3、鑑定士は女性にとことん弱い
女性はギュッと自身の腕を抱きしめると、カウンターに寄りかかる。
胸の谷間が強調され、目の前にいた者は男性でなくとも視線がいくだろう。
しかしロイの視線は彼女の目に向けたまま、一切の動揺を見せずに店主として言葉を続けた。
「レディー、この店のことをどこでお聞きになられたのですか?」
「町の居酒屋で。手放したいアクセサリーがあると話したら、素敵な紳士たちがこの骨董品店に目利きの鑑定士がいると教えてくださったの」
「おや、それは光栄ですね」
「まさかこんなにセクシーな男性だなんてね。私はとても運がいいわ」
「運がいいのは僕のほうですよ。貴女のような麗しい女性に出会えたのだから」
ロイのことを長年見続けてきたルカにはわかる。
少なくともロイの言葉には一切の嘘がない。全て本心であり、彼女と会えて本当にうれしいと思っているだろう。
一方で女性のほうは何を考えているのかルカには読めない。
たしかに美しく魅力的な女性だとは思うが、ルカは彼女のことが恐ろしく感じる。
「早速だけれど、アクセサリーを見てもらってもよろしくて?」
「ええ、拝見させていただきます」
女性はそう告げると、持っていた小さなバッグから上質な布を取り出し、包まれていた銀のブレスレットを取り出した。
眩い輝きを放つ銀のブレスレットにはところどころに赤黒い宝石が埋め込まれている。
高価なものだということは、遠目に見たルカにもわかった。
「前の彼に貰ったものだから手放したいのよ。綺麗でしょう? でも捨てるのはもったいない気がして」
「実に良い品ですね。捨てるより売ったほうが良いとお考えになるのも当然でしょう」
「別にお金がほしいわけではないのよ。ただ手放したいの」
女性が下から覗き込むようにロイの顔を目だけで見上げてくるのを、ロイもまた真正面から見つめ返す。
まるで全てを見透かすようなロイの黒い瞳から目を逸らさない女性の胆力もたいしたものだ。
実際、ロイの目は全てを見通す。
彼の持つ『天眼』は、鑑定などよりもっとあらゆるものを見通すことのできる神の目とも呼ばれる強力なスキルだ。
嘘はついていないが本心は隠している、という小手先の誤魔化しも一切通用しない。
ロイが見るのは物事の本質であり、全ての真実。
彼に隠しごとは一切できないのだ。
黙ったまま見つめ合う二人の間には緊張感が漂っている。
ルカは離れた場所からその様子をただ見守っていた。
「……なるほど。ただ手放したいというのは本当のようですね」
「あら。私の考えていることまでお見通しなのかしら?」
「人は目で語りますからね。ただ、貴女の瞳を見ていると僕のほうが吸い込まれてしまいそうだ」
「お上手ですこと」
先ほどまでの緊張感はどこへやら、二人はまたしてもにこやかに笑い合っている。
女性はおもむろにブレスレットを手に取ると、もう片方の手をロイの手に絡めてきた。
手の甲にするりと指を這わせ、腕をなぞるように触れてくる女性に、ロイはただ穏やかに微笑んだまま好きなようにさせている。
最終的に両手で包み込むようにロイの手を取った女性は、ブレスレットをロイの腕にはめてうっとりと眺めた。
「あなたには、赤が似合うわね」
「……似合うのは赤だけですか?」
「ふふ、失礼だったかしら。貴方なら何でも似合ってしまうわね」
軽口を叩き合い、満足したのか女性はするっと手を離して立ち上がると、カツカツとヒール音を鳴らしながらまっすぐドアの方へと向かう。
ルカがハッとしてドアを開けると、女性は顔だけ振り返って去り際に告げた。
「ブレスレットの代金は鑑定費にしてちょうだい。私の目的は達したもの。またね、セクシーな紳士さん」
「ええ、またのご来店を心よりお待ちしております。レディー」
カランコロンと小気味良いドアベルの音とともにドアが閉まると、ルカはなんだか嵐が過ぎ去った後のような気分で一人呟く。
「結局なにがしたかったのでしょう……ロイさん目当てかな」
結局彼女はお金も受け取らず、ブレスレットの価値さえ聞きもしなかった。
鑑定費はたったの銀貨三枚なので、高価なブレスレットに見合うとは到底思えない。
であれば目的はロイなのかとも考えたが、どことなくそんな雰囲気でもなかった気がしている。
ロイは見目麗しく女性に優しい紳士なので、彼を目当てに用もなく来る女性は結構いるのだ。その一人といえなくもないのだが。
首を傾げるルカに、ロイはご機嫌な様子で腕にあるブレスレットに視線を落とす。
「気になるかい? ルカ」
ロイはおもむろに腕を伸ばし、ルカにブレスレットが良く見えるようにしてみせた。
赤黒い宝石が輝く銀のブレスレットには妖しい美しさがあり、たしかにロイに似合っている。
だが、ルカはすぐ異変に気づいた。
ロイの腕が、じわじわと黒い文様で埋め尽くされていくではないか。
「っ、ロイさん!」
ルカは慌ててロイのいるカウンターに駆け寄った。
おそるおそるロイの腕を取ると、黒い文様はブレスレットから漏れ出ており、ゆっくりと確実にロイの身体を侵食している。
バッと慌てて顔を上げたルカだったが、ロイに慌てた様子はない。
「彼女はね、僕を呪いにきたのさ」
まんまと女性のハニートラップにかかったというのに、ロイはあっけらかんとそう告げた。
「……なんで、そんなに女性に弱いのでしょうね、ロイさんは」
ルカの呆れたような諦めたような呟きが聞こえているのかいないのか、ロイは変わらず嬉しそうにブレスレットを眺めていた。