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37 彼女は真実を目にしてしまった


 メラニアは、見てしまった。


 深夜、こっそり出かけていくロイの姿を。

 そして、彼が一瞬のうちにその姿を赤髪赤目に変えてしまった瞬間を。


 話の内容はほとんど耳に入らなかった。

 なぜならメラニアにとって、ロイの姿の変化のほうがずっと衝撃的だったからだ。


(あのお姿は……血紅の公子、よね? デルロイ・スカイラー様? ロイさんが?)


 バクバクと心臓が激しく鳴っている。


 デルロイのことは、高貴な身であるのにたとえ自分が悪く言われようとも人々を守ろうとする、その姿に惹かれてずっと憧れを抱いてきた。


(雲の上の存在だった方が、いつも近くにいたロイさんだったなんて……!)


 しかしながら、同時にメラニアはどこか納得している自分にも気づいていた。


 デルロイに声をかけられたことがあるのはほんの一言二言であったし、彼の姿を見たのはいつも薄暗い中。はっきりとその姿を目にしたことはない。


 今の今までロイと同一人物だと思ったことは一度もなかったのだが、不思議なことに既視感を覚えてもいたのだ。


 公爵家との面識は当然ながらない。メラニアは平民なのだからそれも当然のこと。

 貴族の知り合いだってロイが初めてで、だからこそ貴族はみんな似たような雰囲気なのかもしれないと勝手に納得していた。


(馬鹿ね。貴族がみんな似ているなんて、普通に考えたらあるわけないのに)


 デルロイに憧れて、夢中になって、そのせいで細かいところまで考えられなかったのだろう。

 メラニアは慌てて自分の寝室に戻ると、へなへなと床に座り込んだ。


 ぎゅっと自分の体を抱きしめ、俯く。


(黙っていたなんて酷い。……ううん、違う)


 恨み言が出てしまいそうにはなったが、ちゃんと考えればわかる。


(私は、デルロイ様のこともロイさんのことも大切に思っているもの。感情に任せて思い込んではダメ)


 メラニアはぺちぺちと自分の頬を叩くと、しばし考えて納得したように頷いた。


「きっと、言いたくても言えなかったんだわ。うん、そうとしか考えられない」


 貴族にはきっとそういうことが多いのだ。特にロイは市井に店を構えており、平民と親しくなろうと、歩み寄ろうとしてくれている。

 そんな中、貴族に対して恐れを抱いている者が多い平民に対して自身の正体など言えるはずもない。


 彼がなぜ市井に馴染もうとしているのか、実家のほうでなにか問題があるのか。メラニアには想像もつかないようなことを、ロイはたくさん抱えているのかもしれない。


 もしかすると、メラニアのことを思って黙っていた可能性だってある。


「……優しい人だもの」


 メラニアの目から涙がぽたぽたと床に落ちていく。

 次から次へと溢れてくる涙は、どうしても止まってくれなかった。


「最初から、手の届かない人だってわかっていたじゃない。それが、より手の届かない人なんだってわかっただけ」


 ほんのりと抱き始めていた、ロイへの恋心。

 デルロイに抱くものよりもう少しだけ身近な憧れは、いつしか特別へと変化しつつあった。


 薄々察していた、ロイが貴族だという事実。

 それを本人の口から明らかにされた時、メラニアはこの気持ちを胸の奥深くにしまい込んだ。


 思いがこれ以上、膨らんでしまわないように。

 今の心地好い関係がずっと続けられるように。


(ほらね。住む世界の違う人なのよ。この気持ちは……そう。絵本に出てくる王子様に憧れる幼い子どもと同じ)


 メラニアはずっと自分に言い聞かせ続けている。

 決して勘違いなどしないように、と。


 そしてそれはメラニアの中での「真実」となった。


 たとえ天眼で視られても、深く探られない限り伝わるのはその真実だけだ。


「これは憧れ……ロイさんは、素敵な友人……」


 メラニアは何度も深呼吸をしながら、ぶつぶつと同じことを繰り返し呟く。

 次第に涙も収まり、メラニアはゆっくりと立ち上がった。


 水差しからコップに水を注ぎ、一気に飲み干す。


「よし。ロイさんから打ち明けてくれることを信じて、待っているのが友人というものよね」


 メラニアは一度だけギュッと唇を噛むと、そのままベッドに潜り込む。


 夜中に出かけた様子のロイが心配だったが、正体が強いデルロイであるというのなら少し安心だ。

 平民である自分が貴族の秘密を覗くようなことをするのは危険。メラニアはとても弱い存在なのだから。


(でも、少しだけ寂しいわ)


 骨董品店の従業員として雇ってもらえて、仲間になれたようでメラニアは嬉しかった。

 これまでよりも少し親しくなれたような気がして、特別になれたような気がしてわくわくしたのだ。


(どこまでいっても私は平民の女。仕事仲間として線引きしないといけない立場なんだから。それを忘れないようにしないと)


 ロイがメラニアに優しくしてくれるのは、女性だから。

 特別扱いしてくれているように感じるのは従業員だから。


 二人で出かけた時の楽しかった思い出が脳裏に過り、再び涙が滲みそうになったが、メラニアはギュッと目を閉じて頭まで布団をかぶる。


 そうしているうちに、気づけば眠りへと落ちていった。


 翌朝、陽も昇り切らない時間からメラニアは妙な物音で目が覚めた。

 昨晩の衝撃はまだ心に残っていたが、身支度を整えて部屋を出た瞬間に出くわした絶世の美女を前にしてすべてが吹き飛んだ。


「あー……おはよう、メラニアちゃん。お邪魔しているわ」

「オ、オルガさん!? はっ、まさかまたケガを……?」

「え、ええ。まぁ、そんなところね。大したことないのに客室に押し込まれていたみたい」

「大丈夫なんですか!? 具合は……」

「ああ、大丈夫よ。もう、大げさなんだから。でも、そうね。少しお腹が空いてしまったわ」

「よかった……じゃあ、少し早いですけど朝食の準備をしますね! さぁ、こちらへ」

「あ、ありがとう、メラニアちゃん」


 実のところオルガはこっそり抜け出すつもりだったのだが、メラニアが知る由もない。

 完全なる善意でオルガをもてなそうと一生懸命だ。


「……どういう状況でしょうか、これは」

「あ、ルカくん、おはよう! よかったら手伝ってもらえないかしら。お腹が空いてしまったの」

「それは、かまいませんが……」


 気配を感じて慌ててやってきた戸惑うルカも巻き込んで、メラニアはてきぱきと四人分の朝食を準備していく。


「ロイさんはまだ寝ているの?」

「あ、いえ。仕事で……」

「そう、大変ね。先にいただいても大丈夫かしら」

「それは大丈夫だと思います」


 きっと深夜に出ていってからまだ帰っていないのだろうことは予想がついたが、あえて言うことでもない。


 メラニアは全てを胸の内にしまいこんで、笑顔で告げた。


「じゃ、遠慮なくいただいちゃいましょ! さ、ルカくんも」

「あ、えっと。ボクは、ロイさんと一緒にいただきますから」

「そう? じゃあオルガさん、温かいうちにどうぞ!」

「……ふふっ。ありがとう。いただくわ」


 ロイが帰宅して呆気にとられる、数分前の出来事である。


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