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33 人生で最も不快な夜


 そうは言ってもデルロイは女性相手に非情にはなりきれない。

 すぐに手を離すと、オルガはその場に座り込んで激しく咳きこんだ。


「ごほっ、はぁ、はぁ……ふふ、なぁんだ。ちゃんと女にも怒れるのね」

「おかげで最悪の気分だ」

「貴方の初めてをもらっちゃったわね。ああ、もうそんなに睨まないで。悪かったわよ」


 実際、デルロイは極めて不快だった。

 男と違ってほんの少しでも力加減を間違えれば死んでしまいそうな細い首。その感触が残っており、手が震えている。


(怒りに任せて絞めることもできないくせに、手を出してしまった)


 こんなことは、初めて人を殴った時以来だ。

 あの時と違うのは、爽快感が一切ないということ。そして二度と女性には手を出したくないという激しい後悔だ。


 一方でオルガはこんな状況であっても冗談めかしてばかりだ。

 一歩間違えれば死んでいたとわかっているはずなのに、その態度を崩さない。


 デルロイの不快の原因はそういったオルガの態度にもあった。


「こんな仕事を長くしているとね、なかなか素直になれないの。いかに自分のペースに持っていくかが生き延びるための鍵になるのだから」


 ただ、そう感じていることはオルガにも伝わっているらしい。

 相変わらず軽い口調ながら、バツの悪そうな表情からそれが窺えた。


 オルガは一度呼吸を整えると、今度は真面目な表情を浮かべて静かに口を開く。


「彼女の……メラニアちゃんのことは、本当に申し訳ないと思っているわ。巻き込みたくないというのは紛れもない本心よ。貴方なら……その目でわかるでしょう?」

「でも俺を信用できないから、あんな方法を選んだ、か。町で会ったのは本当に偶然だったようだな」

「ええ。だから悪魔の囁きに耳を傾けてしまったのよ。もう二度としないと誓うわ」


 デルロイは容赦なく天眼を発動させた。メラニアに関わることだ、出し惜しみも相手への気遣いもする気はない。

 おかげで彼女が本心からメラニアを二度と巻き込むつもりはないことを知れた。


 天眼は全てを見抜くが、デルロイの中にはモヤモヤとした疑念が残る。

 真実は必ずしも心を晴らしてくれないことくらい、デルロイにもわかっていた。


 実際、安心などできようもない。オルガの意思など関係ないところでメラニアが巻き込まれてしまう可能性は排除しきれないからだ。


(彼女と関わらせてしまったことが悔やまれる……あの夜、助けてやるべきではなかったか?)


 そうはいっても過去には戻れない。

 デルロイにできるのは、全力でメラニアを守ることだけだ。


 そのために、少しでも情報を集めておくのが今の仕事。


「二日後、私は王太子を殺すわ」

「夫のためだな」

「は、視たのね? その通りよ」


 天眼で見通した内容を嘘偽りなく伝えたオルガに対し、デルロイは少しだけ彼女を見直した。


 思えば彼女は多くを語らないだけで嘘をついたことはない。そもそも、デルロイの能力を知った上で接触してきているのだ。

 そのうえで、こちらを利用しようとする手口が実に巧妙。女性に弱いという情報をうまく使っていることを抜きにしても、知られたって構わないという捨て身の覚悟が感じられた。


「ずっとのらりくらりとその依頼を避けていたのだけれど、そうも言っていられなくて。依頼主の雇った暗殺者はことごとく失敗したみたいだし。本当に使えないヤツばっかり。王太子なんか私の知らないところで殺してくれていたらよかったのに」

「ずいぶん不敬な物言いだな」

「気にしてなんかいられないわ。王太子の生死なんて私にとってどうでもいいもの」


 そしてその捨て身の態度は、ここへきてより強まっているように見える。


(あまりにも自己犠牲の精神が強すぎる)


 自分などどうなってもいいから、愛する夫を救いたい。


 その思いが、今のデルロイにはよくわかるからこそ憎み切れず、不快極まりなかった。


「まったく……愛する者を人質に取るとは非人道的なことをする依頼主だね。もっと早い段階でそのクズとの関係を切っておけばよかったのに」

「金払いがいいんだもの。でも、そうね……ギリギリを狙いすぎて、いつまでも雇われていたのが間違いだったと認めるわ」


 オルガがこんなにも危険な仕事を続けているのは、すべて病に倒れる夫の薬代を稼ぐため。

 だというのに、その夫を人質に取られてしまっては元も子もない。


 デルロイは、愛のせいで詰めが甘くなってしまったオルガを冷めた眼差しで見つめた。


「でも、今更よ。私は依頼を遂行する。夫のためならなんだってできるの。貴方がメラニアちゃんのためになんでもできるようにね」


 挑戦的に蠱惑的な笑みを浮かべたオルガに対し、デルロイもまたうっすらと口元に笑みを浮かべる。ただし視線は相変わらず冷たいままだ。


 二人の視線が交わった次の瞬間、フッとその場からオルガが姿を消した……かに見えた。


「そうさ、俺は彼女のためならなんだってできる。君を拘束させてもらうよ、レディーオルガ」

「っ、く、離してっ」


 オルガが姿を消すより早く、デルロイの腕が彼女の背後から首に回っていた。

 暴れもがくオルガだったが、当然先ほどのようにデルロイはびくともしない。


「隠密スキルだっけ? そんなもの、俺の目の前にいる限り無意味さ」


 天眼は全てを見通すのだ。次に彼女がとる行動などもすべてお見通し。


 加えて持ち前の反射神経により、オルガが逃げる前に捕らえることに成功したというわけだ。


「大人しくしたほうがいい。諦めるんだね。……俺の勝ちだ」

「ふざ、けっ……ぅ」


 デルロイは細心の注意を払ってオルガの首を腕で絞めていく。

 暴れ続けていたオルガだったが、次第に力が抜けて数秒後には彼の腕の中で意識を失った。


 念入りに天眼でオルガの具合を確認した後、デルロイは大きなため息を吐きながら彼女を軽々と抱き上げる。


「レディーの意識を刈り取ってしまったな……それだけは絶対にしたくなかったのに」


 己のポリシーに反する行動も、愛する女性のためならいくらでもする。


 恋は盲目とはよく言うが、愛も盲目だ。

 デルロイとて、オルガのようにいつ愛によって転落するかわかったものではない。


「最悪な夜だ」


 軽く舌打ちをしたデルロイは、オルガを抱えたまま夜の闇に消えた。


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