8、力があればすべて解決する
デルロイの管理するこの町の夜は、明かりが少なくとても暗い。
今日のように月が半分もない日は特に暗く、大通りから一本外れただけで足下さえ見えなくなるほどだ。
だが、闇に乗じるには都合がいい。
そんなことせずともデルロイならばその辺のごろつき集団などあっという間に制圧できてしまうのだが。
「そこそこ大きな組織のくせに、隠れる場所に芸がないな」
「他に集まれそうな場所はデルロイ様が全部潰し回りましたから」
スラムの中心には寂れた廃教会があり、本来であれば弱き者が救いを求める場所のはずなのに、表通りから見えない位置にあるせいか悪事を企む者が集まるにはうってつけの場所となっている。
町を管理する者としては頭が痛い問題かと思いきや、当のデルロイはあえてこの場所を残していた。
こういった事態が起きた時、居場所の特定が容易だからである。
つまり、ルカとのやり取りはただの皮肉だ。
「馬鹿はやりやすくていい。早速、片づけようか」
「はい」
デルロイが浮かべる笑顔はもはや悪役のそれだ。
ルカの返事を待たずして走り出したデルロイは、廃教会の正面入り口から乗り込むと派手に暴れ始めた。
「なっ、誰、ぐはぁっ!」
「襲撃だ! 襲げ……がは」
組織のボスがいる場所は、天眼によってすでにわかっている。
デルロイはボスのいる場所まで真っ直ぐ突き進みながら、向かってくる者たちをぽいぽい放り投げていく。
ほとんどの者たちはデルロイの一撃を食らっただけで意識を失ってしまうのだが、向かって来なかったものや逃げ出した者、かろうじて意識のある者たちをルカが一人ずつ丁寧に眠らせていった。
おかげで組織のボスがいる二階に辿りつく頃には、廃教会内がしんと静まり返っていた。
二階にある小さな部屋の前に立ち躊躇なくドアを蹴破ってみれば、ボスと思しき人相の悪い男が大きく目を見開いてデルロイを迎えてくれた。
「お、お前、まさかデルロイ・スカイラーか……!」
「俺はお前と知り合いか? 初対面から呼び捨てとはいい度胸だ」
「ぐっ」
ボスの取り巻きだろうか、守るように立ちはだかっている屈強な男たちを無視し、デルロイは一瞬でボスに近づくと胸倉を掴み上げる。
あまりの速さに誰も目で追うことができないでいた。
「さて。直接倒す力がないからと暗殺者を雇ってまで俺を殺しに来たツケはどうやって払ってもらおうか」
「い、いや、違う。俺たちは」
「あー、いらない。そういうの」
周囲にいた男たちがようやく襲い掛かってきたが、デルロイはそれを左手と蹴りだけで吹き飛ばした。
まるで羽虫を軽く手で振り払うかのように、いとも簡単に。
今度こそ組織のボスと二人だけとなった時、デルロイはこれまでで一番の笑みを浮かべてみせた。
「暴れん坊の血紅の公子と聞いたことは? 俺はただ暴れたいだけだから、理由も言い訳も不要」
「ぐ、は、離せ……!」
デルロイは組織のボスが呻くのを完全に無視し、胸倉を掴んだまま壁に押し付けた。
いや、めり込ませたと言った方が正しいかもしれない。
組織のボスは口から血を吐くと、壁にめり込んだまま意識を失った。
デルロイはそれを見届けて手を離すと、軽く首を回しながら小さく息を吐く。
「敵の言い分は必要ないのさ。裏取りは兄上がやるし、修繕費は大した額じゃない。やはり世の中、権力、金、拳だね!」
そもそも、天眼を持つデルロイの前で誤魔化しは一切意味がない。
「さて、そろそろ出てきてもらえないかな?」
つまり、誰がどこに隠れているかも全てお身通しというわけだ。
デルロイが振り向きもせずに告げた後、どこからともなく女が一人現れ、コツコツとヒール音を鳴らしながら近づいて来る。
デルロイが振り返って向き直ると、女は艶やかに微笑んで口を開いた。
「やっぱり見つかっちゃうのね」
「先日は素敵なプレゼントをどうも」
「どういたしまして。……貴方、やっぱり赤が似合うわね」
呪いのブレスレットを骨董品店に持ってきた女だ。
長い銀髪をさらりと揺らし、今日も身体のラインが強調された黒いドレスを身につけている。
「君のような美しい人がなぜこんな仕事を? スキルのせいかい?」
「盗み見は悪趣味よ、紳士さん。それとも……私の全てを見せましょうか?」
女はグッと近づくと、デルロイに身体を押し付けてしなだれかかり、耳元にふぅと息を吹きかける。
並の男ならこの時点で彼女の誘いに乗っただろうが、デルロイは一切動かず穏やかに笑みを浮かべるだけだ。
「魅力的なお誘いだが、君は俺を本気で誘惑する気がないのだろう?」
「本当に嫌な人。でも貴方みたいな人、私好きよ。……イイコト教えてあげる」
女はするっとデルロイの顔をひと撫でしながら身体を離すと、窓に近づいてコツコツと音を立てて歩く。
振り返って窓枠に寄りかかった女は、胸元に手を入れて銀のブレスレットを取り出した。
デルロイがプレゼントされた、例の呪いのブレスレットを。
女がこれまでとは違う温かみのある笑みを浮かべたことで、デルロイは僅かに眉を上げる。
「貴方の恋しい人にも、これが届いているそうよ」
次いで言われた言葉に、デルロイの心臓がどくんと大きな音を立てた。
『三日経てば意識を失い、四、五日もすれば全身に広がって僕は死ぬだろうね』
──メラニアが店に来なくなってから、四日は過ぎている。
「急いだ方がいいんじゃない?」
デルロイは話を最後まで聞くことなく彼女に向かって駆け出すと、そのまま勢いよく窓ガラスを蹴破って二階から飛び降りた。
「デルロイ様っ!」
そんな主人の後を追いかけるように、ルカもまた窓を軽々と飛び越えていく。
「レディーに挨拶もせず走り去るなんて。弱点だと言っているようなものよ。案外、迂闊な人ね」
女はガラスをジャリッと踏みつけながら、静かに闇の中へと消えていった。
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