29 従業員同士の親交を
パンを抱えて帰ってきたメラニアの元気がない。
ロイは彼女がドアを開けたその瞬間、異変に気づいた。愛する者の変化には敏感なのだ。
「何かありましたか、メラニアさん」
「えっ? いえ、たいしたことは……」
「浮かない顔をされていますよ?」
「う、そんなに顔に出てますか?」
心配をかけまいとメラニアが素直に言わないだろうことも予想済みだ。慌てたように片手を頬に当てる姿が愛らしく、ロイは思わず口角を上げてしまう。
なにかあったのなら聞きたいところだが、無理強いをするのもよくない。
ロイは買ってきてくれたパンの袋を受け取りながら、気になることがあれば話くらいいつでも聞きますからね、と伝えるに止めた。
「ロイさん、メラニアさん。食事の用意ができました。ボクが店番をしているので先に召し上がってください」
そんな折、奥から姿を現したルカに対し、ロイはやんわりと首を横に振る。
「いいや、ルカ。これからは三人揃って食べよう。今後はお昼休憩で一度閉めるから」
「で、でも」
「せっかく従業員が増えたのだし、この時間はお客様も少ないだろう? それより、従業員同士の親交を深めよう」
「そういうことなら、わかりました」
自身の意思などどうでもいいというようにルカが即答するのを見て、ロイはやや困ったように微笑む。
本当は、ルカが慣れない相手と親交を深めることを苦手としていることはロイにもわかっている。
それでも主人の命は絶対だという意識が真っ先にきてしまうルカに、どことなく寂しさを覚えるのだ。
だが、焦ったところでルカの意識がすぐに変わるわけもない。
メラニアと関わることで少しずつルカにも良い変化が訪れることを祈るばかりだ。
結果として、三人で食事をするのはとても良い雰囲気となった気がする。
メラニアが一人増えただけで場の雰囲気が華やぎ、普段はあまり話さないルカも少しずつ会話に参加してくれたからだ。
社交辞令なのはわかっているが、無理矢理にでもルカは人と会話する機会を作ったほうがいい。
特に、メラニアのようになんてことのない「普通の会話」をしてくれる機会が。
「あの、もし失礼な質問だったらごめんなさい。答えなくてもいいんですけど」
食事を終え、ルカがお茶を淹れている時。どこか神妙な面持ちをしたメラニアが話を切り出した。
断る理由のないロイが笑顔で話の続きを促すと、メラニアは意を決したように口を開く。
「その。ロイさんは、なにかスキルをお持ちですか?」
「……スキル、ですか」
「はい。私は平民なので当たり前ではあるのですけど、周囲にスキルを持った人はいなくて。だから正しい知識もなにもない、ただの偏見なんですが……スキル持ちは、その。色々と苦労をする、と」
「なるほど」
先ほど、帰って来た時に様子がおかしかったことに関係するのだろうかと思いつつ、ロイは少し考えてから言葉を返した。
「まず、質問にお答えしますね。僕もスキル持ちです」
「そ、そうなんですね」
「ボクも、持っています」
「えっ!? ルカくんも!?」
お茶の乗ったトレーとともに戻って来たルカも話に参戦する。
これは実に珍しいことであったが、話の内容が内容だけにロイだけに注目するのを避けてくれたのだろう。従者としての気配りである。
その結果、メラニアは平民であるルカがスキルを持っていることのほうに驚いた様子をみせた。
「はい。平民ですが、ボクはスキルを持って生まれました」
「そうだったの……」
どことなく申し訳なさそうなメラニアの様子を見るに、スキル持ちである自分たちのことを心配しているのだろうことはすぐにわかった。
「そしてメラニアさんがおっしゃった偏見ですが……実際、その通りだと言わざるを得ないと思います」
ティーカップを傾けながらロイが答えると、ハッとしたメラニアがさらに心配顔を見せたのですぐに言葉を続ける。
「ああ、そんな顔をなさらないで。スキルを持つがゆえの苦労はたしかにありますが、よく考えてください。スキルがない人でも苦労はするものですよね?」
微笑みながらそう伝えると、ルカがわかりやすく説明を付け加えてくれた。
「メラニアさん。ロイさんは、生きていれば多かれ少なかれ誰もが苦労をする、と言いたいのですよ」
「そ、っか。そう、ですよね。なんだか私、特別視しすぎていたみたいですね」
「そう思うのも当たり前のことだと思います」
実際、スキルというものに馴染みがないまま過ごしていた人たちにとって、スキル持ちはどこか特別な存在に思えるだろう。
ロイはその中でもダブルスキル持ちというさらに稀少な存在だ。そのせいで崇められそうになった経験からも、一般人からどう思われるかなど想像に難くない。
「スキル持ちというだけであらゆる現場で即戦力になりますからね。当然、そういった面でのいざこざもありますし。だからこそ、あまり打ち明けない人も多いのです」
「! だというのに私ったら不躾に……!」
「大丈夫ですよ。お教えすると決めたのは僕ですから。ルカだって、自分から告げたでしょう?」
聞かれずとも、いつかは打ち明けるつもりだった。
だからこそロイは、メラニアのほうから聞いてくれたことが嬉しいのだ。彼女が申し訳なくことなんて何一つない。
「メラニアさんを信用していますから」
「ロイさん、ルカくん……」
自分とルカを交互に見るメラニアに頷きで返すと、ロイは穏やかな声色で語りかけるように告げる。
「なので、できればメラニアさんにも僕たちのことを信じてもらいたいのです」
暗に、何かあったのなら相談してほしいとロイは告げる。
彼女になら何を言われても、聞かれても、不快に思うことはないのだとわかってもらいたいのだ。
メラニアは目を丸くしていたが、ロイの思いが伝わったのかその後すぐに小さく頷くと、出かけていた時にあったできごとを話し始めた。