30 鑑定士はいつも彼女に救われる
「なるほど、あのレディーが」
「彼女が自分でスキル持ちだと言ったわけではないのですが。姿を消した様子からして、それしか考えられなくて」
そこに思い当たったことで、今度は彼女の悩みがスキルによるものなのではないかと心配になったのだとメラニアは語る。
全てを聞き終えたロイはふむと一つうなずくと、自身の考えを述べていく。
「悩みの内容まではわかりませんが、メラニアさんの推測は正しいですよ。彼女は、レディー・オルガはスキル持ちです」
「えっ、知っているのですか」
「ええ、まぁ。彼女から直接聞いたわけではないのですけれどね」
苦笑とともに申し訳なさそうに眉をハの字にしたロイは、せっかくの機会だからと自分のことも少し打ち明けることにした。
「僕のスキルは、天眼というものです。ただの鑑定眼ではなく、この目で見るだけでこの世の全てを見通すことができます。……人の秘密も、嘘も」
子どものころは扱い方がわからず、見ようと思わなくとも見えてしまうことが多かったこと、今は見ようと思わなければ見えないこと、それでも状況と体調によっては意図せず見えてしまうこともあること。
ロイは包み隠さず伝えた上で、メラニアに向かって頭を下げた。
メラニアは驚いた様子で慌てていたが、ロイはそのまま言葉を続ける。
「雇ってからお伝えするなんて、卑怯でした。……もし、メラニアさんが僕を怖いとお思いなら」
後出しの情報だとロイもわかっていたのだ。それでも、彼女には近くにいてほしかった。
メラニアの気持ちを無視した、自分勝手な行いだ。
(今、こうして打ち明ける機会があってよかったのかもしれないね)
雇うことが決まったとはいえ、まだ始まったばかり。今ならメラニアも逃げることができる。
ロイは胸の痛みに気づかぬフリをして、目を伏せていた。
「思いません!」
「……え?」
メラニアの意志の強い声を聞き、ロイはハッとして頭を上げた。
目の前にはまっすぐな瞳でこちらを見るメラニア。どことなく怒っているようにも見える。
「ロイさんは、勝手に人を暴くようなことなんてしません。私はそう信じていますから。まさかその程度で私がロイさんを避けるようになると思っているんですか?」
「え、いえ、そういうわけでは」
「だいたい、知ったところで今更です! それなりに長い付き合いなのですよ? たとえば私のことを探っていたとしても、それでも私と親しくしてくれていたのはロイさんのほうじゃないですか」
黙っていたことに対する怒りではなく、信じてくれていないことに対する怒りだということは、天眼など使わずともわかった。
頬を膨らませていたメラニアは、その表情をフッと和らげ最後にこう告げた。
「だからロイさんも、怖がらなくていいんですよ」
「……ああ、貴女には本当に敵わないな」
まだ隠していることはあるが、きっと彼女なら受け入れてもらえる。
そう勇気づけられるとともに、さすがに特大の秘密を打ち明けた時はそう簡単にはいかないだろうとも思う。
「オルガさんも、ロイさんのように悩んだりしているのかも……あまり深く立ち入ってはいけませんね。そっと見守ることにします」
「ええ……それがいいと思います。メラニアさんは優しいですね」
「そんなことないです! 私は無力な一般人ですから……それしかできないだけです」
人のために心を痛めることのできるメラニアが、無力であるはずがない。
少なくとも、今この瞬間ロイの心を癒してくれているのだから。
(いつかは、全てを明かしたい。貴女に)
複雑な胸中を抱えつつ、今はとにかく鑑定士ロイとしてメラニアとの距離を縮めたいと切に願うのであった。
◇
食事のあとは、いよいよ開店準備だ。
すでにマダムの店から運んできた服は揃っており、骨董品のスペースを少しだけ空け、半分は衣類を売れるように並べていく。
手狭になる可能性もあったが、マダムの店がもともと大きな店ではなかったため、意外と余裕もある。
それだけ、骨董品店だけだった時に店のスペースを余らせていたともいえた。
「服飾店のほうはまかせてくださいとおっしゃっていましたが……マダムのお店ではどこから仕入れをしていたのですか?」
衣類を並べる手伝いをしながら、ロイはふと疑問に思ったことを口にする。
メラニアの希望通り全てを任せる形にしたとはいえ、何かあった時のために聞いておきたかったのだ。
たしかマダムの服飾店は古着の買い取りも行っており、それをマダムやメラニアが手直しして並べることも多かったと聞く。
もちろん古着だけではなく、新しい服も多く扱っていたようだが、その仕入れ先を聞いたことはなかった。
「それがですね、実は私も詳しいことは知らないんです」
しかし、返ってきた言葉にはロイだけでなくルカも驚いたように目を丸くした。
商売をする上で、取引相手を知らないというのはあり得ないことだからだ。
「定期的に新品の服を卸してくださる方がいるのですが、ご本人の素性を調べないのが条件だそうで……。身元はきちんとしているとのことですし、何よりどれもこれも素晴らしい服なんです。仕入れるとすぐに売れてしまうほど人気で」
「そうだとしても、いろいろとトラブルになりませんか?」
「実は、売上金を一切受け取ってもらえないんですよ。服を作るのが趣味だとかで、売ってもらえないと誰にも着てもらわずに捨てることになるから、と」
おそらく貴族なのではないかとメラニアは思っているそうだが、だからこそ余計に詮索できないのだという。
「ずいぶんと変わった貴族がいるものですねぇ。道楽でしょうか」
「……ロイさんも、人のことは言えませんよね?」
クスッと笑うメラニアに、ロイは肩をすくめてみせた。
「自分で言うのもなんですが、僕のような貴族は本当に稀です。似たような変わり者なら耳に入っていそうなものですが……」
「表向きは隠しているのかもしれませんよ。ロイさんのように」
ルカの言う通り、貴族社会はいろいろと面倒だ。そういった変わったことをする貴族がいると目をつけられ、たいていは碌な目にあわない。隠しているのは賢明だ。
とはいえ、メラニアをよくわからない相手と仕事させるのは許容できない。
ロイは質問を続けた。
「身元がきちんとしているという根拠はなにかおありですか?」
「はい。店に服を持ってきてくださる方が近衛騎士様なんです。その方の知り合いだとか」
「近衛騎士が? それなら身分的にも信用できますが……しかし近衛が市井に……」
そこまで告げて、ロイは言葉をピタリと止める。
「ロイさん?」
急に動きを止めたロイを、首を傾げながら呼ぶメラニアの声で顔を上げる。
ロイは、なんとも言えない微妙な表情を浮かべていた。
「いえ。少しだけ心当たりがありまして。まさかとは思うのですがね」
珍しく歯切れの悪い物言いに、メラニアはさらに首を傾げた。