20、最強のライバルを超えて行け
メインストリートから一本外れた道を通り、入り組んだ路地を抜けた先にある一風変わった骨董品店。
今日も今日とて客足はあまりなく、いつだって閑古鳥が鳴いている状態だ。
それでも廃業せずに店が続けられているのは、店主が道楽貴族だからだとまことしやかに囁かれている。
実際そういう部分も否めないのだが、店に客が来ないだけで貴族との取引は意外に多い。
店主ロイの仕事は天眼を使った商品の鑑定と紹介くらいで、あとの細かな事務手続きは優秀な従者ルカが担っていた。
ルカは、ロイが強くなれと言えば他の追随を許さぬほどの格闘術を体得し、賢くなれと言えばあらゆる分野の勉強に勤しみ知識を蓄える。
笑えと言えば笑顔の練習をするし、面白い話をしろと言えば町へ出てどこからともなくネタを仕入れてくる。
おそらくルカはロイが死ねと言えばあっさりと命を差し出すのだろう。
そこに危うさが残るうちは、ロイも当分ルカを自分の下に置いておくつもりだ。
あらゆる経験をさせるために命令と称して指示を出す内に、ルカはとんでもない完璧超人になりつつある。
そのおかげで、いつも店のカウンター内でのんびり本を読む鑑定士ロイは、より暇そうに見えるというわけだ。
ロイとしては、ルカにもう少し人間味を習得してもらいたいと願っているのだが、その辺りはまだまだ時間が必要だろう。
そんなことをつらつら考えながら、ロイは今日もまたルカの人間味を上げるため話を自分から振った。
「聞いてもいいんだよ、ルカ」
「聞いてほしいなら、そうします」
ルカの事務仕事がひと段落ついた頃を見計らい、高めのスツールに腰かけて本を開くロイは彼を見ずに声をかける。
今日のロイはずっと上機嫌で、間違いなく昨日のデートが理由だろうとルカも予想はついているのだろう。淡々とした返事ではあるが、ロイの話したい内容には察しがついているようだった。
色々と根深いトラウマを植え付けられている忠実な従者は、自分から主人に雑談を振るということがまだできない。
だがやり取りはだいぶ改善してきたため、その成長を喜ぼうとロイは思う。
「雑談くらい気楽にしたっていいんだよ? さぁ、ルカ。僕になんでも聞いてごらん」
軽く両手を広げてロイが言うと、ルカは少しの間を置いて表情一つ変えずに質問を口にした。
「では。昨日のデートはいかがでしたか?」
実際、話題はロイが振らせたようなものだ。ルカが本当に聞きたかった内容かは定かではない。
空気を読んだルカがただ定型文を口にしただけではあるのだが、ロイはパァッと顔を輝かせた。
「よくぞ聞いてくれたね! 着飾ったメラニアさんはまるで女神のような美しさだったよ! 外見だけではないよ? 彼女の内面が美しいから、すべてが素晴らしく見えるんだ」
そこから延々と続くのはいかにメラニアが素晴らしい女性かという話。
自分が彼女のどんな部分に惹かれているのか、昨日のどんな姿に改めて惚れ直したかをロイはひたすら語り続け、ルカはひたすら聞き続けた。
どれほど時間が経っただろうか。
一通り話し終えたところでルカがタイミングよく紅茶を差し出すと、ロイも満足したようにカップを傾けた。
話の流れでなら発言できるルカは、純粋に思ったことを口にする。
「告白はなさらなかったのですか」
それはなかなか鋭い質問で、ロイは数秒だけ黙って紅茶の香りを楽しむとすぐに笑顔で答えた。
「貴族であることは明かしたよ。変わらない態度で接してくれて嬉しかったなぁ。けれど、スカイラー家のことと愛の告白はしていない」
「え……愛の告白をしなかったのですか」
「意外かな? なかなか思い通りにいかなくてね。邪魔も入ったし」
ルカはとても驚いたように目を丸くしている。ロイのことだからデートではっきり気持ちを伝えるとばかり思っていたのだろう。
加えて、思い通りにいかないなどという言葉をこの男から聞くとは。
いつだって自信満々で、思い通りにならないことは文字通り力で軌道を変えるくらいはするのがロイなのだから。
「ロイさんにも、うまくいかないことってあるんですね」
「当然だろう。僕だって普通の人間なのだからね」
「普通、ですか」
「愛する女性の前では情けない男になるのさ。血紅の公子に恋する女性が相手だとなおさらね」
どう考えても普通の枠からは離れていると思うのだが、メラニアの前では調子が狂うのだろうとルカは都合よく納得したようで小さく頷いている。
それにしても、メラニアがデルロイに仄かな恋心を抱いていることまでわかったのなら誰しも同じことを思うのではなかろうか。
「正体を明かせばいいのでは?」
「絶対に明かさない」
即答。ロイの決意は固かった。
「僕の想いが実ってからだ」
「頑なですね……」
「当然さ!」
ロイはカップを置いて立ち上がるとグッと拳を作って熱く語りだす。
大げさな身振り手振りはロイの調子が良い時によく見られるものだ。
「彼女には、僕自身を好きになってもらいたいからね。彼女の憧れを超えないといけないのさ。僕は、自分に勝たなければ」
少し前の落ち込んだ主人の姿を知るルカは、ようやく本調子に戻ったロイを見て嬉しそうに頬を綻ばせる。
血紅の公子でも、無駄に暴れん坊になろうとする貴族デルロイ・スカイラーでもない。
これでこそルカの主人で、鑑定士ロイだ。
「最大のライバルは自分、か。僕ほど完璧な紳士はいないからね。この世の誰よりも強敵だ」
ロイは再びスツールに腰かけると、足と腕を組んで悩みだす。
次はどのように攻めていくか、メラニアに自分の魅力をアピールする方法などを考えているようだ。
ルカはやれやれといった様子でロイのカップを片付けながらも、口元には笑みを浮かべている。
鑑定士ロイの伝わりにくい溺愛に、メラニアが気づく日は来るのだろうか。
あるいは、そう遠くないうちに訪れるのかもしれない。
お読みいただきありがとうございます!
これにて一旦、完結となりますがおそらく続きを書くと思いますので連載中のままとさせていただきます!
くっついてほしいですしね……( ¯︶¯ )ニヤ
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