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38 心は視ずに聞いてみたい


 メラニアの様子がおかしい気がする。

 ロイがそう気づいたのはオルガの事件から数日が経った頃のことだった。


「最近、メラニアさんが元気すぎる」

「よいことでは?」


 店の休憩時間、昼食の買い出しに向かうロイの呟きを、隣を歩くルカが拾った。

 メラニアは現在、店のキッチンでスープを作ってくれているためお留守番だ。

 こうしてロイとルカの二人きりになる時間は少々久しぶりでもあった。


 だからこそ、メラニアのことを話せるとも言える。


「妙に明るい気がするんだよ」

「……やはり、よいことでは?」

「そうだけど、そうではなくて。どうも無理して明るく振る舞っている気がするんだ」

「それは……あまりよくはありませんね」

「そうだろう!?」


 ようやく得られたルカからの同意に、ロイの声が一段と大きくなる。

 額に手を当て首を振りながら、ロイはメラニアに思いを馳せた。


「何か悩みでもあるのだろうか。ああ、メラニアさんの心の闇を僕が照らしてあげられたらいいのに……!」

「照らして差し上げては?」

「そうしてあげたいのは山々さ。けれど、さすがに人の心をおいそれと視るわけにはいかないからね」


 どうしようかと唸り始めたロイを、ルカはきょとんとした顔で見つめ、数秒後におずおずと自身の考えを口にした。


「なにも心を視るだけが手段ではないかと。ただお話を聞く、とか……」

「ルカ……君はやっぱり天才かな?」


 普段、人を探るとなると天眼を使うことが多いため、ロイは一般的な対応が頭から抜けがちだ。こういった面で少し世間ズレしている。


 ロイの力になれたらしいとルカがホッと胸を撫でおろしたのも束の間、行動力の塊であるロイは拳を作って宣言した。


「聞いてみよう! 今すぐに!」

「えっ。仕事が終わってからのほうがいいんじゃ……」

「思い立ったらすぐに行動だよ、ルカ。人に与えられた時間というものは平等ではないのだから」


 ロイはそれだけを言い残すと、足早に店へと戻っていく。

 まだ買い物は少し残っているのだから、せめて終わらせてから行けばいいものを。きっとメラニアも驚くことだろう。


「困った人ですね」


 ルカはわずかに口角を上げて呟くと、ロイがメラニアとゆっくり話せるようにいつもより時間をかけて買い物の続きに向かうことにした。


 ◇


「メラニアさんっ!」

「えっ、わ! ロイさん!? ずいぶん早いですね。もう買い物が終わったんですか? あれ、ルカくんは……?」


 勢いよく店のドアを開けて戻ってきたロイは早足でメラニアに近付いていく。

 スープを煮込んでいる途中だったメラニアはキッチンの椅子に座っており、慌てて立ち上がりながら困惑した。


 戸惑う間にロイはメラニアの手を取り両手で握る。メラニアの頬が少しだけ赤くなった。


「ど、どうしたんですか? なにかあったのでしょうか」

「ありました。とても重要なことが」

「え……それは、どんな?」


 困惑するメラニアの目を覗き込みながら、ロイはストレートに告げた。


「メラニアさんの元気がないことです」


 メラニアが息を呑んだのがわかる。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。


「気のせいであったならそれでいいのです。笑い話にでもしてください。けれど……本当に何か悩んでいることがあるのなら、力になりたいと。そう思って」


 しばし目を丸くして驚いていたメラニアだったが、すぐにふっと笑って肩の力を抜いた。

 まるで困った人を見るような呆れた眼差しだったが、それがどこまでも優しかったのでロイの胸は高鳴る。


「それで、こんなに慌てて帰ってきたんですか? もう、ルカくんがかわいそうじゃないですか」


 メラニアがこうして話題を変えてくるのはわかっていた。


 天眼は使わない。ルカの言ったように、ロイは会話で彼女の考えを知りたいのだ。

 遠回しでは伝わらないことは、すでに理解している。


 ロイは真っ直ぐな気持ちを伝えた。


「貴女のことが気になるのです」

「っ!」


 握りしめていたメラニアの手がわずかに強張ったのがわかったが、手を離す気にはなれない。

 彼女が悩んでいるのなら、自分が元気づけたいのだ。それが独りよがりだとわかっていても、今のロイには止められない。


「……てください」

「え?」

「やめてくださいっ」


 メラニア本人、以外には。


 初めて聞いたはっきりとした拒絶にロイの心臓は凍りそうだった。

 絶対に離さないと思っていた彼女の手を、反射的に離してしまうほどに。


 何も言葉が出てこない。そんな経験は、生まれて初めてのことだ。


 メラニアは気まずそうに視線を逸らし、どこか怒ったように言葉を紡ぐ。


「そうやってロイさんが優しくしてくれるたび、私は勘違いしてしまいそうになるんです! 貴族の間では当たり前の誉め言葉や口説き文句も、平民である私には滅多にないことで……」

「メラニアさ……」

「本当ならこんなに気安く接していい相手ではないこと、ずっと気にはなっていたんです。ただでさえ、遠い存在なのに」


 彼女の名を呼ぶことさえうまくできない。

 今初めてロイは、メラニアの本音を聞いているのだと思った。


「本当はもっと、住む世界が絶対的に違いますよね? ロイさん!」


 顔を上げたメラニアの青い瞳に、じんわりと涙が浮かぶ。

 自分が傷付くよりずっと心が抉られる思いだ。


「悩んでいることがあるならって言いましたよね。そうです、あります。悩んでます。だって……」


 メラニアは一度そこで言葉を切ると、震える声で続きを告げた。


「オルガさんが来た前の夜、見てしまったから。ロイさんが……貴方が、姿を変えて夜中に出かけていくのを」


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『え、あ、や、お、男には姿形を偽る場合があるというかなんというか』 『分かりません!そこに正座!(ピッ!)』 『あ、はい』 『覗いてるルカくんも!(ピッ!)』 『あ、はい』
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