24 浮かれる公爵家の末息子
妖艶美女、オルガの思わぬ襲来から数日後。
骨董品店を休業日にしたロイは、新しい従業員を迎え入れるための準備に勤しんでいた。
予期せぬ来客があったものの、オルガが退店したあの後、ロイは改めてメラニアを勧誘した。
「うちなら二階に使っていない部屋もありますし、住み込みで働けます。何かあれば僕やルカも一階にいますからとても安全です。かねてから一人、従業員を増やしたいと思っていたのですよ。ええ、本当です」
もちろん嘘である。ただでさえ暇な店なのだ。仕事がまずない。
しかし、もしマダムの店に置いていた服も一緒に売らせてもらえるなら、客も仕事も増えるだろう。メラニアの業務内容が大きく変わることもなく、メリットばかりだ。
ロイにとって最大のメリットは、いつでもメラニアに会えるという点なのは言うまでもない。
最初は遠慮する姿勢を見せていたメラニアだったが、マダムの後押しもあって最終的には首を縦に振ってくれた。おかげであれからずっと、ロイはご機嫌というわけだ。
「さて、ほぼ物置になっている二階を空けなくてはね。掃除もしておかないと」
「そうですね。ひとまず窓を開けてきます」
「頼んだよ、ルカ」
ロイとルカは普段、骨董品店の一階奥にある部屋を住居にしているので、そもそも二階には足を踏み入れる機会があまりない。
そのため現在は埃が舞っており、掃除は骨が折れそうだった。
とはいえ、メラニアが来てくれるというのならその程度の労力はまったく苦にならない。
以前、デルロイのせいで彼女が狙われたこともあり、かなり思い悩んだロイとしては、目の届く範囲にメラニアがいてくれるのは何よりも安心だった。
(もう二度と、あんな思いはしたくないね)
あと一歩遅ければ自分のせいで愛する人の命が失われていた、というあの事件は、ロイに大きなトラウマを植え付けた。
(レディーオルガ……彼女がいなければ間に合わなかったことを思うと、メラニアさんの命の恩人といえる)
数日前の夜、たまたま血を流し倒れる彼女を見た時はとても驚いた。
ロイの天眼を使って事情を調べてもよかったが、あえて詮索はしていない。面倒ごとに巻き込まれるのはまっぴらごめんだったからだ。
だからあの夜、本当なら彼女を助けるつもりはなかったのだ。
いくら女性とはいえ裏の世界で生きる者を、しかもロイを嵌めたことのある人物を助けるほどデルロイの心は広くないのだから。
だが、彼女はメラニアの命の恩人。
ロイにとってはあの夜に彼女を助けたことがすでに恩返しであり、彼女から改めて礼を言われる筋合いはなかった。
オルガ本人はわかっていないようだが、今後もロイは彼女に礼を頼むつもりはない。
(だがなんとなく、縁ができてしまった気がするね。いずれまた関わることになるのだろう)
その時はメラニアを巻き込まないでもらいたいものだが、はたして。
あの日以降、実のところロイは常に怯えているのだ。
普段は飄々としてそんな様子を表に出すことはないが、できることならメラニアを側に置いて誰にも見えない場所に閉じ込めておきたいくらいだった。
だがロイはメラニアの恋人ですらない。たとえ恋人であったとしても、閉じ込めることなどできるわけがないと理解はしている。
だからこそ、今回ロイの店の従業員として雇う件はまたとない好機であった。
そもそも、愛しい彼女と一つ屋根の下で過ごせるチャンスをこの男が逃すわけがない。
急に職を失ったメラニアには申し訳ない気持ちがあるものの、本心でロイはこの幸運に感謝していた。
「ロイさん。家具などはあまり勝手に注文すべきではないかと」
「なぜだい? 従業員の住居を整えるのは雇い主の義務だろう」
「行き過ぎた準備はメラニアさんも居心地が悪くなるかと思いますよ」
「……そういうものかい?」
「少なくとも、ボクは恐縮します」
「なるほど、経験談か」
放っておくと高級家具を揃えそうな勢いのロイのストッパーはルカだ。
公爵家の末っ子なだけあって、市井で暮らしてはいるもののロイの感覚はどうしても貴族寄りになってしまう。
一般的な感覚を持ち合わせており、最近になってロイに自分の意見を口にできるようになったルカが頼りだ。
「それに、せっかくならメラニアさんの意見を聞いたほうがいいのでは? 彼女にも好みがあるでしょう」
「それはその通りだね、ルカ。君は天才かな?」
「大げさです」
間違っていると思えば従者の言葉も素直に聞く。その上、大げさに褒めるロイはやはり貴族としては変わり者の部類に入るのだろう。
平民の子どもを従者にしたり、平民の女性に恋をしたり。
その恋する女性のために自ら埃まみれの部屋を掃除したり。
とても公爵家の息子がするようなことではないが、ロイはそんな自分が気に入っている。
暴れん坊のデルロイよりも、ありのままの自分でいられる鑑定士ロイが。