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25 いつか兄妹からの脱却を


 ついにメラニアが骨董品店にやってくる日が訪れた。

 メラニアの持ち物は少なく、大きい革のバッグが一つ。もともと、物をあまり持たないようにしていたらしく、引っ越しの際の片付けもすぐに終わったという。


 大荷物であれば荷運びから手伝おうと思っていただけにロイは少し残念に思ったが、今はまず新しい部屋に彼女を案内することが第一だ。


 店内にメラニアを招き入れたロイは、彼女の持つ荷物をさりげなく自分が持つと、共に二階へと向かう。

 奥にある一室に彼女を案内すると、メラニアは目を丸くして驚いた。


「ほ、本当にこの部屋を使ってもいいんですか……?」

「ええ、もちろん。ルカと一緒に掃除をしたので、綺麗ですよ? あ、まだ埃っぽいですか?」

「ええっ!? 掃除までしてくれたんですか!? ロイさんとルカくん、自ら!? こんなに広いのに……」


 メラニアはロイと、さらに後ろからやってきたルカを交互に見ながら両手を口元に当てている。

 今日はこれから部屋の掃除をしようという心積もりだったらしい。


 その上、思っていた以上に広くてとても驚いたのだ。これまでメラニアが住んでいた場所の軽く二倍以上はある。


「言ってくだされば、せめて一緒に掃除したのに……」

「いえ、僕が無理を言ってメラニアさんを従業員にと誘ったわけですから。事前に過ごしやすい環境を整えるのは店主の務めです」

「それを言うなら、雇ってもらう私のほうがお店のために掃除をするのですが……ふふっ、もう。さては言っても無駄ですね? 降参です。ロイさん、ルカくん、本当にありがとうございます」

「ああ、その言葉が聞けるのがなによりも嬉しいですよ! ねぇ、ルカ?」


 話を振られたルカはこくりと一度首を縦に振ると、窓際へと移動してレースのカーテンをさっと開けた。

 外からの日差しが射し込み、物があまりないどこか殺風景な部屋が明るく照らし出される。


「ただ、ご覧の通り家具はまだ最低限のものしかご用意していませんので……今日はロイさんと一緒に家具屋へ行ってみるのはいかがでしょう?」


 ルカによる完璧なトスだ。あらかじめそう言ってほしいと頼んだわけではないが、優秀なルカは見事に気を回してくれたようだ。


 ロイはすかさず言葉を引き継ぐ。


「もちろん、家具は必要な物ですので経費で落とします。個人的に贈りたいところなのですが」

「い、いえいえいえ! そこまでしていただくわけにはっ! だ、だってほら、ベッドもありますしクローゼットだって」

「机も椅子もありませんし、敷物もありません。カーテンだってレースのものだけですし、不用心でしょう? クローゼットも小さいですからもっと大きなものに買い替えたっていいくらいです。あとはソファーにローテーブル、鏡台なんかも……」

