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12、ただ従うだけが真の従者なのだろうか


 ルカからデルロイの思わぬ事情を聞いたライアンは頭を抱えた。

 正直なところ、ここまで難しい問題だとは思っていなかったのだ。


「平民の女性、か。いや、町で店をやると言っていた時からその可能性はあったが……」


 貴族、それも公爵家の末息子と平民が結ばれるというのはとても難しいことだ。

 ただ、自由な末っ子であるデルロイならわずかながらチャンスもあるとライアンは思い直す。


「ルカくんはどう思う?」

「……このまま、彼女への気持ちを振り切るつもりだと思います」

「はたしてそれが正解なのだろうか。貴族としては正しいけれど」


 頭を抱えるライアンは、そわそわと視線を彷徨わせるルカに気づき、思っていることがあればなんでも言ってくれと告げた。


 ルカは少し迷った後、自信なげに口を開く。


「……本当は止めたい気持ちがありました。でも、従者としてそんな考えではいけませんし、なにもできないのが歯痒くて」

「え?」

「え」


 不思議そうな声をあげたライアンに対し、ルカもまた戸惑ったように顔を向ける。

 しばし無言で見つめ合った後、首を傾げるルカにライアンは質問を投げかけた。


「どうしていけないんだい? 止めたいと思ったなら止めたっていいんだよ?」

「そんなこと……! ボクはデルロイ様の物です。主人に歯向かうなどあってはなりません」


 ルカの言葉を聞いて、ライアンは彼の生い立ちを思い出し納得したように悲しげに眉尻を下げた。


 ルカはその昔、悪徳人身売買業者に捕らわれていた子どもの一人だった。

 見目の良さとスキル持ちということでギリギリ生かされていただけ、という状態で、健康状態は悪く、外から見えない服の下は業者に酷い暴力を受けたのだろう、傷や痣がたくさんあった。

 幼少期から十歳になるまでの間そうして過ごしてきたからか、四年経った今も成長が遅く、年齢の割に小柄だ。


 物心つく前から主人には絶対逆らわないようにとすり込まれて育ったせいで、今も上の者には服従の姿勢を見せる部分が残っている。

 悪徳業者を壊滅させた際、デルロイがルカを連れて屋敷に戻り、専属の従者にすると言い出した時はライアンを含め屋敷の者は全員驚いたものだ。


 現在、優秀な従者として育ちつつある彼を見ると、あの時のデルロイの判断は正しかったとライアンも感じている。

 だがあと少しだけ心が自由になればと願うのだが、こればかりはルカ次第。見守ることしかできない。


 ライアンは気持ちを切り替え、微笑みながら口を開いた。


「……ルカくん、君は私に助言を求めたね。だから一つだけ宿題を出そう」

「宿題、ですか?」

「そう。真の従者とはなにか。それを考えるんだ」

「真の、従者……」


 デルロイの役に立つ従者になることこそが生き甲斐のルカにとって、この単語は興味を惹いたらしい。復唱しながらなにやら思案顔だ。

 ライアンはさらに笑みを深めてルカを見つめた。


「ヒントもあげよう。今のルカくんのように、主人の言うことだけを忠実に聞く従者は真の従者かな?」


 これ以上は深入りしすぎだろう。

 ライアンもルカにこうあってほしいという願いはあるが、あくまで彼はデルロイの従者。

 スカイラー公爵家に所属する身としても、自分で成長してもらう必要がある。


「私ももう少しデルロイの様子を見守ることにするよ。ただ店を畳むのは待ってほしい。今は考えをまとめてごらん。話は終わりだ。行っていいよ」

「……はい。ありがとうございました」


 まだわけがわからない、といった顔をしながら頭を下げるルカに、ライアンは口角を上げる。

 きっとルカは答えを出すだろうと疑っていない、優しい笑みだった。


 ◇


 ルカは廊下を一人歩きながら、ずっとライアンの言ったことを考えていた。

 だがやはりよくわからない。ルカにとって、この宿題は難問だった。


 ガタガタと風が窓を揺らした音でハッとなったルカは、一度立ち止まって外を見る。

 あの日、ルカがデルロイの手を取った日も風が強かった。


『君は契約魔法のスキルを持っているのか。最高だな。俺の専属従者にならないか?』


 悪徳業者が壊滅し、捕まっていた子どもたちは次々と保護されていった。

 しかし、一番の年長者だったルカは兵士や医者になんと声をかけられようとも絶対にその場から動かなかった。


 どこにいても同じだと思っていた。

 生きる意味がなく、できればあの場所でそのまま息絶えたかった。


 そんな時、デルロイがそう声をかけてきたのだ。

 彼の声が妙に気になって視線だけを上げると、真っ赤な髪と瞳が目に飛び込んできて、鮮烈な印象をルカに残した。


 だからなのか、ずっと一言も喋らなかったルカは思わず心情を吐露したのだ。


『……ボク、は、なんの、役にも、たた、ない。契約魔法、も、無駄、だし……』

『使う機会がなかっただけだろう。俺には必要な力さ』


 掠れた声で告げたルカに、周囲の者が驚いたような顔をしたのを覚えている。

 一方、デルロイは変わらず自信満々に微笑んだままで、ルカにはそれがとても眩しく見えた。


『どうしようもないことは世の中たくさんあるし、努力しても結果が変わらないことも多い。しかし結果に至るまでが大事だよ。運命に従うか抗うかは自分の選択だ。だからどうだい? 俺と一緒に店を開かないか、ルカ』

『ル、カ……?』

『君の名前だよ。ルーカティウス、なんてどうだ? 愛称が、ルカ』


 名前なんていうものを呼ばれたのは初めてだった。

 ルカは十歳のあの時、はじめてこの世に生まれた気がした。


『俺は市井で暮らすのは初めてなんだよ。手伝ってもらえたら助かる』

『ボク、だって』

『ああ、そうか。じゃ、二人で試行錯誤だ!』


 頼りにしている、と告げられたあの言葉を、ルカは生涯大事にしようと思って今日まで生きてきた。今後もそのつもりだ。


「運命に従うか、抗うか……」


 あの時の言葉を呟きながら、ルカは再び前を向いて歩き始めた。


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