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26 鑑定士は急な胸キュンに弱い


 ロイは巧みな話術と誘導で見事、メラニアのための家具を色々と購入することに成功した。

 メラニアとしては、机と椅子、新しいクローゼットなど買う気はなかったのだが、なんだかんだとロイに乗せられてしまった形となった。


 一般的な女性にすぎないメラニアが、ロイの言葉巧みな説得に適うわけがなかったのである。


 そもそも住居もロイのものなのだから、退去することになったら置いていってくれれば問題ないと言われてしまえばメラニアにはもはや何も言えなくなる。


 もちろん、ロイはメラニアが退去することなどまったく頭にないのだが。


「他に必要なものはありませんか?」

「も、もう充分です……」

「そうですか? ではまた、何か足りないものがあった時には言ってくださいね。いつでもお付き合いしますから」


 にこにこと終始ご機嫌なロイに対し、メラニアはもう呆れ顔だ。

 あっさり言いくるめられてしまったことに少々拗ねる気持ちもあるようで、メラニアは口を尖らせながら文句を口にする。


「もう、ロイさん。わざと言ってますよね? 私が本当はそこまで必要ないって思っていること、わかっているでしょう」

「おや、バレてしまいましたね。怒っていますか?」

「いえ、怒りはしませんけど……」


 眉尻を下げながら問いかけるロイに、メラニアはやや視線を下げて言葉を続けた。


「どうしてそこまでよくしてくれるのかなって。だってきっと、本当は新しい従業員だって雇うほどではなかったのでしょう?」


 メラニアは戸惑っている。ロイとは仲が良いという自覚はあるものの、そこまでしてもらうのはなぜなのか、そしてそれに甘えてしまっていいのかを迷っているのだ。


(僕の基準で事を進めすぎたかな。これは反省が必要だね)


 さてどう説明すべきか、と一瞬だけ考えたロイはふと露店に視線を向ける。

 それからまずは座って飲み物でもいかがですか、とメラニアをベンチに誘った。


 温かなレモネードをメラニアに手渡し、自身も彼女の隣に座ってカップを傾ける。

 ロイにしてみれば甘すぎる飲み物だったが、心を落ち着けるのにはちょうどいい。


 ロイは一息ついてから、静かに口を開く。


「メラニアさんもご存じかと思いますが。僕の店は、普段とても暇なのです。貴族相手の商売はしていますが、店舗は本当に暇なのですよ。本当は町の人たちと交流をしたいのですが、ままならなくて」


 急に始まったロイの店の話に、メラニアは目を丸くしたがすぐに真剣に耳を傾ける。

 いつだって真面目に話を聞こうとしてくれるメラニアの姿勢もまた、ロイは大好きだった。


 自然と上がる口角をそのままに、ロイは話を続けた。


「そこへメラニアさんが来てくれた。マダムの店を少し引き継ぐような形で服飾店もできれば、お客様が来ますよね。そうすれば僕も交流の機会が増えるわけです」

「たしかに、初めて骨董品店に立ち入るのは少し勇気が必要でした」

「ええ。メラニアさんが薄々勘付いていたように、他のお客様方も僕が貴族だと勘付いているのでしょう。だからこそどうしても壁ができる。ですから、メラニアさんが架け橋になってもらえたら本当にありがたいのです」


 ロイの言葉に嘘はない。平民との距離を縮めたいとかねてから思っていたのはたしかなのだ。


 ただ、誰彼構わず親しくなりたいのかというとそうではない。半分以上は好奇心だ。


 それでも、市井に店を出しただけでは越えられないものはある。そろそろもうひと段階踏み込むキッカケはないかと考えていたところ、メラニアとミニィに出会った。

 貴族の雰囲気を醸し出すロイに気さくに接してくれる人は貴重だ。


 それが貴重ではなくなることこそ、ロイの望みの一つでもある。


「だから、本当に雇いたくて雇ったのですよ。仲の良い貴女だからなんの理由もなく、ではありません。もちろん、メラニアさんだからこそ誘いやすくはありましたけどね」

「そう、だったんですね。なんだか、それを聞いて安心しました」


 メラニアもロイの話を聞いてようやく納得できたのか、胸を撫で下ろしている。

 不安にさせていたのなら、最初から伝えるべきだったとロイは謝罪した。


「いえ。教えてくれてありがとうございます、ロイさん。それと改めて、これからよろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ。服の売り方は初心者ですから、色々と教えてくださいね」

「もちろんです。ぜひ教え合いましょう!」


 メラニアは突然降ってきた幸運でも、そのまま享受せず理由を欲する人だ。謙虚で慎重な姿勢は彼女の美点であるとともに、貪欲になれずチャンスを逃しやすいもったいなさもあるのだが。


(僕はメラニアさんの、こういう部分も好きだね)


 惚れた弱みというべきか、たとえメラニアが貪欲なタイプだったとしても愛おしいと感じたことだろう。


 ロイが愛おしげにメラニアを見つめているとメラニアがふと顔を上げ、目が合った。

 その瞬間、彼女の頬がポッと赤く色づく。


「ろ、ロイさんって、時々すごく優しい目をしますよね」

「……そう、ですか?」

「はい。なんというか……ちょっとくすぐったい気持ちになりますね」


 恥ずかしそうに俯くメラニアを見て、ロイの胸がキュッと締め付けられる。


 珍しく耳を赤くしたロイは口元に拳を当て、今は僕のほうがくすぐったいです、と誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。


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