18、やはり心には素直になるべき
小さな友人に背中を押されたロイは、くるっと振り返ると戸惑うメラニアに笑顔を向けて言い放った。
「そうと決まれば早速デートに行こう! メラニアさん、今日のご予定は?」
「えっ!? 本当に行くんですか!?」
「もちろん。僕は自分から嘘をついたりしない」
一歩ずつ近づくロイに対し、メラニアは少しずつ後ずさりをしている。
嫌がっているというよりは、心の底から戸惑っているのが伝わってきた。
ロイはいつでも笑顔だが、今メラニアを見つめる目は見たことがないほど優しい。
「でも、私なんかと? 本当に?」
「僕は、メラニアさんがいい」
胸の前で手を組むメラニアの手をそっと解き、ロイは彼女の右手を取った。
指先を口元に持っていって軽いリップ音をたてると、懇願するような上目遣いでメラニアに問う。
「僕とはデート、したくないかい?」
「ロイさんが嫌なわけありません! ただ私、デートなんてしたことがなくて……着ていく服もないですし」
メラニアは服飾店で働いており、接客中は店の服を色々と着られるがそれはあくまで店の服。
自分で持っている服は二、三着ほどで、デートに着ていけるような服など持っていなかった。
「ロイお兄ちゃんったら。女性にはいろいろと準備が必要なのよ?」
「もちろん知っているとも。僕はメラニアさんの準備から手伝わせてほしいんだ」
「えっ、素敵! ロイお兄ちゃんがコーディネートするのね!」
腰に手を当てて注意していたミニィだったが、ロイの話を聞いてコロッと意見を変えてしまうのが実に子どもらしくて愛らしい。
驚いたのはメラニアだ。
平民である自分と、おそらく貴族のロイがデートするというだけでも信じられないのに、コーディネートまでしてもらうというのはメラニアの感覚的に考えられないことだった。
とはいえ貴族の感覚としては、意中の相手にドレスを贈るのは当たり前。
それも今回は本命が相手なのだ、ロイが張り切らないわけがない。
「も、申し訳ないですからっ」
「レディー・メラニア」
当然、メラニアの平民としての感覚もロイはわかっているつもりだ。それでも譲れないものがある。
ようやく巡ってきた彼女に意識してもらえるチャンスをこの男が見逃すはずがない。
「どうか僕と、デートしてくれませんか?」
メラニアのもう片方の手も取り、ロイはほんの少し力を込めて握る。
思いが伝わるように。
懇願するかのように。
「こうなったらロイさんは聞きませんよ。メラニアさんがどうしたいのかだけを考えてお決めになられると良いかと」
「私が、どうしたいのか……」
助け舟を出したのはルカだ。
メラニアの瞳は迷うように揺れ、数秒ほど考え込んだ後再びロイを見上げた。
「本当にいいんですか?」
「僕がお願いしているのですよ?」
「え、と。さすがに今からというのは急ではないですか? お店は?」
「メラニアさんさえよろしければ、僕は今からでも問題ありません」
チラッとロイがルカに視線を向けると、メラニアもまたルカに目を向ける。
二人から注目された優秀な従者は大きく頷いた。
断る理由がなくなったメラニアは、まだ戸惑いながらも決意のこもった眼差しでロイを見た。
「で、では。その……デート、しましょう」
「っ、やった!」
メラニアの言葉を聞くと、ロイはグッと両拳を突き上げて少年のように喜んだ。
こんなロイの姿を、メラニアはもちろんルカも初めて見る。
驚いたように目を丸くする二人の横で、無邪気なミニィはロイに駆け寄り祝福の言葉をかけた。
「やったわね、ロイお兄ちゃん!」
「ありがとうミニィ。君が背中を押してくれたおかげさ」
「ふふ、いつでも押してあげるわ!」
盛り上がるロイとミニィを見ながら、ルカはフッと笑う。
メラニアはまだ恥ずかしそうに頬を染めていたが、ロイの意外な姿を見てようやくクスッと笑った。
「では早速。お手をどうぞ、メラニアさん」
「では……お願いします、ロイさん」
ロイの差し出した腕にそっとメラニアが手をかけると、二人は店を出て行った。
ドアベルの音がいつもより小気味よく聞こえたのは気のせいではないかもしれない。
二人を見送った後、ミニィがくるっとルカに向き直る。
「ルカお兄ちゃん! 一緒にお茶しましょ?」
「……ボクとですか?」
「他に誰がいるの? このままレディーを一人にする気?」
普段、客と必要以上に話すことのないルカにとってミニィの申し出には困惑したが、ここで断ってはロイの従者と名乗れないだろう。
「いいえ、喜んで。温かいお茶を淹れ直します。少々お待ちいただけますか、レディー?」
「わ、わかったわ!」
僅かに口角を上げたルカの微笑みに、ミニィがポッと赤くなったことには誰も気づかなかった。
◇
貴族区域に並ぶ高級ブティックで、ロイはメラニアのコーディネートに頭を悩ませた。
本当なら豪華なドレスをいくつも注文したいところだったが、さすがに初デートでそれは重かろうとこれでも自重したのだ。
結局、メラニアの心情を酌んで町歩き用のワンピースを選ぶことで落ち着いた。
淡いスミレ色のロングワンピースはメラニアの優しい雰囲気とよく合っており、歩くたびに裾が揺れる。
胸元には細いチェーンネックレス、腕には揃いのブレスレットを身につけ、控えめながら高級感が漂う。
「僕に選ばせてくれたけれど、気に入ってもらえたかな?」
「色もデザインもとても好みです。私には選べませんでしたし、助かりました」
豪華なドレスでなくとも、ロイには彼女が誰より美しく見える。
もちろん普段のメラニアも素敵だが、自分の選んだ物を身につけているというのがたまらない。
「いつも貴女のことを考えていますから。ああ、とても素敵だ」
「ま、またそういうことを……」
恥ずかしそうにお礼を告げるメラニアを見て、ロイは改めて自分には彼女しかいないと実感した。