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13、これが本来の血紅の公子だ


 夜会の日がやってきた。

 スカイラー公爵家の末っ子が久しぶりに公の場に出るとあって、貴族の出席率は高い。


 当然、デルロイの噂は知れ渡っている。

 だがその悪名が良い意味で町をまとめていることくらい、よほどの愚か者でない限り貴族はみなわかっていた。


 神に愛されたダブルスキル持ち、見目の麗しさ、大胆な行動力に、町を一つ管理する公爵家の未婚の三男という肩書き。


 年頃の令嬢がいる貴族家にとって、スカイラー公爵家と縁を繋ぐチャンスというわけだ。


 現在デルロイはパーティー会場の一角でたくさんの令嬢たちに囲まれ、ご機嫌な様子で談笑している。

 こういう場が嫌いなのだろうと思われていた血紅の公子が、実は人当たりよく笑顔を振りまくタイプだっため、令嬢たちの目はみなうっとりと蕩けていた。


 中には獲物を狙う肉食獣のような目つきの令嬢たちもいて、デルロイの周囲はある意味戦場と化している。


 あまりにもモテるデルロイの満更でもない様子に、会場では近いうちに血紅の公子も身を固めるかもしれないという噂が広がった。


 デルロイ周辺の思惑渦巻く雰囲気を感じ取りながら、従者の待機場に立つルカは複雑な気持ちで主人を眺めている。まだライアンからの宿題に答えは出せていない様子だ。


 夜会も終わりかけとなった頃、デルロイは一人の令嬢に誘われてそっと会場から姿を消した。

 お酒も入っていい気分になっている貴賓は誰もそれに気づかない。そのタイミングを待っての抜け出しだった。


 誰もいない暗い廊下を小走りで移動し、令嬢はデルロイを休憩室に連れ込んだ。

 どうやら事前に人払いをしていたらしいその部屋には誰もおらず、それどころか明かりさえ点いていない。


 窓から射し込む月明かりだけを頼りに、令嬢はデルロイと甘い秘密の逢瀬を楽しむつもりなのだ。

 もちろん、デルロイもそれを承知でついて来ている。


 これが本来の血紅の公子、デルロイ・スカイラーだ。


「ふふっ」

「甘えん坊だな、君は。……おいで」


 令嬢が甘えるように両腕を伸ばし、デルロイがそれに応じる。


 来るものは拒まず、去る者は追わず。それから追ってくる者には丁寧に断りを入れる。

 後腐れのない相手を選び、一夜の秘めごとを楽しむのだ。

 同じ女性とは二度と夜を過ごさず、互いに思い出として胸の奥にしまう約束で数多の女性と関係を持つ。


 彼と過ごす夜は極上の時間だと一部の令嬢たちの間でまとこしやかに噂されているため、実のところデルロイに迫る者は昔から後を絶たなかった。

 一見純真なようでも、ちょっとした火遊びを楽しみたい令嬢は意外と多いのだ。


 デルロイ自身も女性と触れ合うのは好きであったし、誘いを断るのは失礼だという彼なりの矜持を掲げ、月に一度は毎回違う女性と秘密の逢瀬を楽しんでいた。


 メラニアと、出会う前は。


 彼女に惚れてしまった後はどうしても気持ちが乗らず、夜に出歩くことさえなくなった。

 何をしても、どんな女性を前にしても、思い出すのはメラニアのことばかり。


 だからこうした夜を過ごすのは、デルロイにとっては本当に久しぶりのことだった。


 デルロイが後ろ手に休憩室の鍵を閉めた瞬間、令嬢がしなだれかかってくる。

 頬を紅潮させた彼女が手を艶めかしく動かしながらデルロイのタイを緩め、顔や体をなぞる。

 甘い言葉を囁いて雰囲気を作り、デルロイも気持ちを盛り上げる手伝いをした。


 グッと令嬢の腰を強く抱き寄せると、彼女はデルロイの首に腕を回してくる。


「レディー、覚悟はいいかい?」

「ああ、デルロイ様……」


 いよいよ二人の唇が触れ合おうとした時、急に部屋のドアをノックする音が静かな室内に響いた。

 人に見つかってはまずいことになるらしい令嬢がバッとデルロイから身体を離すと、慌てたように髪やドレスを手で整える。


 以前までのデルロイなら、途中で邪魔が入った時は憤りを感じたものだ。

 だが今は、不思議とホッとしている自分がいる。

 その理由をわかっており、未練を振り切れない自分が情けなくて仕方がなかった。


 デルロイはグッと唇を噛みながら髪を掻き上げ、一度大きなため息を吐いて気持ちを切り替えるとノックをしてきた人物に声をかけた。


「ルカだな」

「……はい。デルロイ様、お楽しみのところ申し訳ありません。どうしても今、お聞きしたいことがあるのです」


 珍しいことだった。

 いや、ルカがこうしてデルロイの行動を邪魔するのは初めてのことだ。

 実際、ドア越しに聞こえるルカの声は震えていた。


 だからこそデルロイも無視できず、ルカに返事をする選択をしたのだ。


「お叱りは後で受けます。だから……」

「いい。話してくれ」


 デルロイが短く告げると、ドアの向こうでルカが静かに長い息を吐くのがわかった。

 姿は見えずとも、ルカがとんでもなく勇気を振り絞っているのがわかる。


 あのルカが主人の意に反した行動をしている。それがどういうことなのか、デルロイにわからないわけがない。


「っ、従うか抗うかは……自分の選択、なんですよね? デルロイ様」

「!」


 その言葉はよく知っていた。

 紛れもなくデルロイの言葉で、彼の人生のモットーだ。


 デルロイの脳内には、一瞬でルカと出会った時の思い出が駆け巡る。


 黙り込んでいたデルロイは、しばらくしてからくつくつと喉の奥で笑い出す。

 近くにいた令嬢の肩がビクッと動き、それを視界の片隅で見たデルロイは自身の上着を脱ぐと彼女の肩にふわりとかけた。


「すまないレディー。もう少し抗ってみたくなってしまった」


 困惑顔の令嬢を前に、デルロイは胸に手を当てて丁寧に礼をすると、鍵を開けて外に出る。

 ドアの前にいたルカが目を丸くしていたが、デルロイは視線を向けることなく足早にその場を離れた。


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