定士ロイを想ってくれたなら。


(そうしたら、()は身分を捨てて一生鑑定士ロイとして生きていくというのに)


 そのために正体を明かすのは、何か違う気がした。

 だからずっと言わずにいたのだが。


 悩みごとも、今日で終わりだ。


 どのみち鑑定士ロイがデルロイであることを知る者が出てきて、彼女が狙われてしまったのだから。


「全てを見透かす目も、怪力も、公子なんて身分も。全て呪いでしかないな」


 メラニアの手を両手で握り、祈るように俯く。


「メラニアさん。俺にとって……僕にとって貴女は『みたい』なんかではなく、唯一無二のお姫様なんですよ。今も、これからもずっと」


 デルロイの悲痛な呟きは、後からやってきたルカの耳がしっかり拾っていた。


 主人のこんな姿を初めて見たルカは、なんと声をかければいいのかわからず、ただ入り口で立ち尽くすことしかできない。


 そうしてどのくらいの時間が経過しただろうか、デルロイはようやく立ち上がるとルカに指示を出した。


「彼女を守る影を手配してくれ。容体を診てもらえる医者もそれとなく訪問させたい」

「承知いたしました」


 デルロイ・スカイラーがメラニアを守ろうとしていることを、これ以上誰にも知られてはならない。


 もう愛する人を自分のせいで危険に巻き込みたくはなかった。

 護衛は誰にも姿を見せない影を、医者もこちらが手配したと悟られぬように。


「どうか、元気で」


 デルロイは最後にメラニアに向かって呟くと、一度目を伏せてから踵を返す。

 右耳に手を触れ、いつもの癖で耳飾りを外そうとしたが……止めた。


「俺は屋敷に帰る。ルカは手配を終えたら骨董品店の戸締りをしてから来てくれ」

「え……? 今日はこのまま店に帰る予定では」

「俺の帰る場所は、スカイラー侯爵邸なんだよ。そういう運命なのさ」


 振り返ることなくメラニアの家を立ち去るデルロイを、ルカは複雑な気持ちで見送った。


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