39 人生で最も恐ろしい天眼の使い方
最悪な形で知られてしまったロイの正体。
ロイはようやく、自分の失態を知った。
昨晩、デルロイとしての姿を見られたことではない。
烏滸がましくも、彼女の悩みを他ならぬ自分が解決したいと思ってしまったことだ。
「名前を、聞かせてくれませんか。本当の名前を」
メラニアの声が震えている。彼女がかなりの勇気を振り絞っているのが、天眼など使わずとも痛いほど伝わってきた。
(これほどまでに真剣に、僕と向き合ってくれた人がいただろうか)
心が震える。こんな気持ちは生まれて初めてだった。
ロイは一度目を閉じると、ゆっくりと目を開ける。
もう彼女に嘘をつき続けたくなかった。
「……デルロイ・スカイラーと申します。ずっと黙っていて、申し訳ありませんでした」
ロイは耳飾りを着けた。
あっという間に黒髪黒目から赤髪赤目へと姿を変え、わかりやすいように前髪を上げる。
ただ、いつもは浮かべているはずの自信満々な笑みはそこになく、今にも泣きそうな顔を浮かべる情けない男がいるだけだった。
「デルロイ、様……?」
「はい」
「本当に?」
「……はい」
「ずっと騙していたんですか? 私が貴方のことを語っている間、どんな気持ちで聞いていたんですか」
メラニアの声が次第に大きくなっていく。
決して目を合わせてくれない彼女を前に、ロイは胸が張り裂けそうだ。
「私、馬鹿みたいじゃないですか……!」
「違う、メラニアさん」
「ずっとずっと、心の中で馬鹿にしていたんですか!? 平民の女ごときに憧れられて、嘲笑ってたんですか!?」
「違うっ!!」
ロイの叫びを最後に、沈黙が訪れた。
今はロイも、メラニアの顔を見ることができない。
けれどそれではいけない。
騙していたのは、紛れもない事実なのだから。
「違う……違うんだ。違います……僕が全て悪いんです。でも嘲笑ったりなんか、絶対にしない。それだけは否定させてください」
目の奥が熱い。
こんな形で伝える気はなかったが、もう二度と彼女に口をきいてもらえないかもしれない。
ロイは、静かに言葉を続けた。
「ごめんなさい、メラニアさん。本当に、ごめんなさい。貴女を、愛してしまって……」
「……え? な、なん、ですか、それ……そんな冗談は」
「冗談ではありません。メラニアさん、愛しているんです。どうして、どうしたら」
顔を上げたロイは、心臓を掻きむしるように自身の胸元を掴む。
真っ直ぐメラニアの潤んだ青い瞳を見つめながら。
「どうしたらっ! この気持ちが本当だとわかってもらえるのでしょうか!? 僕のこの目を、貴女に贈れたらいいのに……っ!」
一筋の涙がロイの赤い瞳から零れ落ちた。
しばし黙り込んだメラニアは、ロイの目から視線を逸らすことなく口を開く。
「じゃあ、その目で私を見てください。私の心を視てください」
「なんっ──」
「視てください」
彼女の真意がわからない。わからなければ視ればいい。
いつもしているたったそれだけのことがうまくできない。
ロイの手が震える。いや、手だけではない。全身が震えていた。
メラニアの身に危険が迫った時以来の恐怖だ。
愛する人の心を視ることは、失うかもしれないのと同じくらい恐ろしかった。
「罪悪感があるのなら、罪滅ぼしのつもりで視てください、ロイさん」
温かい、と感じるとともに視線を下に移すと、メラニアがロイの手を握りしめていた。
戸惑うようにまたメラニアの目に視線を戻すと、彼女は変わらず強い目でこちらを見続けている。
(信じよう。彼女になら、傷つけられてもいい)
ロイは、天眼を発動させた。
ふいに流れ込んでくる、温くも悲しい感情。
それはメラニアが「鑑定士ロイ」に抱き始めていた恋心。
ロイの告白に喜び、同時に身分の差で結ばれることは決してないという諦念。
とてつもない悲しみと、苦しみ。
「どうでしたか? きっと私、貴方に恋をしていますよね? ロイさん」
「……は、い」
「私より先に、貴方が私の恋心に気付くなんて。こんなことがあるんですね」
「……本当、に?」
「それは貴方の目が知っているんじゃないですか?」
困ったように眉尻を下げ、メラニアは悲しげに微笑んでいる。
ロイはまだ理解が及ばず、それ以上の言葉を紡げずにいた。
「八つ当たりなんかしてごめんなさい。事情があって黙ってたんだってこと、ちゃんとわかってます。騙されたなんて本当は思ってません。これも……伝わりましたよね?」
メラニアは無理やり作った笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「謝るのは私のほうです。平民なのに、何の取り柄もない女なのに。貴方のような人に恋をしてしまってごめんなさい。気付かないフリも、きっとそう長くは続かなかったんだと思います」
メラニアは握っていたロイの手を離し、両腕を伸ばした。
「でも、私はロイさんのことが好きなんです。だからどうか……一度だけ抱きしめてほしいんです」
「僕、ですか……? 今の、この、デルロイではなく?」
「私が恋をしたのはロイさんですが、どっちも『貴方』なんでしょう?」
「ほ、本当にいいんですか……?」
「私がお願いしてるんですよ?」
「~~~っ、メラニアさん」
ロイは彼女を引き寄せ、できる限り優しく抱きしめた。
本当は思い切り、強く抱きしめたかったが今のデルロイでは文字通り潰してしまう。
「ふふっ、ほとんど触れてませんよ?」
「ごめんなさい。今の僕では力の加減が難しいのです」
「耳飾りを外したら、ロイさんに戻るんですか?」
「はい、そうです。外してもらえませんか、メラニアさん」
ロイの腕の中でメラニアが手を伸ばし、右耳の耳飾りをそっと外す。
真っ赤な色が見慣れた黒に変わり、いつものロイさんですね、とメラニアが笑う。
その様子があまりにも愛おしく、ロイは今度こそ力強く彼女を抱きしめた。
「好きです」
彼女の髪に顔をうずめ、ロイは言う。
「貴女を愛しています、メラニアさん」
背中に回されたメラニアの手が、ギュッと強くロイを抱きしめる。
先ほどまで感じていた絶望が一瞬で多幸感に包まれ、ロイは確かめるようになんども愛を告げ続けた。
次回、最終話です。