27 思いがけぬ再会
ロイにあれこれと家具を購入してもらった時はこんなにもいらないと思っていたメラニアだったが、いざ部屋に運び入れてみると計算されつくしたかのようにピッタリで、かなり住みやすい空間となっていた。
むしろ、メラニアが想定していた程度の家具だけだったら、立派な部屋に対して殺風景すぎてバランスの悪い部屋になっていたかもしれない。
そういった点でも、ロイの貴族的感覚はすごいと改めてメラニアは感心してしまう。
「そうは言っても、私には広すぎてなかなか慣れないけれど」
これまではベッドと小さなタンスだけの狭い部屋で暮らしてきた分、変化に戸惑うのも無理はない。
だが、この部屋の居心地が悪いというわけではなかった。
華美すぎず、それでいて質の良い家具は落ち着きのある空間といえる。
「きっと私に気を遣ってくれたのね。本当に……この恩をどう返していけばいいのかわからないわ」
結局のところメラニアにできるのは仕事をがんばることくらい。
ただ、あまり頑張り過ぎて忙しくなってしまうのはロイの望むところでもなさそうなのが難しい。
「ロイさんはカウンター内でのんびり本を読んでいるのが似合うものね」
その姿を容易に想像出来てしまい、メラニアはクスッと笑った。
店が大繁盛してしまったらそんな時間もなくなってしまう。それに、働き者のルカの負担が増えてしまいそうだ。
ほどよく地域の人を呼びこみつつ、忙しくなりすぎないように。それこそメラニアの腕の見せどころとなりそうだ。
「明日から本格的に始まるから、今日は町に出てそれとなくみんなに宣伝してこようかな」
ずっとマダムの服飾店で働いてきたメラニアは、実のところ顔が利く。行きつけのお見せや商売仲間など親しい人は多いのだ。
知り合いは商売人が多いこともあり、気軽に店に来ることも難しい人がほとんどなため、忙しくなりすぎないようにするにはちょうどいいかもしれない。
今日の予定を決めたところで早速メラニアは雇い主の下へ向かった。
「お一人で大丈夫ですか?」
「もちろんですよ。これまでだって一人で買い物に行っていたわけですし。あ! お店の手伝いをしたほうがいいですか?」
「いえ、手伝いはしなくても構いません。と言いますか、恐らくやることもないので……」
「ふふっ。でしたら軽く宣伝だけして帰ってきます。なにか必要な物があれば買ってきますが、どうします?」
にこっと笑いながら問いかけると、ロイは困ったように微笑んだ。
「そんな、貴女に荷物持ちをさせるわけにはいきませんよ」
「あら。これまでずっと買い物は一人でこなしてきたんですよ? 私はロイさんが思うよりずっと力持ちなんですからね!」
それなりの付き合いがあるため、メラニアはロイの扱いを少しだけ心得ている。
得意げにしてみせれば、ロイはそれを否定するようなことは言えなくなる紳士なのだ。
むしろ、やりたがるその意志を尊重してくれることをメラニアはよく知っていた。
「ふぅ、負けました。では、お昼用のパンを三人分お願いしても?」
「わかりました! お安い御用です!」
苦笑しながら軽く両手を上げるロイに見送られ、メラニアは骨董品店を出発した。
……のだが。
「大丈夫ですか!?」
知り合いの店を巡り、パンを買って帰ろうとした矢先、道の端で具合悪そうにしゃがみ込む女性を見つけたメラニアはすぐに駆け寄った。
昔から困っている人や具合の悪そうな人、静かに泣く子どもなどとよく遭遇し、その度にお節介を焼いてしまうのだ。
しかし声をかけた女性がふと顔を上げたことで、メラニアは驚いたように目を丸くする。
「あ、貴女は……」
「あら」
以前、骨董品店に来た美しい女性、オルガだったからだ。
オルガのほうも気づいたようで、小さく声を漏らす。
突然の再会に驚いたメラニアだったが、今はそれどころではない。キリッと表情を引き締めると優しく声をかけた。
「えっと、家は近くですか? もしよかったら……」
「ああ、いいの。家は少し遠くて。でも、そうね……どこか座れる場所はないかしら?」
「あっ、じゃあこちらへ! よかったらつかまってください!」
「ありがとう。ごめんなさいね」
よろよろと立ち上がるオルガを支え、メラニアは一番近くにあるベンチへ向かうと、彼女をゆっくり座らせた。
自称力持ちも伊達ではなく、オルガのことも危なげなく支えられている。
ベンチに座り大きく息を吐いたオルガは、心配そうな顔で隣に座ったメラニアに話しかけてきた。
「たしか、骨董品店で会ったわね」
「は、はい! その……」
「彼との関係が気になる?」
「えっ!?」
気にならないといえば嘘になる。だが今は純粋に彼女のことを心配していただけに、予想外の質問を聞いてメラニアは思わず声が裏返ってしまった。
クスクス笑うオルガは相変わらず顔色が悪かったが、先ほどよりは少しマシになったように見えた。
「ふふっ、かわいいわね」
「からかったんですか? ……もう。本当はお辛いのでは?」
「あら。意外と人をよく見ているのね」
「気に障ってしまったのならごめんなさい。ただあの時、怪我をしたところを介抱してもらったって話しているのを聞いてしまったので……経過が良くないのでしょうか」
メラニアをからかってくるくらいなので、あまり聞かれたくないのかもしれないとは思いつつ、怪我の具合によっては医者を呼びにいかなければならない。
そう思ってメラニアがおそるおそる訊ねると、オルガは優しいのねと目を細めながら気にするふうでもなく答えてくれた。
「薬はもらっているの。私が無理して動き回っているのが原因。だから自業自得なのよ」
「動かなければいけない事情がおありなんですね?」
「ふふ、わかる?」
オルガの笑みからはなにも読み取れない。客商売が長いメラニアだが、複雑な事情があるのだろう、ということしか察することはできなかった。
(どのみち、深く聞くのは失礼だものね)
メラニアはにこりと微笑むと、当たり障りない言葉をかけるにとどめた。
「あまり無責任なことは言えませんが、無理はしないでくださいね」
「事情を聞かないでくれるのね。ありがとう」
「いえ、そんな」
そこで話が途切れてしまったが、まだ顔色の悪いオルガを置いていくわけにも、どんな話を続ければいいのかもわからず、メラニアは気まずい沈黙の中ただ黙って隣に座り続けるのだった。