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2、店の主はどうやら本気の恋をしている


 大きくため息を吐く店主に、従業員であり彼の従者でもあるルカはきょとんとした顔で告げる。


「ロイさんはすでにメラニアさんに十分好かれていると思いますが」

「……ルカ、君は社交辞令についてどう思う?」


 ルカの発言に対し、突然始まった脈絡のない質問。

 ロイがこうして急に話を変えることはよくあることだ。


 ルカも慣れたものなので、特に気にすることなく質問への答えを淡々と答えてみせた。


「相手を傷つけることなく円滑に会話が進められる大人の対応かと。その裏の本音がたとえ相手への悪意で満ちていたとしても、あえて考えず触れないようにするのが一般的ですね」

「いいね、模範解答だ」


 ロイはご機嫌な様子でパチンと指を鳴らすと、人差し指を立てながら話を続ける。

 いちいちわざとらしく、大げさな動きをするのは調子の良い時のロイの癖だ。


「問題なのは、裏の本音が悪意ではなく純粋な好意だった場合さ。本心で告げているというのに、全てただの社交辞令と取られるのは少々寂しい」


 次第に早口になっていくロイに、何かよほど主張したいことがあるらしいと察したルカは、フォローの意味も込めつつ淡々と言葉を返していく。


「心配せずとも、ロイさんの女性に対する好意に気づかない人はいないと思いますよ。分け隔てなく女性に優しいですから」

「女性に優しくするのは当然さ。美しい人を見て口説かないなんて、空腹なのに目の前の食事に手をつけないのと同じだろう?」

「我慢できる人もいますよ」

「けれど、食事をとらなければいずれ死ぬ」


 ロイにとって、女性を口説かないままでいることは死活問題のようだ。

 ルカは納得したように一つ頷くと、わずかに眉間にシワを寄せて顎に手を当てた。

 表情の変化に乏しい彼にしてはなかなか珍しい。


「自分だけが特別だと思い込んだ方と揉めたことも、一度や二度ではないでしょう。ロイさんには気をつけてほしいです」


 背後から刺されそうになる、薬を盛られそうになる、町の大通りでロイを巡る女性同士の大乱闘。


 ルカが思い出しながら指折り数えながら心配しているというのに、ロイはどこ吹く風でさらに質問を投げかけてくる。


「ふむ。思い込んでしまう女性とそうでない女性にはどういった違いがあるのだろうね」


 一方で、ルカは話題を逸らされたことをやはり気にしていない様子だ。

 指折るのをやめ、顔を上げると少しの間も開けずに答えてみせた。


「ロイさんに対して本気の恋心を抱いているかどうか、でしょうか」

「……嫌なことを言うね、ルカ」

「えっ。も、申し訳ありません!!」


 その答えを聞いてロイはむっとしかめ面を作る。

 ルカは慌てたようにすぐ謝罪を口にした。


 ロイのことを何より優先させる従者ルカは、主人の機嫌を損ねてしまうことに人一倍敏感なのだ。


「ああ、ごめん。そんなに本気で謝らないで。違うんだ、僕が言いたいのは」


 そんなルカに対し、従者というより弟に対するような眼差しで微笑んだロイは、彼の頭に手を置きそっと撫でながら話を続けた。


「どうしたら、レディー・メラニアに僕の本気の想いが伝わるのだろう?」


 ずいぶんと遠回しな会話だったが、結局ロイが言いたかったのはこれである。


 長い、それは長い沈黙の後、ルカがぽつりと呟いた。


「……ロイさん、本気でメラニアさんを愛していたのですか」

「最初からそうだと言っているじゃないか」


 再び流れる沈黙。

 たっぷり数十秒ほどかけてルカはじわりじわりとロイから目を逸らすと、言いにくそうに、それでも質問には正直に答えた。


「……ずっとロイさんの近くにいるボクでさえわかりませんでしたから。好意はわかっていても、メラニアさんは社交辞令だと思っているかもしれませんね」

「なんてことだ。決して社交辞令などではないのに! わかりやすく情熱的に愛を伝えているというのに!」

「情熱的すぎるのでは?」

「実に難しいね、乙女心というものは!」


 くっ、と呻きながら額に手を当てるロイを見ながら、ルカは内心でかなり驚いていた。

 本人から直接聞きはしたものの、やはりこのロイが本気で恋をしているとはとても思えないのだ。


 それもこれも、飄々とした自由人気質なロイの性格や、纏う雰囲気のせいかもしれない。


 しかし主人を想う真面目なルカは、どうにかフォローを試みた。


「メラニアさんはすでにデルロイ様に憧れているわけですし、正体を明かすのが一番手っ取り早……」

「他の男ではなく、僕を見てほしいんだよ」

「同一人物じゃないですか……」


 呆れたようにルカがそう告げた時、店のドアベルがカランコロンと音を鳴らした。


 二人揃って店の出入り口に視線を向けると、そこには長い銀髪をさらりと靡かせた美しい女性が立っていた。


 背が高めの女性はピッタリとした黒いドレスを着ており、豊満な胸や細い腰から臀部にかけての曲線が芸術的なまでに美しい。

 太ももには大きなスリットが入っており、一歩足を踏み出すごとに肌色がちらつく。

 

 異常なまでの色気を放ちながらロイのいるカウンターに歩み寄った女性は、灰色の瞳を細めて口元に弧を描くと、カウンターにギシッと寄りかかって真っ赤なルージュの引かれた唇を開いた。


「ここで鑑定をしていると聞いて伺ったのだけれど……鑑定士は貴方? 素敵な紳士さん」


 妖艶な女性に熱のこもった視線を向けられたロイはふっと表情を緩めると、いつも女性に向ける分け隔てのない笑みを浮かべた。


「ええ、その通りです。いらっしゃいませ、麗しきレディー」


 カウンターを挟んで、美男美女が向かい合って微笑み合う。


 実に絵になる光景だったが、入り口付近からその様子を眺めていたルカは、一切の気配を感じなかった女性に薄ら寒いものを感じていた。


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