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31 服職人は顔見知り


 骨董品店が服飾店も営み始めて数日後。

 メラニアの宣伝のおかげか客足も上々だ。とはいえ混雑するほどでもなく、ロイの想定通りちょうどいい忙しさだった。


 これもあと数日もすれば落ち着き、ほどよくのんびり営業できるだろうと予想している。


 そんな折、服飾店のほうに例の服を卸しにきてくれる近衛騎士が訪れた。

 客足の途絶えた夕刻、出迎えたのはメラニアだったが、ロイは店内の奥から笑顔でずっと近衛騎士を見つめ続けている。


「こんにちは、騎士様。お店の場所、すぐにわかりましたか?」

「こ、こんにちは、メラニアさん。店の場所は、まぁ、そうですね。すぐにわかりましたよ。は、ははは……」


 ロイの強めな圧がかかった視線を受けて、少々しどろもどろになる騎士に対し、メラニアはやや首を傾げている。

 そんな時、ロイが店の奥から歩み寄り、笑顔のまま騎士に声をかけた。


「お久しぶりですね。まさか近衛騎士ともあろうお方が、市井の小さな店に足を運んでいたとは。これからは取引相手として、僕とも仲良くしてくださいね、クレイグさん」

「は、ははは! お元気そうで、な、なによりだ! こちらこそよろしくお願いしますよ、ロ、ロイさん」

「ロイさん、お知り合いだったんですか!?」


 二人は顔見知りだったのかと驚くメラニアに、ロイは「ええ」と頷きながら答えた。

 メラニアはどこか納得したように頷き返す。


「そういえば、心当たりがあると言っていましたもんね」

「貴族は結構顔が広いのですよ。直接かかわったことがなくとも、顔と名前は知っていたりするのです」

「あ、聞いたことがあります。貴族はいろんな人の名前と顔を覚えなきゃいけないって。なんだか大変ですね……」

「正直、忘れていてもなんとかなりますけどね」


 ロイが冗談めかしてウインクしながら告げると、メラニアはクスクスと笑った。


 そんな二人の様子を見て、騎士クレイグは驚いたように目を丸くしている。


「でも騎士様とは親しそうですね。お名前で呼び合っていますし!」

「仲良くさせてもらっていますよ。ね、クレイグさん」

「そ、そうだな! 仲がいいな! はははははは!!」


 話を振られ、あからさまに動揺を見せるクレイグにロイは呆れたようにため息を吐いたが、時間を無為に過ごすわけにもいかない。

 仕事の邪魔をしないよう、ロイは店の奥に一歩下がって様子を眺めるに留めた。


 クレイグの様子は終始どこかおかしかったが、納品された服がどれも素晴らしい出来であったため、メラニアはそちらに気を取られているようだ。

 値段設定と次回作の方針などを軽く話し、クレイグはようやく店を後にした。


 ご機嫌な様子で仕入れたばかりの服を並べるメラニアを横目に、ロイはそっと店の外に出る。

 目的はもちろん、今しがた店を去っていった騎士、クレイグだ。


 店の外に出ると、探すまでもなくクレイグは出たばかりのところで待っていた。ロイが出てくるのをわかっていたのだ。


「演技が下手すぎでは?」

「そっ、そうか!?」

「普通に接すればいいことなのに。本当に隠しごとのできない人だ」


 事前に簡単な事情を手紙で知らせていたというのにこれである。とはいえ、ロイもクレイグがこうなることは薄々予想していた。


「それで。当然、服を作っているのもクレイグ兄上(・・)なのだろう?」

「うっ、そ、そうだ」


 スカイラー公爵家の次男、クレイグ・スカイラーはバツの悪そうな顔で頭を掻いた。


 筋骨隆々で、戦闘系スキルを要しているように見えるクレイグだが、実は所持しているスキルは「裁縫」。

 将来は騎士になるという夢を叶えつつ、大好きな裁縫で服だけでなくあらゆるものを趣味で作るギャップのある兄である。


 それが今回、店にまで卸していると知ってロイはとても驚いた。

 たとえ家族であっても、天眼を使ってプライベートなことまで見たりはしないのだ。


 クレイグは幼い頃、周囲の心無い貴族たちから使えない次男だとか男子が裁縫などあり得ない、などといろんなことを言われ続けてきた。


 しかし、クレイグはそれら全ての声を実力で黙らせたのである。


 戦闘系スキルを持たない騎士は出世しない。

 そんな常識を血の滲むような努力で覆したクレイグを、ロイは尊敬している。


「それにしても、ルカから手紙が届いたときは肝が冷えたよ」

「なぜ冷えるんだい? 僕とクレイグ兄上の関係を秘密にさえしてくれれば何もしないよ」

「いやぁ、ははは。まさかあの服飾店がロイの店と合併するなんて。……しかし、服を卸しているのがよく俺だってわかったな?」

「服を卸しに来る変わり者の近衛騎士はクレイグ兄上しかいないよ。むしろ他にいるというのならぜひ話してみたいね」

「んぐぅ、父上以外には言ってなかったのに……っつーか、お前のその圧と勘の良さは怖いんだよ、自覚しろ」

「勘の良さもなにも、今回はわかりやすすぎるんだよ」


 眉間にしわを寄せて言う兄に、ロイは不服そうに肩をすくめた。


「それに、兄上なら僕くらい簡単に力で黙らせられるだろうに」

「スキルを使われたらわからないぞ。少なくとも絶対にケガをする。俺はケガはしたくないんだ」

「それでよく近衛騎士になれたよね」


 クレイグは、大好きな裁縫ができなくなるのが嫌で手のケガだけは避けたがっている。

 だからこそケガなどしないように誰よりも強くなったのだと言うが、努力の方向が斜め上だ。


「デルロイには何されるかわからん怖さがあるんだよ。っと、そんな雑談をするために待ってたわけじゃない。お前に相談があるんだ」


 兄が弟に向ける気さくな態度から一変、クレイグはピリッと張り詰めた雰囲気で声を潜めた。

 ロイも察したように口を閉ざすと、続くクレイグの言葉を待つ。


「最近、城内に暗殺者が送り込まれてくる」

「それはまた……物騒な話だ」


 今のところ城内に放たれた暗殺者たちは、優秀な城の兵士やクレイグたち近衛騎士が被害を出す前に捕らえているらしい。

 ただ相手側も一筋縄ではいかないようで、捕らえて拷問をしても口を割らない者が多く、自白しようとした者がいたと思えばその瞬間に突然死してしまうのだそうだ。


 要するに口封じである。

 そのためどこの手の者か、狙いは誰なのか。大体の目星はついてるが確信はない状態なのだという。


 ロイは続くクレイグの言葉を察して一気に嫌そうな表情を浮かべた。


「そんな顔するなよ。言いにくいじゃないか」

「言いにくくさせてるんだよ」


 要は天眼で、その目星をつけた犯人候補を調べてほしいと言うのだろう。

 ロイは額に手を当て、頭を横に振りながら大きくため息を吐いた。


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