グランドアリーナデシーザー編:サボンの悩み
前回までのあらすじ
惜しくもチャレンジャー戦の決勝で敗れたサボンは、ジュリアとの戦闘で受けた怪我と疲労のため、医療室のベッドでぐっすり眠っていた。
そこは闘技場の医療班が用意した簡素な部屋で、仕切りのカーテンの向こうには、同じように負傷した選手たちが静かに休んでいた。
サボンの隣ではオリバーが雑誌を広げ、料理の広告や器具の宣伝を黙々と読んでいた。
彼がページをめくる音だけが、静かな部屋に響いていた。
やがてサボンが目を覚ます。最後の記憶を思い返し、自分が敗北したことを理解すると、自然と涙が溢れてきた。
オリバーは慌てて顔を上げる。
「ど、どうしたのサボン? なんで泣いてるの……」
サボンは堰を切ったように言葉を吐き出す。
「私が弱いから……どれだけ頑張っても強くなれない。仲間を守れない。父さんとの訓練だって耐えたのに、結局負けて負けて負けて……役立たずのままなのよ……!」
オリバーは彼女の涙に胸を痛めつつも、穏やかに返した。
「そこまで自分を責めなくてもいい。俺だって力不足で、自分が嫌になることもあるよ。でも、一人でできることには限界があるんだ」
「というか、俺と出会った時は明らかに君は勝っていたよ、君は本当に針投げが得意だと思うよ」
(あの時メリアがいなかったら確実に俺は麻痺させられていたよ)
「ゲームだってそうさ。一人でやるより、仲間と一緒の方がずっとクリアしやすい、それと良いアドバイスをもらったとしてもまずは経験を積まないと上手く出来ないよ」
「だから俺を頼っていいよ、訓練とかをしたくなったら一緒にクエストに出て訓練しようぜ!」
そう言って彼女の背中に手を伸ばそうとすると、サボンは突然、オリバーの服をぎゅっと掴み、胸に顔を埋めて泣き続けた。
「うわっ……ちょ、ちょっと汚さないでくれよ……!」
涙だけでなく鼻水まで拭かれ、オリバーはジト目をしながらも、結局タオルで服を拭くだけだった。
「ご、ごめん……君の服、使っちゃった」
サボンは反省しつつも、どこかでオリバーの服が良質な生地だと気づいていた。
少し落ち着いた彼女は、ぽつりと聞いた。
「……ねえ、ビデオゲームって何?」
「え、あ、あれだよ、あれ」
オリバーは視線を逸らし、ごまかすように答える。
サボンはさらに問いかけた。
「どうして君は、いつも笑顔でいられるの? ……出会った時からずっとそう。悩みも何もないみたいで……父さんにちょっと似てるし」
「秘密なんてないさ。俺は俺らしくしてるだけだ」
「……そうなの」
その後、ナタリアやタツミたちの所在を尋ねると、オリバーは説明した。
「タツミとアレックスは闘技場。ナタリアはマスター戦に出てる」
「なあ、サボン。フルーツ食べる?」
オリバーはベッド横のバスケットからリンゴをかじりながら言う。
「っておい! それ私のじゃない!?」
「ナタリアが一緒に食べていいって言ってたぞ」
「……そう」
「で、サボンの好きなフルーツは?」
「バナナよ」
「オッケー! はい、どうぞ」
バナナを渡され、二人はそれぞれの思いを胸にしながら食事を取った。
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その頃、闘技場の地下
暗く広大な地下の戦闘エリア。唯一の光が中央を照らし、そこに立つのは白髪に空のような青い瞳を持つ女性――光の勇者ナタリア。
周囲には既に数人の冒険者が倒れ伏していた。マスター戦はわずか十分で決着がついていたのだ。
観客たちは戦いに驚愕しつつも、賭けで盛り上がっていた。
最後に残った挑戦者が巨大な魔槍を放つも、ナタリアはそれを片手で真っ二つに割り、あっさりと無力化する。
挑戦者は彼女を「化け物」と心で呟きながら、魔力切れで意識を失った。
観客席ではタツミとアレックスが見守っていた。
「ナタリアさん……すごい」
タツミが呟くと、アレックスは冷静にノートに筆を走らせる。
そこへ背後から声がした。
「君たち、何を話してるの?」
「ふぇぇっ!? ……ナ、ナタリアさん!? 一体どうやって!?」
タツミが飛び上がる一方で、アレックスは落ち着いていた。彼は彼女が戦場から瞬間移動したのを見ていたからだ。
ナタリアはタツミの肩を軽く揉み、安心させるように微笑む。
そのまま三人は、サボンのお見舞いに向かうのだった。
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次回予告
「クエスト.....墓荒らしの捕縛」




