35 レディーとの駆け引きは笑顔で
骨董品店に戻ると、思いがけない光景にロイは立ち尽くす羽目になった。
「ずいぶん忙しい人ね。あ、先に朝食をいただいているわ」
「おかえりなさい、ロイさん。朝早くからお疲れ様です!」
なぜなら、監禁していたはずのオルガと、すでに目覚めてエプロンを身に着けているメラニアが仲良く朝食を摂っているからだ。
その背後、給仕をする形で立つルカがどことなく目を泳がせている。
拘束はしていないものの、部屋からは出られないよう鍵を閉めていたというのにどうやって逃げ出したというのだろうか。
(いやぁ、驚いた。隠密スキルはあなどれないね。拘束していたとしても抜け出していただろうな。さて、これは緊急事態だ)
まずは状況を把握しなければならない。そのためロイは躊躇なく天眼を発動させた。
「ルカくんも一緒に食べようって誘ったんだけどロイさんが帰るまで待つというので。さ、座ってください! ルカくんも! 今度は私が準備するから」
「えっ、あの」
「ルカくんたら働きっぱなしでしょ? 私たちは同じ従業員なんだから、私にもやらせてくれないと不公平だわ」
戸惑うルカの背を押し、メラニアは彼を半ば強引に椅子に座らせた。
その時点でロイは全てを把握していたので、思わずフッと笑ってしまう。
今のところ、オルガに無茶をする気はないらしい。余裕そうに見えるが彼女もまた、ロイの出方がわからず戸惑っているのだ。
そのため、今からロイの腹を探ろうというのだろう。もちろん正面から受けて立つつもりだ。
「好意には応えなければね。ルカ、上手にもてなされるのも紳士に必要なスキルだよ」
「わ、わかりました」
「それはロイさんもですよ? さ、座ってください」
「やぁ、メラニアさんはもてなし上手だ。喜んで座らせていただきますよ」
好きな人にエプロン姿で迎えられてロイはご機嫌だ。
緩む頬をそのままにメラニアに言われた通り席につくと、斜め前の席でにっこり微笑んだオルガに声をかけられ現実に引き戻される。
「私ももてなされるのが上手かしら」
実に含みを持たせた笑みだ。
しかしそういうことならロイも負けてはいない。
ロイは笑顔を崩さず涼しい顔で答えてみせた。
「ええ、立派なレディーですね。ところでご気分はいかがですか?」
「あまりいいとは言えないわねぇ。なぜか首が痛むのよ」
「おや、寝違えてしまったのですかねぇ。心配です」
「夢の中で誰かに首を絞められたような気がするの。とても苦しかったわ」
「ずいぶん夢見が悪かったようですね。貴女にはまだ休養が必要なのでしょう」
「休んでなんかいられないわ。今すぐにでも仕事の話をしましょう?」
「今ここで、ですか? レディーはなかなかせっかちなところがおありなのですね」
にこにこ、にこにこ。
互いに一歩も譲らぬ笑顔の応酬が繰り広げられている。
さすがに違和感に気づいたメラニアが、こそこそと近くにいたルカに声をかけた。
「ね、ねぇ、ルカくん。二人の笑顔が怖いのだけれど……気のせいかしら?」
「えっと。ボクもなんとなく、そんな気が、します……?」
事情を知るルカはしどろもどろになりながらもなんとかそう答えた。
居た堪れなくなったメラニアは、控えめな声でロイに問いかける。
「あの、少し席を外しましょうか?」
「ああ、メラニアさん。貴女はなんて気遣いのできる優しいレディーだ! けれど心配には及びません。貴女はもううちの従業員なのですから、仕事の話も一緒に聞いていてください」
「そう、ですか? ふふ、わかりました!」
不安そうな表情を浮かべていたメラニアだったが、一緒に聞いてほしいと言われて嬉しそうに頬を綻ばせている。
(ああ、素直で愛らしい。やはりメラニアさんには癒されるね)
まだロイの正体を明かすことはできないが、ともに働く以上できる範囲で秘密はなくしたい。
メラニアを危険な目に遭わせないのと、彼女が事情を知ることは別問題だ。むしろ事情を知っていたほうが安全なこともあるのだから。
「実は、僕の家族に厄介な頼まれごとをされてしまいまして。僕のスキルはいろいろと便利に使われることも多いのですよ」
「それはなんとなくわかる気がしますけど。それとオルガさんになにか関係が……?」
なんでも見通せる力は脅威だ。犯罪も詳細を全て見抜くことができるロイの天眼を、喉から手が出るほどほしがる組織は山のようにいる。
さらにルカによる契約スキルで真実をありのまま答えることを約束すれば、ロイの証言はそのまま絶対的な証拠となるのだから。
もちろんそういったしがらみとは一切かかわりたくないロイは、全てを力でねじ伏せ大人しくさせていた。
引き受けるのは家族からの頼みだけ。それもロイが納得しない限りなにがなんでも断る姿勢だ。
メラニアの疑問に小さく頷いて答えたロイは、続けて口を開く。
「僕のスキルを使う依頼は基本的にはあまり表沙汰にできないものばかりです。そのため、詳しい説明まではできないのですが……端的に言いますと、事件の渦中にいるオルガさんを保護しなくてはならなくなったのです」
「ええっ!? だ、大丈夫なのですか!?」
「ちょ、聞いていないわよ!?」
ロイの説明を聞いて、メラニアは慌てたようにオルガに振り返った。
一方、当の本人であるオルガはメラニアよりも驚いている。そのことにメラニアはさらに目を丸くした。
「え、オルガさんも知らないのですか?」
「えっ!? ……ええ。私も事件解決のために動く側だと思っていたから」
二人の女性がロイのほうに顔を向ける。
ロイはメラニアに向かって一度微笑むと、オルガに視線を移して言葉を続けた。
「貴女はご自身の体をもう少し労わるべきですね。以前のケガもまだ完治していないでしょう? 無理をしては取り返しのつかないことになります」
「今無理をする必要があるのよ!!」
「ああ、ほら。落ち着いて。話は最後まで聞くほうがいいですよ」
ガタンと大きな音を鳴らして立ち上がったオルガを、ロイは冷静な声色で制す。
両手を胸の前で握りしめて緊張するメラニアを見たオルガはハッとしたように動きを止めると、渋々といった様子で再び椅子に座った。
「貴女の大切な人は、僕の実家が保護する手筈となっていますから」
「……え?」
しかし、続くロイの言葉にオルガは顔を上げる。
「ついで、と言うのはあまり適切ではない気がしますが。彼のことは我が家の専属医師が診る手筈となっています。……時間はかかりますが、彼の病はちゃんと完治するそうですよ」
オルガは、今ロイが何を言ったのかすぐには理解できない様子だ。
目を見開いて動きを止めたオルガを、ロイは穏やかな表情で見つめた。