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32 月夜の逢瀬は危険な香り


 結局、ロイはクレイグへの返事を保留にした。


 クレイグはとても優しく、ロイの嫌がることはまずしない。

 もちろん長兄ライアンも優しいのだが、彼はうまい言い回しと報酬を餌になかなかの頻度でロイを使ってくる。

 普段からロイも尻拭いをしてもらっているため、断れないという事情もあった。


 一方クレイグは良心の塊だ。騎士になりたいと心から願い、どこまでも努力のできる人物であり、正義感の強いまっすぐな男である。

 だからこそ無暗に弟の嫌がることはしないし、話題に出すこともない。


 そんな兄からの頼みを引き受けないという選択肢は、ロイにはなかった。


 だがその前に少し気になることがある。それを調べてからでないと引き受けることはできない。


 だからこそ、返事を保留にしたのだ。


(メラニアさんを、ほんのわずかでも危険に晒したくはないからね)


 今のメラニアはロイに近い存在だ。調査の段階でロイの存在がバレ、彼女に危険が及ぶ可能性はないとも言えない。

 ロイとルカだけであったならいくらでも対処のしようがあるのだが、何も知らないメラニアを巻き込むわけにはいかない。


 だがもし巻き込むことになったとしたら、彼女にはある程度の事情を伝える必要がある。

 いや、メラニアには知る権利があるのだ。


 ロイの少し気になることとは、メラニアがすでに関与しているのかどうか、だった。


 いつも通りの日常を終えた深夜、メラニアもすでに二階の自室でぐっすりと眠っている頃だろう。

 ロイは夜闇に紛れるよう黒い外套をサッと羽織ると、外出の準備をした。


(さて、彼女がすぐに見つかればいいけれど)


 近頃、妙な縁ができてしまった女性オルガ。できることならもう二度と関わりたくない人物だが、嫌な予感ほど当たるものだ。


 天眼で詳しく見たわけではないが、ロイの直感が今回の件には彼女となんらかのかかわりがあると告げていた。


 いや。なんらかの、とぼかさずに言うのなら。


「彼女が実行犯だろうね」

「……オルガさんですか」


 なんの気なしに呟いた一言に、ルカからの質問が飛ぶ。

 ロイがちらっと後ろを振り向くと、じっとこちらを見上げる水色の瞳と目が合った。


「そうさ。今度はしっかり視て(・・)くるよ」

「……罠では?」


 ルカがそう訝しむのも当然だ。いろいろとタイミングが良すぎる。

 もしかすると、町でオルガがメラニアと会ったことも意図的だったとさえ思えるほどだ。


 オルガはあえてメラニアに話すことで間接的にロイに事情を伝えた。

 王城への侵入者の件は遅かれ早かれロイの耳に入る。その上でオルガの話を聞いていれば繋がりに気づくだろうという思惑があったのだろう。


 つまり、これはオルガからのメッセージなのだ。間違いなくロイを誘い出そうとしている。


 それもロイが断れない状況を作り出して。なかなか嫌な手を使う女性だ。


 直接オルガと会ったのがロイではなかったため、彼女の真意は正直なところよくわからない。


 メラニアに語ったことが本心だというのならば、この仕事にオルガは乗り気ではないということだ。助けてほしいというメッセージとも受け取れる。


 しかしそれが嘘で、ただ誘い出すための罠だったとして。


 わざわざロイに気づかせるようなことをしたのはなぜなのか。

 仕事をする上で、ロイという厄介者の存在は邪魔でしかないはずだ。


 いずれにせよ、ここであれこれ考えていたって仕方がない。

 ロイは頭が良いほうだが、頭を悩ませるのは性に合わない。


 わからないなら直接視る。

 考えるよりも行動に移す。


「罠かもね」

「っ、では……!」


 心配そうに瞳を揺らすルカに向けて、ロイは口の前で人差し指を立てながらにこりと紳士的に微笑む。

 その姿にルカが息を呑んでいる間にサッと耳飾りを装着した。


 一瞬で赤髪赤目に姿を変えたロイは同時に前髪を乱暴に掻き上げると、今度はデルロイらしく獰猛な笑みを浮かべた。


「俺を誰だと思ってる? それよりルカ。留守の間、メラニアさんを頼んだよ」

「! はいっ!」


 心配顔だったルカの表情が自然と笑みに変わる。

 責任重大な任務を任されたルカは、力強い頷きとともにデルロイを見送った。


 ◇


 月の明かりが眩しいくらいの夜だった。

 満月ではないのだが、雲がないからか深夜でも足元まで見える。


 闇に紛れることを生業とする者には少々過ごしにくい夜でもある。いや、彼女にとっては今夜の明るさは願ってもないことだったのかもしれない。


「来てくれたのね」


 建物と建物の間の闇からスッと姿を現したオルガは、初めて会った時と同じぴったりとした黒いドレスを身に纏って近づいてくる。

 所作の一つ一つが艶めかしく、まるでデルロイを誘惑しているかのようだ。


「招待をしてもらったからね。あんな回りくどい誘い方をしなくても、君からの招待ならいつだって受けたというのに」

「ごめんなさいね。人を疑うのは癖なの」

「……へぇ?」


 デルロイは、冷たい眼差しでオルガを睨みつけた。


 ゆっくりと月明かりの下に出ようとしていたオルガはビクッと体を震わせ足を止め、驚いたようにその灰色の目を丸くした。


「今回に限っては、悪手だったな」

「っぐ」


 ほんの一瞬でオルガに近づいたデルロイは、彼女の首を右手でつかむとそのまま建物の壁に勢いよく押し付けた。


 まるで、明かりの下に出ることを許さないとばかりに、建物の影へ。


「覚えておけ。鑑定士ロイなら許してくれただろうが、血紅の公子デルロイ・スカイラーは違う」


 オルガが必死でデルロイの手をどかそうともがくが、びくともしない。


 デルロイの真っ赤な瞳がギラリと光る。


「彼女を……メラニアさんを巻き込むことだけは、たとえ美しい女性であっても許さない」


 この日、デルロイは生まれて初めて女性相手に敵意を向けた。


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