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22 チャンスは見つけ次第掴むもの


 メインストリートから一本外れた道を通り、入り組んだ路地を抜けた先に一風変わった骨董品店。


 客足はあまりなく、丸一日誰も来ない日もある店だが店主の鑑定士ロイは気にした風もなく今日もカウンターの内側で優雅に本を読んでいた。


 一見すると店の経営が心配になる状況だが、この店は貴族との取引が多い。その貴族たちはわざわざ店に足を運ばないため、表向きは暇そうに見えるだけなのだ。


 だが今日は珍しく客が来た。

 店内で棚の整頓をしていた従業員ルカがピタリと動きを止めて入り口に視線を向けると、数秒後にカランコロンと小気味いいドアベルの音が鳴った。


「こんにちは。ここは買取も引き受けていると聞いたのだけれど……」


 やってきたのは白髪の老婦人だ。腕には大きな荷物をいくつか抱えており、よくその細い身体で持ってきたものだと驚いてしまうほど。

 ロイは慌ててカウンターから出て老婦人の下へと駆け寄った。


「いらっしゃいませ、マダム。僕がお持ちしますよ」

「まぁ、聞いていた通りの紳士だこと。ありがとうねぇ」

「聞いていた通り、ですか?」


 ひょいひょいと老婦人が持っていた荷物をロイが軽々と受け取ると、彼女は嬉しそうに破顔しながらそんなことを言う。

 ロイが軽く小首を傾げた時、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。


「こんにちは、ロイさん」

「やぁ、レデイー・メラニアではないですか! ああ、こちらも大荷物だ。ルカも手伝ってくれるかい?」

「はい」


 老婦人の背後からひょこっと顔を出したのは、骨董品店の常連客でありロイの想い人、メラニアだった。

 彼女もまた老婦人と同じく、いやそれ以上の大荷物を抱えている。


「これほどの大荷物でしたら僕が伺いましたのに」

「まぁ、ありがとう。これでも厳選したのだけれど、つい嵩張ってしまったのよ」


 眉尻を下げて告げるロイに対し、老婦人はおっとりと微笑んだ。メラニアを見ると、困ったように肩をすくめているので、彼女も止めはしたのだとロイは理解した。


 受け取った荷物をカウンターに並べると、老婦人はそのうちの一つを開けて中を見せてくれた。


「これは見事なドレスですね」


 広げられた豪華なドレスを見て、ロイはふわりと微笑む。

 少々型は古いが今でも着られるほど状態が良く、欲しがる貴族はたくさんいそうだ。

 もちろんこれは着るのではなく、コレクション用だ。こうしたアンティークドレスを手元に置きたがる好事家は意外と多いのである。


「そうなの。実はねぇ、見ての通りあたしはもう働き続けるには厳しい年齢で。数年前、主人に先立たれてからというもの、子どもたちが心配してねぇ……」

「マダムのお子さんが一緒に暮らそうと言ってくれたみたいなんです。ただそうなると、この町を離れることになるそうで」


 老婦人の言葉をメラニアが引き継ぎ、どこか寂しそうに笑う。

 おそらく、老婦人はメラニアの働き先である服飾店の女主人なのだろう。


 ロイは頷きながら口を開いた。


「ではお店を畳まれる、ということでしょうか」

「ええ。このドレスも一応は売り物なのだけれど、うちは平民向けのお店でしょう? 売れるわけもなくってねぇ。息子の家に持っていくわけにもいかないから処分しようと思っていたら、メラニアちゃんがそれはもったいないって。それで、この店のことを教えてくれたのよ」

「とても綺麗だから、一度見てもらったらどうかと思って。値がつかないのであれば、その時に処分を決めても遅くはないんじゃないかって提案させてもらったんです」

「なるほど。そういうことでしたか。もちろん、鑑定を引き受けさせていただきますよ」


 なお、これらのアンティークドレスは全て老婦人が趣味で集めたものだという。

 売れないことはわかっていたためドレスは店内に飾られており、店のトレードマークにもなっていたそうだ。


 ロイはメラニアから銀貨三枚を受け取ると、早速ドレスを鑑定し始め、ものの数秒でほぅとため息を吐きながら結果を告げた。


「マダムはとても良い目をお持ちだ。どれも素晴らしいドレスです。大銀貨、いえ金貨を出しても良さそうですね」

「き、金貨……!?」

「ええ。貴族の中にはアンティークを好む方も多いですから、すぐに売れると思いますよ」


 老婦人はかなり驚いていたが、メラニアは予想通りだったのか笑顔で頷いている。


「ほら、言った通りでしょう? まだお店に何着かありますし、息子さんの家を改築できそうですね」

「ああ、ありがたいねぇ」


 どうやらマダムはドレスを売ったお金で住環境を整えるつもりだったらしい。

 きっと新築の家を建てたとしても、老後の生活に困らないだけのお金が手元に残ることだろう。


 ロイは老婦人が豊かな生活を送れるよう、少しでも高く売ろうと心に決めた。と同時に、脳裏に一つ疑問が浮かぶ。


「ところで、メラニアさんはマダムのお店で働いていたのですよね? お店を畳まれた後はどうされるおつもりなのでしょう?」

「あー……実は、これから次の働き先を探す予定なんです」

「私が紹介してあげられればよかったんだけどねぇ。ごめんなさいね、メラニアちゃん」

「いえ! これまでたくさんお世話になりましたから。どうとでもなりますから気にしないでください」


 つまり、メラニアはしばらく無職になってしまうということだ。

 それを知ってロイは反射的に提案を口にしてしまう。


「メラニアさん、よかったらうちで働きませんか?」


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