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7、スカイラー公爵家次期当主は弟に甘い


 スカイラー公爵家の門扉の向こう側に、使用人たちがズラッと並んでいる。

 両サイドに並んだ使用人たちは数十人ほどが同じ角度で頭を下げており、屋敷の玄関口までずっと続いていた。


 門扉が大きく開けられ、目の前で止まった豪華な馬車から赤髪赤目の男が従者を伴って下りてきた。

 男、デルロイはこの光景を見るなりうんざりした様子で目を細めて告げる。


「ライアン兄上だな? こんなに仰々しく迎えなくていいのに」

「使用人一同、デルロイ様の帰還を心待ちにしていたのですよ」

「こんな暴れん坊の問題公子を? 忙しいのに並ばされて、かわいそうなことだ」


 デルロイはルカの言葉を聞いて肩をすくめながら呟くと、使用人たちが並ぶ道を真っ直ぐ歩き始めた。

 一歩踏み出すごとに、赤い宝石が光る金細工の耳飾りがデルロイの右耳で揺れる。


「お帰りなさいませ、デルロイ様」

「ああ、ただいま。みんな変わりなさそうだ」


 暴れん坊の血紅の公子。

 自由な末っ子気質で、すぐ力に物を言わせる部分はたしかにあるが、使用人はみな本当のデルロイがとても優しいことを知っている。


 あえて嫌われようと振舞っていることを理解しているのだ。


 それがわかるからこそデルロイは屋敷の居心地が悪く、滅多に帰って来ない。

 要は、居た堪れないというわけだ。


 大歓迎の中屋敷内に足を踏み入れると、デルロイは真っ先に長兄ライアンの執務室へと向かった。

 使用人の案内で執務室に入ったデルロイは「来たよ」という軽い言葉とともにドサッと来客用の長椅子に腰かける。


 背もたれにゆったり寄りかかるデルロイは、すでにリラックスモードだ。

 ずいぶんな態度だが、ライアンも呆れたような目を向けるだけで窘めるようなことはない。


「急いでくるよう手紙に書いたはずだのだが、随分と忙しかったみたいだね? まさか翌日の昼過ぎになるとは思わなかったよ」

「すみません、兄上。準備に手間取ってしまって」

「君の従者はとても優秀なはずなのに、珍しいこともあるものだね?」

「本当に」


 軽い嫌味の応酬もまた、兄弟のいつもの挨拶のようなものだ。

 大抵は譲らないデルロイに対し、ライアンが折れる。


 今回もまたフッと笑って折れたライアンは、デルロイの座る長椅子の斜め前にある一人掛けの椅子に腰を下ろした。


「はぁ、もういいよ。元気にしているようでなによりだ」

「兄上も、変わらず目の下のクマが酷いですね」

「このクマの原因を作るのに一役買ってるのは誰かな?」


 ライアンににこやかな笑みを向けられたデルロイは、はははと笑って誤魔化した。

 金髪碧眼のライアンだがさすがは兄弟というべきか、微笑む顔がデルロイとよく似ている。


 ライアンはスッと膝に肘をついて両手を組み、軽く身を乗り出すと真剣な顔で話を切り出した。


「早速、本題に入ろう。結論から言うと、コルヴィス家の対応についてはこちらが全てやる。前当主夫人のことも、ジュリアのことも、デルロイは何も心配しなくていい」

「さすがは兄上。仕事がお早い」

「父上も忙しくなりそうで頭を抱えていたよ。あとで挨拶にいくように」

「……善処します」

「逃げるつもりだな? まったく困った弟だ」


 デルロイが父親に会う気がないことを一瞬で見抜いたライアンは、困ったように眉尻を下げる。

 今度はデルロイのように背もたれに寄りかかったライアンは、諦めの滲んだ顔で話を続けた。


「デルロイを呼び出したのは仕事を任せたいからだよ。きっとお前の得意分野だ」

「仕事ですか? 暴れることくらいしかできませんよ、俺は」

「そう、それ。ちょっと今夜あたりに暴れてきてくれないか?」

「急ですね。俺は構いませんが、いいんですか? ジュリア姉上が心配なのですが」

「もちろん。直接的に仕掛けてきた組織を潰してもらいたいだけだから。……スカイラー公爵家はコルヴィス家への対応で忙しい。今夜、町で厄介な組織が潰れる事件が起きたとしても対応が遅れるだろうね」

「なるほど。忙しいなら見落としも仕方ないですよね」


 にこっと笑うライアンに、にこっと笑い返すデルロイ。

 部屋の隅でじっと置物のように立っていたルカは冷や汗を流しながらその様子を眺めている。


「また、兄上の仕事を増やしてしまいますね」

「何を今さら。お前のしでかしたことの後始末には慣れてる」


 話は終わりとばかりに立ち上がったデルロイに、ライアンも立ち上がって右手を差し出す。

 姉たちとはハグをして別れるが、男兄弟同士はこうして握手をして解散するのが恒例なのだ。


「デルロイ、仕事が終わった後はちゃんとうちに帰って来いよ。父上に自分で報告してくれ、頼むから」

「善処します」

「お前はまったく……」


 一切言うことを聞く気がない末の弟に長兄は苦労させられっぱなしだ。

 だがライアンは強めにデルロイの背中を一つ叩くだけで許しくれる。


「ライアン兄上が困った時はすぐにかけつけますよ。そんな事態は滅多に起きませんが」

「なるほど。私が優秀過ぎるのが問題だったか」


 執務室のドアをルカが開け、デルロイは喉の奥でくつくつ笑いながら廊下へ出る。


「組織は徹底的に潰してくれよ。命だけは取らずに」


 背後から聞こえた兄の言葉に、デルロイは片手を上げるだけで答えた。

 一番仲の良い長兄ライアンとの程よい距離が、デルロイにはとても心地好かった。


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