11、弟に甘い若はやはり異変に気づく
ある日、デルロイはライアンから呼び出され、例の事件の収束を知らされた。
「コルヴィス家前当主夫人に処罰が下ったよ。終身刑だ。公爵家の息子を暗殺しようとしたくせに首が繋がっているとはね。不服かな?」
笑顔の裏に確かな怒りを感じ、デルロイは自分を思ってくれる兄に感謝の気持ちを抱きつつ軽く首を横に振る。
「いいえ、別に興味もありませんし」
「ま、デルロイならそう言うと思ったよ。とにかく、これで一件落着だ。ジュリアもようやく本当の意味で幸せに暮らせるだろう」
「ええ、姉上の幸せが守られて何よりです」
ジュリアが嫁いでからずっと心配だったことが解決したのだ。デルロイにはそれで十分だった。
「そうだ、兄上。俺はもう……この家に戻ろうかと思いまして」
「え、やっぱりそうなのかい? 真面目に仕事をしてると聞いていたからもしかしてとは思っていたけれど……本当に?」
「はい。いい加減、落ち着かないといけませんしね」
「うっ、弟がこんなにも成長して……!」
「大げさですよ」
組織を潰した後、デルロイが素直に屋敷へ戻ってきたことも意外だったのに、このまま骨董品店を辞めて家に戻って来ると聞いてライアンは感激の涙を流さんばかりに喜んだ。
町の管理はそこに住んでいなくともできる。
デルロイに任せたい仕事は他にもあるし、なにより兄として家族が平民に紛れて生活しているというのは心配でもあり、寂しくもあったのだ。
ライアンは、とにかく末っ子のデルロイに甘かった。
「あー……では、この話も一応伝えておかないとだな」
「なんでしょう」
感激していたライアンはふと思い出したように渋面を作った。どうやらあまり乗り気になれない話らしい。
「ウィルバート卿がね、今回のお詫びにと夜会を開くそうなんだ。貴族界にコルヴィス家は安泰だと知らせるためにも必要だからね。それで……父上が、デルロイも出席しろと」
「わかりました。出席します」
「嫌なら無理にとは……えっ、行くの!?」
「そういう話だったのでは?」
「そうだけど、でも……断りの言い訳を考えなければとばかり思っていたから」
デルロイがまさか即答するとは思わなかったのだろう、ライアンは動揺を隠せない様子だ。
「わかっているだろう? この夜会の意味を」
ライアンは、真剣な眼差しでデルロイを見つめている。
天眼を持つデルロイなら、父の思惑だって全て気づいているはずだからだ。
夜会には、他の貴族も多く出席する。
本来なら父であるスカイラー公爵としても、問題を多く起こすデルロイをできるだけ夜会のような派手な場所に出したくはないはず。
それなのに今回は出席しろということは、夜会で良縁を見つけていい加減に結婚相手を決めろということだ。
「もちろん。素敵な出会いに期待しますよ」
「……ヤケになってるわけじゃないよな?」
さすがに素直過ぎるデルロイに、感激よりも心配が勝ったらしいライアンは深刻な表情で聞いてくる。
しかしデルロイは変わらず穏やかな笑みで頷いてみせた。
「言ったでしょう。いい加減落ち着かなくてはいけないと。俺だって成長してるんですよ、兄上」
「そうか……無理をしていないならいいのだが」
「ははは、俺に無理なことなんてありませんよ」
「ふっ、相変わらずだな。話は私から父上に伝えておこう。呼び出して悪かったね」
「いえ。兄上こそ、忙しい中ありがとうございます」
にこやかに退室していくデルロイを心配そうな顔で見つめる従者ルカを見て、ライアンはふむと顎に手を当て見送った。
◇
その夜、ルカはデルロイに気づかれぬようにとライアンに呼び出された。
ルカは緊張からかいつも以上に顔が強張っており、ドアの入り口で立ったまま動かないのを見かねたライアンに呼ばれてようやくぎこちない動きで一歩踏み出した。
「突然すまないね、ルーカティウスくん。ルカくんと呼んでも?」
「はい」
ルーカティウス、それがルカの本名だ。
幼い頃、名も持たずに道具として扱われていた彼に、デルロイが与えてくれた大切な名前であり、愛称も含めてルカはとても気に入っている。
「ではルカくん。できればデルロイにはここでの話を黙っていてもらいたいところだけど……忠誠を誓っているんだったね。聞かれるまでは黙っていてもらう、というのは可能かい?」
「それは、はい。大丈夫ですが、デルロイ様の不利益になるようなことであれば、その……」
「私は弟がとても大切だ。そこは安心してほしい」
「……わかりました」
奇妙な緊張感を漂わせながら、ライアンは本題に入った。
「どうもね、デルロイの様子がおかしい気がして。屋敷に戻ってくるのは嬉しいけれど、本当は彼の本意ではないんじゃないかと思ってね」
ライアンの言葉を聞いて、ルカはわずかに眉をピクリと動かした。
あまり表情に出さないのは素晴らしいが、ライアンはそのわずかな変化を見逃さない。
「もし事情があるなら教えてもらいたいんだ。私はね、デルロイには幸せに過ごしてもらいたんだよ。能力を利用されることなく、心穏やかに、平和にね」
ルカの水色の瞳が揺れる。
主人の話を、兄とはいえ人に話してもいいのかと迷っているのだ。
「絶対に他言しないし、デルロイのためになるよう動くと誓うよ。君の契約魔法を使っても構わない」
ライアンがそう言った直後、ルカは初めて彼と目が合った。
デルロイとは違う、美しく力強さを感じる碧眼。
少女のように清らかで、真っ直ぐで、危ういルカとは正反対だ。
ライアンの本気は、その瞳を見ればすぐにわかった。ルカは彼から目を逸らすことなく告げる。
「いえ、魔法は必要ありません。その代わり、お伝えしますから……どうかボクにもご助言をいただけないでしょうか」
もうルカの瞳に迷いはない。
ライアンは一度目を丸くすると、成長したのはデルロイだけではないようだと目元を和らげた。