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19、良い雰囲気とは往々にして壊されるもの


 メラニアの支度が整った後は、彼女の好みに合わせたランチだ。

 高級店は緊張して味がわからないというメラニアの要望に応えて、屋台で購入したものを噴水広場で食べることにした。


「こんなにおしゃれしているのに、なんだか申し訳ないですが……」

「問題ありません。おしゃれして食べ歩きをしたって、木登りをしたっていいのですよ」

「木登りですか? ふふっ、もしかして経験があるんですか?」


 実際その通りで、幼きデルロイは暴れん坊になると決めてからというもの、やんちゃの限りをつくした。


 大事なパーティーがある時に限って木登りをして服を汚し、気が乗らない授業の日は三階の窓から脱走した。

 天眼でいかがわしい考えが見えた相手には、どれほど身分の高い貴族だろうが飛び蹴りを食らわせたりもした。


 おかげで幼いデルロイは反省部屋での寛ぎ方を習得したほどだ。


「もちろん経験談です。貴族の家に生まれながら、僕はとてもやんちゃな子どもでしたから」

「あ……」


 ロイはメラニアに向き直り真っ直ぐ彼女を見つめると、真実をある程度伏せながら告げることにした。


「メラニアさん、先ほどはミニィの前で黙っていてくれてありがとうございます」

「いえ、私のほうこそ配慮が足りませんでした」

「お察しの通り、僕は貴族です。けれど末の息子なので家督を継ぐだとかいう面倒なしがらみはなく、比較的自由なのですよ」

「そう、でしたか。ごめんなさい……私、失礼も多かったですよね」


 ロイはこれでも緊張していた。

 貴族だと告げることで、メラニアの態度が変わってしまうのではないかと。

 彼女との間に、仮の姿でまで壁ができるのが何より恐ろしかった。


 しかし。


「でもきっと、ロイさんは態度の変化を望みませんよね?」

「……え、ええ」

「じゃあ、今まで通りでいいですか?」

「……」

「あっ、ダメでしたか? やっぱり改めたほうが、え、ロイさん?」


 両手で顔を覆い、ロイは大きくため息をついた。


「ああ、よかった……」

「ロイ、さん」

「貴女に距離を置かれたらどうしようかと……」


 いつもの紳士はそこにおらず、まるで不器用な少年がいるようだった。

 メラニアはおそらく無意識に右手を伸ばし、俯くロイの黒い髪を優しく撫でる。


 ロイは驚いたように目を丸くし、ゆっくりと顔を上げた。


「初対面から平民の私を褒めてくれて、ずっと親しくしてくれるロイさんと距離を置くなんて……今さら私にもできませんよ」


 さわさわと心地好い風がメラニアの柔らかなブルネットの髪を揺らす。


 ロイは、愛おしげに彼女を見つめた。


「やはり、メラニアさんは僕が出会った中で一番素敵な女性だ」

「また……大げさなんですから」

「聞いてください、メラニアさん。僕は、貴女のことが……」


 ここで想いを告げたところで、きっと彼女は困るだけだとわかってはいたが、ロイには止められなかった。


 しかし、その声を止める周囲の声はあった。


「知ってるか? 血紅の公子が婚約者を探してるって」

「ああ、選びたい放題だよな」

「ついにあの公子も結婚かー!」

「暴れん坊が鳴りを潜めてくれるかもな!」


 邪魔をするのはいつだってデルロイ・スカイラー(自分)であるらしい。


 メラニアが目を輝かせてロイの手をギュッと握ってきた。

 それ自体は嬉しいのだが、話す内容がちっともロマンチックではない。


「聞きましたか、ロイさん!」

「……ええ」

「ついにご結婚なさるのですって! お相手はどんな方でしょう。きっと素敵な女性でしょうね!」


 メラニアの前で彼の名前が出るといつもこうだ。

 大声で噂話をしていた通りすがりの男たちを睨みつつ、ロイは諦めたように小さく息を吐いた。


「憧れの方のご結婚は寂しい気もしますが、それ以上に嬉しいものですね。ぜひ祝福したいです! 結婚式の白い衣装は、あの方の赤い髪に映えるでしょうね……ひと目だけでも見られたらいいのですが」


 むしろ貴女にはその隣に立っていてほしいのですが、とも言えず、ロイは目を閉じ頭痛を耐える。


(ああ、つくづく難儀なものだ)


 とはいえ、あそこまで目をキラキラと輝かせて自分(デルロイ)のことを語るメラニアを見てしまってはなにも言えない。

 遠い目になりながら、ロイは彼女に話を合わせるべく口を開いた。


「メラニアさんは……彼に恋をしている、のかな?」


 ロイがそう告げると、メラニアは恥ずかしそうにしながらも語ってくれた。


「私、実はあの方のことはよく知らないんです。近くで見たのも二回だけですし、戦っていたり暗かったりで、お顔だってハッキリとは覚えていません。それなのに、初恋なんておかしいですよね」


 だからこれは恋というよりも、幼い子どもが物語の中の王子様を夢見るような憧れなのだとメラニアは言う。


「でも、そういう気持ちは大切にしたくて。いつかおばあちゃんになった時に、思い出してぎゅっと思い出を抱き締めたいんです」


 照れたように笑うメラニアの少女のような笑顔がロイにはとても眩しい。


 初恋と聞いて心中は過去最高に複雑だったが、ロイは目を細めて彼女を見ながら思ったことをそのまま口に出した。


「貴女は、その思いや考え方まで美しい……」

「ふふ、ロイさんはすぐ私のことを美しいと言ってくれますよね」

「メラニアさんはなかなか本気にしてくれませんが……本当に、僕は貴女以上に美しい人と出会ったことがない」

「い、言い過ぎで……」

「言い過ぎではありません。どうしたら伝わるでしょう……僕の見ているものをお見せできたらいいのに」


 ロイは、天眼で見るメラニアの心の美しさをこれ以上の言葉で表現できず、どうしたら伝わるのかずっと悩み続けている。

 けれどクスクス笑うメラニアを見ていると、今はそれでいいかといつも思ってしまうのだ。


 結局ロイは、今日もまたそれでいいかと思いながら、今は幸せなデートの続きを楽しむことにした。


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