4、もう一つの顔はちょっぴり好戦的
仕方のない人だとため息を吐きつつ、主人に口を挟む無礼よりも心配が勝ったルカは言葉を続ける。
「そこまでわかっておきながら、なぜ簡単に呪われたりしたのですか……喜んでいる場合ではないでしょう」
「美しいレディーのお誘いは断れないからね」
そう言いながらロイがブレスレットをした腕を掲げると、じわりと黒い文様がさらに広がっていくのがわかった。
ルカは大慌てでロイの腕を取って状態を確認する。
本人はいたって冷静だというのに、従者のルカが焦るのも無理はない。
彼にとって、ロイは唯一無二の主人で、彼に仕えることこそがルカの存在意義。
ロイが死んだらともに死ぬくらいは平気でするほど大切なのだ。
「ロイさん……!」
「結構すぐに広がるね。なかなか強い呪具だ」
黒い文様は二の腕まで到達したところで広がるのが遅くなったが、よくみると少しずつ上へ上へと伸びているのがわかる。
それを見てロイはふむと声を漏らした。
「一日で体調を崩し、二日で動けなくなる。三日経てば意識を失い、四、五日もすれば全身に広がって僕は死ぬだろうね。腕のいい呪い師がいたものだ」
「落ち着いて分析している場合ではありません。それはつまりあの女性が……」
ロイはスッと人差し指をルカの唇に当て、それ以上の言葉を遮った。
一瞬だけ目を丸くしたルカだったが、すぐに冷静を取り戻してロイを見上げる。
大人しくなったルカににっこり笑顔で返したロイは、彼の唇に当てていた人差し指を顔の前で立てると仰々しく大げさに手を振りつつ説明を開始した。
「彼女はなぜこの店に来たのか。昨晩、僕と遊んでくれた悪いお友達のことは記憶に新しいよね? 頭が悪いくせに行動だけは早いみたいだ。そこだけは評価してやろう」
ロイはカウンター内をゆっくり歩きながらさらに言葉を続ける。
「彼女は組織にデルロイ・スカイラーを殺せと依頼された暗殺者だ。町の鑑定士ロイである僕と同一人物だということをいとも簡単に突き止めたようだね。馬鹿な組織と違って実に優秀で素晴らしい女性だよ。僕が女性に弱いことも突き止めて、好奇心から直接呪いにきたというわけ」
「……ロイさんの天眼は本当になんでもお見通しですね。調査官になれるのでは?」
「それだと調査官の仕事がなくなって失業者で溢れてしまうだろう? それに僕は、忙しくなってデートする時間がなくなるのは嫌だね」
自らの優秀さを疑ってもいない言い回しだが、事実そうなりそうなのが小憎いところだ。
とはいえ、そこまで知っておきながらまんまと女性の色香に惑わされて呪われたというのに、ロイは一切気にした様子がない。
「……本当に、女性に弱いんですから」
「ごめんよ、ルカ。心配をさせてしまったね。けれど僕の様子を見ていればわかるだろう?」
「はい。解決策があるのですね?」
「その通り!」
明るく答えたロイはおもむろに懐から黒い小さなケースを取り出した。
中には片方だけの耳飾りが入っており、繊細な金細工でどう見ても高級品だ。
しかし付いている赤い宝石は割れており、デザインも少々古いため価値は低そうだった。
その耳飾りをロイが右耳につけると次の瞬間、急に耳飾りが眩い光を放ち、みるみる内に新品のような美しい姿を取り戻していく。
と同時に、黒かったはずのロイの髪と瞳がいつの間にか宝石と同じ鮮やかな赤色に染まっていた。
赤い瞳を細めて赤い髪を掻き上げるロイは、いつも以上に色っぽい。
「呪具なんて大層なものも、力の前には無力」
ロイは獰猛に笑うと、腕に嵌められた呪いのブレスレットをいとも簡単に左手でバキッと破壊した。
——怪力スキル。
これはロイが持つ二つ目のスキルだ。
普段はほんの少し問題があるだけの骨董品店店主ロイでしかないのだが、耳飾りの魔道具によって彼はかなり問題のある怪力公子デルロイに戻る。
生まれつき「天眼」と「怪力」という二つのスキルを授かっていたデルロイは、物心つく前から人々に敬われ、崇められて育った。
本来、スキルを持って生まれてくる者は稀で、その中でも貴重で強いスキル持ち、それも二つも持って生まれたデルロイは選ばれし子と言われていたのだ。
ところが頭の良かった幼きデルロイはその状況を良しとしなかった。
わずか五歳の頃、大人たちに利用されているこの状況をどうにかしたいと考えた結果、
『僕が完璧な存在だから崇められるんだ。それなら、欠点を作ればいい』
幼きデルロイは、その日から暴れん坊になることを決意した。
思春期を迎える頃、デルロイ少年は怪力スキルを上手く制御できなくなり、それを問題視した父スカイラー公爵が息子デルロイの怪力を一時的に封印し、必要に応じて力を戻せるよう対策を打った。
媒体となった耳飾りは大きな力に耐え切れずボロボロになってしまうが、ロイが身につけると彼に力が戻って美しく輝く。
全てはいつか、ロイが自分の力を制御できるようになるための措置だった。
ちなみに、すでに力の制御はできるようになっているのだが、今の生き方が気に入っているロイはそのまま耳飾りを利用して骨董品店を続けている。
「さて、ルカ。女性を利用して俺を呪おうとしたヤツらにどう報復してやろうか」
ただし、怪力スキルの戻ったデルロイはいつもより少しばかり好戦的になる。
だがルカはそんなデルロイのことも尊敬していた。
むしろ暴れん坊の血紅の公子に救われた身であるルカは、本来デルロイ・スカイラーに忠誠を誓っている。
無論、鑑定士ロイのことも慕っているが、デルロイの過激で力に物を言わせる部分にも惹かれているのだ。
あまり表情の変わらないルカは、嬉しそうに微笑んだ。
「ご主人様の仰せのままに」
デルロイは床に落ちた呪いのブレスレットを踏みつけながら、ルカを見て満足げに笑った。
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