「い、いりません、いりません! クローゼットも大きすぎてスペースがあまるくらいですから! あ、あのっ、敷物とカーテンだけでいいのでっ!」

「おや、それは残念」


 ロイはクスッと笑ってそれ以上の言葉を止めた。


 実のところ、この流れは完全にロイの狙い通りだ。

 メラニアは絶対に遠慮して買おうとしないだろうと見越して、あえて大げさにあれこれ伝えたのだが、ロイの作戦が功を奏したというわけである。


 これなら買い物中、やや強引に机と椅子くらいは追加で買っても大丈夫そうだ。ロイは満足げににっこりと微笑んだ。


「メラニアさん。荷物の片付けに時間がかからないというのなら、これから買い物に行きます? それとも明日にしますか?」

「そう、ですね。早いうちに仕事もしたいので、今日行ってこようかと思います」

「おや? まさかお一人で行くつもりですか? 僕もお供しますよ」

「えっ、そんな」

「悪くはありません。従業員の住環境を整えるのは雇用主の仕事。それに、僕には伝手があるのでお値打ちで購入できますよ」

「そ、そうなんですね。では、お言葉に甘えて……お願いします」

「喜んで!」


 こうしてまんまとメラニアとの買い出しという名のデートの約束を取り付けたロイはさらにご機嫌な様子で笑みを深めた。


「家具の受け入れは僕がしておきますので、お二人はどうぞゆっくり買い物をしてきてください。色々と入用でしょうし」

「そんな、ルカくん。そこまでは……」

「そのほうが時間を効率的に使えますので。どうせ服飾品を売るまで店も暇ですし、やることもありませんからお気遣いなく」


 あまりにも淡々と話を進めるルカに、メラニアは目を丸くする。

 ロイからしてみればルカのこの態度はいつものことなのだが、メラニアにとっては初めてかもしれない。


 ルカは基本的に丁寧な所作と物言いをするが、これまで客として接してきたメラニアに対しては必要以上に言葉を発していなかった。

 そのため、今のルカは少々冷たくも感じるかもしれない。メラニアがルカのことを誤解してしまう可能性も否めなかった。


 今後は従業員としてともに働くことになる。ロイは今のうちからメラニアの反応を見ておきたかった。


 しかし、そんな心配をよそにメラニアはふわりと微笑んだ。


「ルカくんの言う通りね。それじゃあ、お願いしようかな。本当にありがとう」

「いえ……礼には、及びません」


 メラニアの優しさを知っていたため大丈夫だろうとは思っていたが、ロイはホッと胸を撫で下ろす。

 ルカもまた、メラニアの反応に少々戸惑っているようだが、嬉しいと感じていることがロイにはわかった。


「ありがとうございます、メラニアさん」

「えっ、なぜロイさんがお礼を言うんですか?」


 三人で一階に下り、ロイとメラニアの二人で店の外に出た時、ロイは改めて礼を告げる。

 首を傾げるメラニアに、ロイは笑みを浮かべて言葉を続けた。


「ルカはとても有能なのに、僕以外の者に礼を言われたり褒められることに慣れていないので。どうかこれからもルカとたくさん話してやってください」


 ルカはいろいろと訳ありの人生を送っている。きっと気になるだろうに、メラニアはあえて触れずに微笑み返してくれた。


「ロイさんは、本当にルカくんを大事に思っているんですね。まるで弟のように」

「ええ、弟のように思っています。ルカも僕のことを兄のように思ってくれればいいのですが、なかなか」

「ふふっ、仕えるべき主人、という感じですもんね」

「そうなのですよ。こういう時、貴族という立場が恨めしいですね」


 ロイの言葉を聞いてメラニアがクスクス笑う。貴族という単語を聞いても、こうして笑ってくれるのがロイには心地好い。


「じゃあ、私はルカくんの姉を目指します。同じ平民ですから、ロイさんより早いかもしれませんよ?」

「おや、強力なライバルが現れてしまいましたね。ですが……」


 挑戦的なメラニアの態度に刺激されたのか、ロイは少し屈んでメラニアにだけ聞こえる小声で続ける。


「メラニアさんと一緒にルカの兄弟になるということは、僕とメラニアさんも親しくなれるということですね?」


 肩を揺らし、みるみるうちに頬を赤く染めるメラニアを、ロイはにこにこと眺めている。

 メラニアはそれを誤魔化すように慌てて返事をした。


「そっ、そうですね……そうなると、三兄妹弟(きょうだい)でしょうか」

「ふむ。まぁ、今はまだ兄妹で我慢するとします」

「あっ、ごめんなさい。さすがに気安くしすぎでしたか?」

「とんでもない! 心から嬉しいですよ」


 とはいえ、結局メラニアには敵わない。ロイの欲していた答えとまではなかなかいかないようだ。


(先は長いが……これからまだチャンスはある。いつかはメラニアさんに男として見てもらわないと)


 並んで歩きながら、ロイは心の中で決意を漲らせた。


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